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妹が『かぐや姫』になったので、俺は配信で物語の結末を書き換える  作者: ささかま


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24/25

24話 見えているのに見えない

背後の気配が、今までで一番近くにあった。


白い影は配信画面の中で膨らみ、俺の背後を覗き込むように揺れている。

顔はまだはっきりしない。

ただ、黒い髪の間から白い頬のようなものが見えた。


見てほしい。


その本質に触れた瞬間、怪異は弱くなったわけじゃなかった。

むしろ、距離はさらに近くなった。

優しさを向けたから安全になるほど、この物語は甘くない。


美月が俺の前で刀を構えている。

斬れない相手だと分かっていても、刃を下げない。

その背中だけが、俺を現実につなぎ止めていた。


コメント欄が爆発していた。


【映ってる】

【顔見えそう】

【やばい近い】

【でもブレてる】

【見えた人いる?】

【髪だけ】

【顔は無理】

【ノイズひどい】


見えている。


だが、誰も完全には見えていない。


その違和感が、胸の奥に引っかかった。

視聴者は白い影を捉えている。

けれど、コメントの内容はばらばらだ。


髪だけ。

頬だけ。

影だけ。

顔は見えない。


全員が見ているのに、誰も同じものを見ていない。


スマホの向こうで、少女が小さく息を吸った。



「見て、くれるの?」



俺は答えない。


答えた瞬間、場所や意味を与える。

それは分かっている。

それでも、完全に拒めばまた別の形で近づいてくる気がした。


シェヘラザードが千夜一夜のページへ指を添える。

金文字が震え、滲みながら浮かび上がった。


視線。

断片。

多数。

不成立。


そこまで読めた瞬間、文字が崩れる。


シェヘラザードの目が細くなった。



「観測が鍵です、マスター」


「観測……?」


「一人の視線で完全に捉えれば、物語は固定されます。ですが今は、無数の視線が断片的に触れているだけです」



俺は画面を見る。


白い影はいる。

だが、輪郭はぶれていた。

右にいるようで、左にも滲む。後ろにいるはずなのに、画面の端にも残像がある。


美月が低く言った。



「形が、定まってない」


「ああ」



さっきまで、俺たちは見ないことで成立を防いでいた。

だが今は違う。


見られているのに、成立していない。


配信画面越しの観測が、完全な視認になっていないからだ。


コメントがさらに流れる。


【髪だけ見えた】

【人形っぽい?】

【いや女の子】

【顔はノイズで無理】

【位置ズレてる】

【画面端にもいる】

【同時に二か所いない?】


白い影が揺れる。


少女の声が、少しだけ乱れた。



「どうして……見えてるのに」



その声に、初めて不安のようなものが混ざった。


俺は息を呑む。

恐怖が消えたわけじゃない。

背後の気配は今もある。

肩の傷も痛む。


それでも、初めて向こうの足元が揺れた。


配信は危険だ。

見れば形を与える。

観測されれば、怪異は強くなる。


だが、配信は同時に怪異を乱している。


全員が違う角度で、違う断片を見ている。

誰も完全に見ていない。

だから、ひとつの形に固定されない。


俺は喉の奥から声を押し出した。



「……見られてるから、逆に定まらないのか」



シェヘラザードが頷く。



「はい。完全な視認ではなく、分散した観測です。今はそれが、成立を遅らせています」


「つまり、配信を切ったら」


「観測が一つに戻る可能性があります。あなたの視線、もしくはこの怪異自身の物語へ」



背中が冷えた。


配信を切れば安全になると思っていた。

少なくとも、そう思いたかった。


けれど違う。


この場では、配信が唯一の逃げ道になっている。

正確ではない。

信頼しきれない。

それでも、白い影をひとつに決めさせないための揺らぎになっている。


美月が短く息を吐いた。



「なら、切れないね」


「切らない」



俺は即答した。


少女の声が近づく。



「どうして」



白い影が画面の中でぶれる。

顔になりかけた輪郭が、コメントの濁流に重なるように崩れた。


【今顔っぽかった】

【見えない】

【ノイズ入った】

【そこ右?】

【いや後ろ】

【定まってない】

【配信続けろ】


コメントが視界の端を埋める。


うるさい。

怖い。

判断を間違えそうになる。


それでも今は、この混ざりきった観測こそが必要だった。


俺は正面を見たまま、端末を握り直す。

直接は見ない。

画面も追いすぎない。


見るのではなく、流す。


固定しない。


背後の気配が揺れた。

少女が、少し低い声で言う。



「見てるのに」



その声は怒りに近かった。

だが、完全な怒りではない。

思い通りにならない子どもの戸惑いに似ていた。


俺は返事をしない。


代わりに、言葉を選ぶ。

場所を与えず、答えにもせず、ただこちらの方針だけを決める。



「配信は切らない」



美月がわずかに振り向きかけて、すぐに止まった。

俺が言いたいことを察したのだろう。

刀の切っ先を正面に戻し、呼吸を合わせる。


シェヘラザードが千夜一夜を閉じかけ、もう一度だけページを見る。



「マスター。観測は武器になります。ただし、刃と同じです。向きを誤れば、こちらを裂きます」


「分かってる」



分かっている。


配信は万能じゃない。

視聴者が全部正しいわけでもない。

コメントは遅れるし、映像はズレる。


それでも、ここでは必要だ。


一人で見れば終わる。

見なければ届かない。

なら、多数の視線で断片にする。


その形なら、まだ戦える。


少女の声が途切れた。


ノイズが深く沈む。

白い影が、画面上で二重にずれる。

右にいる影と、背後にいる影が、一瞬だけ重なって離れた。


コメントがさらに加速する。


【分裂した?】

【違う、ズレてる】

【一個じゃないみたいに見える】

【顔が固定されない】

【配信切るな】

【今なら抑えられてる?】


抑えているわけじゃない。


ただ、決まりきっていないだけだ。


それでも、その差は大きい。


俺は震える息を吐いた。

怖さは消えない。

むしろ、配信を切れないと分かったぶん、逃げ道は減った。


だが、ただ追い詰められているだけではない。


初めて、こちらから条件を作れるかもしれない。


白い影が画面の端で揺れる。

少女の声が、ノイズ混じりに落ちた。



「どうして……見えてるのに……見えないの」



その問いに、俺は答えなかった。


代わりに、正面を見たまま低く言う。



「配信を切るな」



コメントが爆発した。


【了解】

【切るな】

【見続ける】

【でも顔は見るな】

【断片で見ろ】

【陽斗、耐えろ】


視界の端で、白い影の輪郭がまた崩れる。


怖い。

近い。

危ない。


それでも、初めて分かった。


この配信は、ただの記録じゃない。


この物語を揺らすための、俺たちの観測だ。

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