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妹が『かぐや姫』になったので、俺は配信で物語の結末を書き換える  作者: ささかま


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4話 シェヘラザードは、契約者を試す

次の瞬間、世界が書き換わった。


落ちる感覚はなかった。

踏み外したわけでも、転移陣に吸い込まれたわけでもない。


ただ、足元にあった竹林が消えた。


代わりに、磨き上げられた大理石の床が広がっていた。

高い天井。

壁には金細工の柱が並び、見上げるほど大きなシャンデリアが吊るされている。


中世の王宮みたいな場所だった。


だが、人の気配がない。


魔物の気配もない。

足音も、風の音も、呼吸の音すらやけに大きく聞こえる。


俺はゆっくりと周囲を見回した。


広すぎるロビー。

左右に伸びる廊下。

正面には、奥へ続く階段。


豪華なのに、生活の匂いがなかった。



「……ここが、千夜一夜か」



名前を口にした瞬間、胸の奥がわずかにざわついた。


聞いたことのないはずの名前。

それなのに、舌の上に妙に馴染む。


かぐや姫は、契約してこいと言った。


説明はそれだけだ。

何と契約するのか。

どうやって契約するのか。


失敗したらどうなるのか。


何も分からない。


俺は札を取り出した。


戦う力はない。

美月みたいに前へ出て斬ることもできない。


なら、俺にできることをするしかない。


指先で札を弾く。

霊力を流し、薄い紙片を小鳥の形へ折り替える。


一羽。

二羽。

三羽。


小さな式神が、羽音もなく宙へ浮かぶ。


十数体まで増やしたところで、視界の端に別の景色が重なった。


式神の視界だ。


俺自身の目と、鳥の目が同時に開く。

慣れていなければ吐き気を起こす感覚だが、これだけは昔から得意だった。



「行け」



短く命じる。


小鳥式神たちが、一斉に飛び立った。


右の廊下。

左の廊下。

階段の上。

柱の陰。


奥の扉。


視界が分かれる。


広い。

無駄に広い。


だが、構造は妙だった。


右の廊下は三つ目の扉で途切れていた。

左の廊下は同じ部屋が続くだけで、最後は壁に突き当たる。


階段の上には、豪華な回廊があった。

だが、どの扉も開かない。


客間。

食堂。

書斎。

舞踏室。


形だけはある。


けれど、使われた痕跡がない。

椅子に座った跡も、机に触れた埃の乱れもない。


まるで、誰かに見せるためだけに作られた王宮だった。


その時、式神の一羽だけが、視界の中で逆さまに飛んだ。


俺は命じていない。

だが小鳥は、天井を床みたいに滑っている。


次の瞬間、何事もなかったように視界が戻った。


背筋に冷たいものが走る。



「正解だけ残して、他は閉じてるのか」



独り言が、ロビーに薄く響く。


式神の一羽が、正面階段の下へ戻ってきた。

そこだけ空気の流れが違う。


階段の裏に、細い通路がある。


人が通るには狭い。

だが、奥へ続いている。


俺は式神の視界を集め直した。


他の道は全部、行き止まり。

進めるのは、そこだけ。


選ばされている。


そう思った瞬間、視線を感じた。


誰もいない。

気配もない。


それなのに、見られている。



「……行くしかないか」



足を踏み出す。


大理石の床を歩くたび、靴音がやけに響いた。

広いロビーなのに、音は遠くへ逃げない。


俺の周りだけを、ぐるぐる回っているようだった。


階段裏の通路に入る。


壁は白い石で出来ていた。

近づくと、細かな文字が刻まれているのが分かる。


読めない。


文字の形は見える。

意味だけが滑って逃げる。


式神を一羽、先へ飛ばす。


通路の奥に、扉があった。


小さな扉だ。

王宮の豪華さに比べると、あまりにも地味だった。


木製。

装飾なし。

取っ手だけが古びた金色をしている。


式神が扉に近づいた瞬間、視界が暗転した。


一羽だけじゃない。


廊下に散っていた式神の視界が、次々に消えていく。



「っ……!」



額の奥に痛みが走る。


無理やり接続を切られた。

術式を破壊されたわけじゃない。


物語の外に追い出されたような感覚だった。


小鳥式神たちは、紙片に戻って足元へ落ちる。


その時だった。



「ようこそ」



声が響いた。


女の声。

かぐや姫とは違う。


柔らかい。

甘い。

けれど、底が見えない。



「語りの迷宮へ。あなたを待っていました」



俺は振り返る。


誰もいない。


ロビーにも、廊下にも、階段にも、人影はない。



「契約を望む方が来るなんて、本当に久しぶりです」



声は近い。


耳元ではない。

頭の奥でもない。


まるで、物語の一文が直接胸に差し込まれるようだった。


俺は札を握り直す。



「誰だ」



問いかける。


返事は、少し遅れて返ってきた。



「……私のことを知らずにここへ?

いや、彼女の差し金ですか。まぁ、いいでしょう。

名乗るほどの者ではありません」



そこで、くすりと笑う気配がした。



「と言いたいところですが、それでは不親切ですね」



足元に落ちた紙片が、ひとりでに動いた。

破れた式神の紙が重なり、文字の形を作る。


シェヘラザード。


知らない名前ではない。

物語を語り、生き延びた女の名。


俺は息を呑んだ。



「シェヘラザード……?」


「はい。そう呼ばれています」



声が、すぐ後ろから聞こえた。

振り向くより早く、白い指が肩に触れる。


冷たくはない。

だが、人の温度でもない。



「では、始めましょう」



耳元で、彼女は囁いた。



「あなたが、千夜一夜に語られる価値のある人間かどうかを」



目の前の扉が、ひとりでに開く。


扉の向こうには、暗闇ではなく物語が広がっていた。

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