表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妹が『かぐや姫』になったので、俺は配信で物語の結末を書き換える  作者: ささかま


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
23/25

23話 見れば死ぬ、見なければ届かない

「じゃあ、遊ぼう?」



少女の声が、すぐ近くから聞こえた。

遊びという言葉の軽さに反して、背中の皮膚は冷えたままだった。

白い影は、配信画面の端で揺れている。


俺は答えない。

場所を決めない。

見ない。


それだけを守る。


美月は俺の前に立ち、刀を抜いたまま動かない。

斬れる位置に相手はいない。

けれど、俺が崩れた瞬間に割り込める距離を保っている。


スマホの通話は切れていなかった。

ざり、ざり、と乾いたノイズが続く。

その奥で、少女が笑っている。


コメントが視界の端を流れた。


【遊ぼうって言った】

【怖すぎる】

【ルール理解されたから変えてきた?】

【場所言うな】

【振り向くな】

【でもなんか怒ってなくない?】


怒っていない。


その言葉が、妙に引っかかった。


今までの声に、殺意はあったのか。

近づいてきた。

切ってきた。


それなのに、声そのものはずっと幼く、どこか寂しかった。


俺は肩の痛みをこらえながら、息を整える。

考えるな、とは言えない。

考えなければ、この物語に飲まれる。


だが、考えた場所を与えるな。


それが今の最低限の足場だった。


少女の声がした。



「今、あなたの後ろにいるの」



首は動かさない。


背後の気配が濃くなる。

だが、俺は場所を決めない。

後ろにいると言われても、そこにいると認めない。


白い影が、配信画面の端で薄く乱れた。


美月が低く言う。



「止まった?」


「少しだけな」


「でも、消えてない」


「ああ」



消えてはいない。

けれど、さっきまでみたいに一気に届いてこない。


こちらが答えない。

見ない。

場所を与えない。


そのせいで、向こうも完全には進めない。


やはり、怪異だけが好き勝手にしているわけじゃない。

向こうも物語のルールに縛られている。


そう思った瞬間、少女の声が少し低くなった。



「どうして、見てくれないの?」



俺は答えない。


答えないまま、言葉の中身だけを拾う。


どうして逃げるの、ではない。

どうして殺せないの、でもない。


どうして見てくれないの。


そればかりだ。


配信画面の白い影が、遠ざかるように滲む。

離れたのか。

そう見えるだけなのか。


分からない。


コメントが流れる。


【また見てって言ってる】

【殺すならもうやれてるよな】

【追いかけてるってより、見てほしい?】

【でも見たら終わるやつ】

【矛盾してる】


矛盾。


その通りだった。


見てほしい。

でも、見たら終わる。


それが、この怪異の一番歪んだところだ。


美月の刀がわずかに下がる。

警戒を解いたわけじゃない。

ただ、俺の呼吸に合わせて、力みすぎた腕を整えただけだった。



「兄さん、声が少し変」


「変?」


「怒ってる感じじゃない。迷ってるみたい」



美月の言葉は短い。

けれど、俺が感じていた違和感と重なった。


迷っている。


そうだ。

この怪異は、ただ襲っているだけじゃない。


わざわざ電話をかける。

距離を告げる。

後ろにいると知らせる。


普通に殺すだけなら、黙って近づけばいい。

画面に映る必要もない。

声を届ける必要もない。


それなのに、何度も言う。


今、どこにいる。

今、何をしている。

見て。


まるで、自分の存在を確認させようとしているみたいに。


ノイズがまた深くなる。


少女が囁いた。



「聞こえてるよね?」



俺は口を閉じたまま、喉だけで息を殺す。


答えない。

でも、聞く。


聞かなければ、本質を掴めない。


シェヘラザードが千夜一夜を抱えたまま、小さく言った。



「マスター。応じてはいけません。ただし、無視しきるのも危険です」


「分かってる」


「怪異は、拒絶にも反応します」



拒絶。


俺はその言葉を胸の奥で転がした。


見ない。

答えない。

場所を与えない。


それは攻略としては正しい。


だが、向こうにとっては拒まれているのと同じかもしれない。


少女の声が、またした。



「ねえ」



近い。


だが、届かない。


俺は正面を見たまま、慎重に息を吐く。

返事ではない。

言葉ではない。


それでも、背後の気配がかすかに揺れた。


少女が続ける。



「いるのに」



その一言だけで、胸の奥が締めつけられた。


いるのに。


見えないのではなく。

見てくれない。


この怪異にとって、問題はそこなのか。


俺は初めて、恐怖以外の感情をその声に見た気がした。


コメントが滲むように流れる。


【今の寂しそう】

【いるのに、って】

【やっぱ見てほしいのか】

【でも見るな】

【これどうすればいいんだよ】


どうすればいい。


俺も同じだった。


見れば終わる。

見なければ届かない。


倒すなら簡単だ。

見ないまま、ルールを利用して封じる方法を探せばいい。


だが、それで終わるのか。


この声の奥にあるものを知らないまま、終わらせていいのか。


肩の傷が痛む。

痛みは現実だ。

この怪異が危険なのも事実だ。


それでも。


俺はこの物語に取り込まれた存在を、ただの敵として片づけるつもりはなかった。


だから、言葉を選ぶ。


場所を与えないように。

返事になりすぎないように。

それでも、声だけは届くように。


俺は正面を見たまま、低く呟いた。



「……見てほしいのか?」



ノイズが止まった。


一瞬、町全体の音が消える。

風もない。

コメントすら、遅れて流れたように見えた。


白い影が、配信画面の中で止まる。


揺れていた輪郭が、ほんの少しだけ形を保った。


美月が息を呑む。

刀の切っ先が、わずかに下がりかけて、すぐに戻る。


少女の声は、すぐには返ってこなかった。


沈黙が長い。


長すぎる。


俺は言い過ぎたのかと思った。

本質に触れたのか。

それとも、余計な認識を与えたのか。


胸の奥が冷える。


やがて、電話の向こうで小さな呼吸が聞こえた。



「……見て、くれるの?」



弱い声だった。


さっきまでの距離を奪う声ではない。

背後に立つ怪異の声でもない。


ただ、誰かに尋ねる声だった。


俺の喉が詰まる。


答えたら危険だ。

分かっている。


だが、今の問いを完全に無視することもできなかった。


その迷いを待っていたように、背後の気配が跳ねた。


一瞬で近づく。


いや、違う。

近づいたのではない。


俺のすぐ後ろに、最初からいたことにされた。


画面の中で、白い影が膨らむ。

カメラが勝手に角度を変え、俺の背後を捉えようとする。


コメントが爆発した。


【近い】

【後ろ!】

【顔映った?】

【今ちょっと見えた】

【振り向くな】

【やばい】


美月が俺の前から半歩ずれた。

俺を守る位置を崩さないまま、刀だけを背後へ向けようとする。


だが、振れない。


俺がいる。

見れば終わる。

場所を決めれば、向こうに渡す。


白い影が、画面の中でこちらを覗き込む。


顔はまだはっきりしない。

ただ、黒い髪の間から、白い頬のようなものが見えた。


初めて、人形に近い輪郭を持った。


俺は前だけを見た。


背中に冷たい気配がある。

肩の傷がまた痛む。

呼吸が乱れる。


それでも、さっきまでとは違っていた。


怖い。

今も怖い。


でも、分かった。


この怪異は、ただ殺したいだけじゃない。


俺は震える息を吐いた。


見てほしい。


その本質に触れた瞬間、恐怖は消えなかった。

むしろ、もっと厄介な形になった。


見れば死ぬ。

見なければ届かない。


その矛盾こそが、この物語の核だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ