15話 蛭のマガツキ 頂けません……
シンイチを無視しハジメはヒルのマガツキに向き直り走り始める。
ヒルのマガツキと距離をとってしまうと、また首絞めなどの面倒な手を使ってきそうな直感が働いたのだ。野生のゴリラだ。
ヒルのマガツキの小人は、ハジメの動きに対して動ずることが無かった。
拳が届く間合いに入り渾身のボディーブローを放つ。
「オッラァっ!」
が、拳は空を切る。
小人の顔面を殴るよりも当たる範囲が大きいと判断してのボディーブローだったのだが、ヒルのマガツキはヒットする瞬間に小人の状態からヒルの集団にばらけて、ハジメの拳を躱したのだ。
そして逆に集団でハジメの身体に噛みつき始める。
「だぁぁっ! 気色ワリィっ!」
ハジメは腰や足、腕に噛みついてきているヒルを次々と平手で叩き潰していく。
「……うわぁ、ねぇ。それ大丈夫なの?」
シンイチが心底嫌そうにハジメを見ながら声をかけてくる。
「あぁっ? うるせぇな!
見りゃあわかんだろ全然大丈夫じゃねぇよ!」
言葉とは裏腹に平気でヒルを叩き続けるハジメ。
「……いや、こっちから見てる分には大丈夫そうにしか見えないんだけど。」
シンイチが心配したのはミイラ化するように何かを吸われる事だったのだが、まったくその気配はない。様子を見ながら首を傾げるシンイチ。
その時シンイチのスマートフォンが鳴る。
「はーい。何です?」
『相変わらず緊張感がありませんね。国見です。
私は入り口付近にまで退却させてもらったのですが……その、ハジメさんの様子はどうですか? 大丈夫そうですか?』
「あ~……うん。」
国見からの電話にハジメの様子を再度見るシンイチ。
「なんか蚊を叩くみたいな感じで、体についたヒルをバシバシ潰してるよ……何者? あの人。」
『まだ詳細不明です。
……ただ、かなり特殊な人のようで今のところ我々の味方をしてくれています。』
「今のところ……ね。ふぅん。」
『さっきも私を助けてくれましたし敵になる確率は低いと思いますが……何分情報がまったく足りません。……それより、落ち着いたら一つ気が付いた事があったのでハジメさんに伝言をお願いできませんか?』
「いいよ。なんて?」
『かなり変な事を言いますから、そのまま伝えて下さいね。
説明も面倒ですから後でしますので、とりあえず私が言ったままを伝えてください。』
「ん。わかった。」
『では、言いますよ? 『そのマガツキは食べる事は出来ませんか?』』
「…………は?」
『はい! すぐに伝える!』
頭に疑問符を大量に浮かべながら国見の勢いに乗せられシンイチが言葉を放つ。
「え~っと、ハジメさんって方~。」
「あぁっ!? んだよっ!」
ハジメは叩き落としたり踏みつぶしたりとヒルと戦いを続けながら言葉だけで反応する。
「サオリちゃん……国見さんから連絡があるみたいなんだけど伝えていい?」
「国見さん!? なんだ!? なんだって!?」
「『そのマガツキは食べる事は出来ませんか?』 だって」
「ええええ…………」
ハジメの肩が下がり、あからさまに力が抜けていくのが伝わってくる。
自分の腕に噛みついているヒルを掴み毟り取るハジメ。
ビチビチビチと暴れるヒルを、まるで魚のようにシンイチに見せるハジメ。
「…………これを食えと?」
「……ですよね~。
サオリちゃんってば一体どうしちゃったんだろ?」
ハジメはビチビチ動くヒルを持ち上げてマジマジと眺め、そしてうんうんと頷いてから口を開く。
「嫌過ぎる。」
「うん。ボクだって、そんな見た目の食材があったら絶対食べない自信があるよ。鰻とかは別だけどさ。」
「……でもまぁ国見さんが言うなら一口だけ齧ってみるか」
「まったく、そんなの食べるってアリエナ………って、えええっ!?」
驚くシンイチを横目に、ヒルをほんの少しだけ齧ってみるハジメ。
ヒルのマガツキは、ヌチョっとした、まるで腐った肉を口に入れたような食感がした。
『これは不味いっ!』
そう感じたが、髪のマガツキを食べた時も最初は不味く気持ち悪かった。
なので我慢して飲みこんでみる。
飲みこみ終わり足に噛みつかれっぱなしのヒルを足で踏みながら、もう一口だけ齧ってみた。
ギィピィと鳴くヒルから肉片を齧り取ると、やはりヌチョっとした肉が口内にまとわりつく。
……だが、不思議と不味いと感じなくなっていた。
「……ん? チーズ……っぽい?」
咀嚼しながら首を捻るハジメ。
それを驚愕の視線で見守っているシンイチ。
だが、二口目を飲みこもうと喉を鳴らした瞬間、ハジメを強烈な吐き気が襲ってくる。
『コレは飲んだらダメなヤツだ』
直感がそう告げ、四つん這いになり必死に吐き戻す。
「……ですよね~。当然そうなりますわ。
サオリちゃん聞いてる? ハジメさんって人、齧ったけどめっちゃ吐いてるよ。」
『…………そうですか……なにか条件でもあるんでしょうか……
ではまた討伐に戻ってもらってください。あ。『頑張って』って可愛く応援してる風に伝えてもらえます?』
「……鬼だねサオリちゃん。」
スマートフォンを下ろしハジメに声をかけるシンイチ。
「ね~? 大丈夫?
サオリちゃ……国見さんも無理に食べなくていいって、ごめんなさいだって。あと頑張ってくだしゃい♪ だってさ。」
「ウォェっ! ゲホっ! ……あ、ぁあ。わかった!
あぁ……くっそ、なんだこれ気分わりぃ。」
「いや食べてみる方がおかしいよ……」
ハジメは無駄に気持ち悪い思いをさせられた怒りを足踏みや鉄槌打ちに乗せ、次々と繰り出してどんどんヒルを潰していく、ヒルの数はみるみる減りシンイチの周りにも10数匹を残す程度となると、ヒルのマガツキは、より小さな人型を作りだした。
『ナ、なんナノだっ!? オマえは一体ナニものなのだ!』
「あぁっ? しらねぇよ。」
ヒルの小さな人型は蠢きながら続ける。
『我ハただココを根城にしたイだけダ、ソレダけしか望んでオラぬ。
何故ソノ程度の望ミで我が殺サレねばナラヌ?』
「おめぇが先にケンカ売ってきたんだろうが! よりにもよって国見さんを狙いやがって! ……それに人も殺してる。」
ハジメはチラリとミイラ化した男の死体に目を向ける。
「……我ヲ滅すルつもりカ?」
「……あぁそうだな諦めろ。どうやら俺の方がお前よりも強い。」
ヒルの小さな人型はさらに激しく蠢めく。
「ナラば、我も最後マデ抗わせてもらおう。
……この憑代ハ……もうダメだ。
新タナ……贄ヲ!」
マガツキの言葉に嫌な予感を感じたハジメはマガツキを仕留めにかかる。
ヒルのマガツキは最後の言葉を放つと同時に、シンイチを囲んでいた残りのヒルもシンイチから離れ、全てのヒルが小人に集まり、そしてまるで蛇のような姿に変化した。
まるでゲームでボスが出現するような流れに、ハジメも拳を握り先手必勝とばかりに大きな蛇にパンチを放つ。
だが蛇のようになったヒルはハジメの拳を躱し、まるで短距離走の選手ような速さでホールを抜け出した。
「なっ!?」
「逃げたっ!?」
ハジメとシンイチが同時に声を上げ、ハジメがすぐに追跡を。シンイチも防御結界を解いて移動を始めようとした。
その時――クラブの入り口付近から銃声と叫び声が響いた。
だが、その叫び声はまるで口をふさがれたように一瞬だけ響き、すぐに消えたのだった。




