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妹が『かぐや姫』になったので、俺は配信で物語の結末を書き換える  作者: ささかま


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5話 決まっていた結末をずらした

扉の向こうは、暗闇ではなかった。


古い小屋の中だった。

低い天井。

粗末な木の机。


壁際には、冷えた暖炉がある。

さっきまでの王宮の気配は消えている。


窓の外には森が見えた。

夜ではない。

薄い朝の光が、霧の向こうから差し込んでいる。


俺は扉を振り返った。

ない。

入ってきたはずの扉は消え、代わりに木の壁が続いていた。


足元に落ちていた式神の紙片もない。

札だけが、手の中に残っている。


背後から、楽しそうな声が響いた。



「第一夜です」



シェヘラザードの声だった。


姿はない。

けれど、部屋の空気そのものが彼女の声を含んでいる。



「契約を望むなら、まずは物語を一つ越えてください」



「越えるって、どういう意味だ」



返事はすぐに来なかった。


暖炉の灰が、風もないのにわずかに舞う。

その奥で、誰かの足音が聞こえた。


小屋の扉が開く。


入ってきたのは、10歳くらいの少女だった。

手には籠を抱えている。


少女は俺を見ない。


見えていないわけじゃない。

そこにいると認識していないようだった。


少女は机の前に立ち、同じ調子で呟く。



「森を抜けて、薬を届けなきゃ」



その声に、胸の奥がざわついた。


森。

籠。

届け物。


物語の形が見えかける。


少女が扉へ向かう。


俺は反射的に声を上げた。



「待って。外に出る前に、少しだけ聞いてくれ」



少女は止まらない。


まるで、最初から決められていたように扉を開ける。

外の霧が、部屋の中へ流れ込んだ。


俺は札を切った。


小鳥式神を飛ばし、少女の前に回り込ませる。

白い紙の鳥が、扉の前で羽ばたいた。


だが、少女は見ていない。


小鳥式神の身体が、霧に触れた瞬間、紙に戻って落ちた。


術式が壊れたわけじゃない。

物語に入れてもらえなかった。


俺は息を詰め、駆け出した。


少女の腕を掴もうとする。

指先が、すり抜けた。


身体があるのに、触れない。

目の前にいるのに、干渉できない。


少女は森へ踏み出した。

次の瞬間、景色が跳んだ。


森の中。


濃い霧の道。

低い木々。


遠くで獣の唸り声が聞こえる。

少女は、迷わず道を進む。


俺はその後ろにいた。

さっき小屋にいたはずなのに、強制的に場面が変わっている。

嫌な汗が背中を伝う。


これは移動じゃない。

場面転換だ。


物語の進行に、俺だけが引きずられている。


茂みが揺れた。

灰色の狼が現れる。


少女は立ち止まる。

狼は、ゆっくりと笑うように口を開いた。



「どこへ行くんだい」



その瞬間、俺は理解した。


赤ずきん。


ただし、俺が知っている物語そのものじゃない。

少女の頭巾は赤くない。


狼の問いも少し違う。


けれど、流れは同じだ。


少女は答える。

森の奥へ行く。

薬を届ける。


狼は先回りする。


このまま何も変えられなければ、少女は確実に食われる。


俺は叫んだ。



「答えなくていい。君の行き先を、あいつに教えなくていい」



少女は俺を見ない。



「おばあさんの家へ」



言葉が落ちた瞬間、森の空気が固定された。


狼の笑みが深くなる。

少女の足元に、赤い糸のような光が巻きついた。


しまった。

セリフを言ったことで、役割が進んだ。


俺は狼へ札を投げる。

札は狼の額に届く直前、燃えた。

炎ではない。


文字になって散った。

戦闘じゃ止まらない。


普通に助けようとしても無理だ。

触れない。


術も通らない。

少女の行動も変わらない。


なら、見るしかない。


俺は呼吸を整えた。


少女の歩幅。

狼の視線。

森の道。


違和感を探す。


一度決まった物語なら、全部が均一に動くはずだ。

だが、少女の籠だけが違った。


歩くたびに、籠の中で薬瓶が揺れる。

少女は何度もそれを押さえていた。


大切にしている。


届け物そのものじゃない。

届ける相手でもない。


この子が縛られているのは、薬を届ける役割だ。


だったら。

役割の意味をずらす。


俺は少女の前へ回り込み、触れない距離で膝をついた。



「それ、大事にしてるんだよな」



少女の足は止まらない。

赤い糸も緩まない。


違う。


それだけじゃ届かない。

気持ちを指摘しただけでは、役割は変わらない。


俺は歯を食いしばる。


少女は狼に背を向けたまま進む。

狼が、音もなく距離を詰める。


爪が上がった。

狼の牙が、少女の喉元に届く距離まで迫っていた。

間に合わない。


俺はもう一度、少女の目を見た。

見えていないはずの瞳が、一瞬だけ揺れる。



「怖いよな。でも、届けるだけじゃなくて……選んでもいいんじゃないか」



少女のまつ毛が震えた。


俺は、できるだけ静かに続ける。



「届けるために歩いてるんじゃなくてさ。それを守るために、動いてるんじゃないのか」



少女の指が、籠を強く抱いた。

その目に、初めて感情が宿った。

赤い糸が、わずかに緩む。


狼が跳んだ。


俺は動けない。

攻撃も止められない。


けれど、少女は初めて道を外れた。


一歩だけ。

それだけで、狼の爪は空を切った。


霧が裂ける。

森の奥に、別の細道が現れた。

決まっていたはずの道が、変わった。


少女の選択が、この物語の前提を壊し始めていた。

シェヘラザードの笑い声が、遠くから響く。



「面白い。ですが、それでは契約には届きません」



少女が俺を見た。

今度は、はっきりと。


その顔に、ほんの少しだけ自分の意思が戻っている。


狼は消えていない。

森も終わっていない。


完全な成功じゃない。


けれど。

定められたはずの結末が、初めて揺らいだ。

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