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妹が『かぐや姫』になったので、俺は配信で物語の結末を書き換える  作者: ささかま


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18/25

18話 見えてるのに

近すぎる。

そう口にした瞬間、距離という感覚そのものが崩れた。

背後にいる。正面にもいる気がする。右にも、左にも、どこにでもいる。


なのに、見えない。

俺の目には何も映らない。

スマホの向こうでは、女の子の呼吸だけが続いていた。


美月は刀の柄に指を添えたまま、俺の斜め前に立っている。

すぐに抜ける姿勢。

けれど、まだ抜かない。敵がどこにいるか分からないからだ。


視界の端に浮かぶコメントが、急に歪んだ。

文字の輪郭が滲み、遅れてまとまる。

画面の向こうだけが、俺たちより先に何かを見ていた。


【いる】

【白いの映ってる】

【画面にだけいる】

【右後ろ】

【いや前っぽい】

【近い】


俺は端末を見る。

配信画面には、俺たちの前に広がる無人の住宅街が映っている。

低い塀、ひび割れたアスファルト、静まり返った家々。


その中に、白い影が一瞬だけ滲んだ。

人の形に見えた気がした。

けれど、次の瞬間にはノイズに溶けて消える。


俺は顔を上げ、同じ場所を見る。

何もいない。

ただの道路だ。ただの塀だ。ただの暗い路地だ。



「……どこにいる」



声に出しても、答えは返ってこない。

代わりに、コメントが加速する。


【今映っただろ】

【なんで見えてないんだ】

【画面にはいる】

【現実にはいないの?】

【これやばくない?】


現実にはいない。

その言葉が、頭の中で重く残った。

画面にだけいるなら、どこからこちらへ近づいている。


俺は端末を握る指に力を込めた。

配信は正しいとは限らない。

ズレるし、遅れる。けれど今だけは、俺の目より何かを拾っている。


その事実が、足元から感覚を崩していく。


美月が低く言った。



「兄さん、そこには何も見えない」



「ああ。俺にも見えない」



「でも、何かある。空気が、そこだけ沈んでる」



美月の視線は右の路地へ向いている。

視聴者がさっきから騒いでいる場所だ。

俺は配信端末を右へ向ける。


画面の中で、路地が映る。

白い影が、また滲んだ。

今度は少しだけ長い。


細い腕のようなもの。

白い服の裾のようなもの。

黒い髪の先のようなもの。


見えたと思った瞬間、画面が乱れた。

ノイズが走り、輪郭が崩れる。

俺は画面から目を離し、同じ路地を直接見る。


何もいない。

喉の奥が張りついた。


見えている。

でも、見えない。


コメントがさらに荒れる。


【右!】

【今いた】

【白い女の子っぽい】

【人形?】

【違う、影だけ】

【こっち見てた】


こっち見てた。

その一文で、背中が冷えた。

俺は視線を前に固定したまま、スマホを耳に当てる。


通話はまだ切れていない。

ノイズの奥で、かすかな笑い声が聞こえた。



「見えてるでしょ?」



女の子の声だった。

やわらかい。幼い。

けれど、耳の奥を針で撫でるような声だった。


俺は答えられなかった。

見えているのは、俺じゃない。

画面の向こうの視聴者だ。


それでも、向こうは当然のように言う。

見えているでしょ、と。


俺は唇を湿らせる。



「……俺には見えてない」



通話の向こうが、少しだけ静かになった。

ノイズが弱まる。


次の声は、さっきより近かった。



「どうして?」



責める声ではなかった。

本当に分からない、という声だった。

その無邪気さが怖かった。


見えないことの方がおかしい。

見てくれないことの方が悪い。

そんな理屈が、声の奥にある気がした。


シェヘラザードが千夜一夜の表紙に指を置く。



「マスター。視聴者の観測と、あなたの認識が分離しています」



「分離……?」



「映るものと、見えるものが一致していません。今この瞬間に信用しきるのは危険です」



説明は短い。

それだけで十分だった。

俺たちは、同じ場所を見ているのに、同じものを見ていない。


美月が小さく息を吐いた。



「……そこ、近い」



「どこだ」



「右。いや、違う。今は前。気配がずれてる」



美月の声にも、わずかに焦りが混ざっていた。

刀を抜けば斬れる相手ではない。

少なくとも、今はまだ届かない。


配信画面の中で、白い影がまた出た。

今度は俺たちの前っぽい位置。

遠くない。道の真ん中に見える。


けれど直接見ると、そこには何もない。


コメントが爆発する。


【前っぽい】

【いるいるいる】

【止まれ】

【近い】

【画面だと目の前】

【陽斗の前にいる】


俺は足を止めた。

一歩でも進めば、何かに触れるのではないかと思った。

見えないものに触れる。それが、どんな結果になるのか分からない。


女の子の声が、スマホから漏れる。



「ねえ」



俺は返事をしない。

返事をすれば、また距離が縮まる気がした。



「どうして、そっちばかり見てるの」



そっち。

配信画面のことか。視聴者のことか。

俺の目ではなく、画面越しに見ようとしていることか。


分からない。

だが、その声には確かな寂しさがあった。

怒りではない。殺意でもない。


見てほしい。

ただそれだけが、ねじれている。


俺は端末を下げかけて、止めた。

見なければ分からない。だが、見れば近づく。

矛盾した感覚が、胸の内側でぶつかった。


コメントが流れる。


【下げるな】

【画面見て】

【見えてるの俺たちだけだ】

【カメラ外したら分からなくなる】

【でも近すぎる】


俺は奥歯を噛んだ。

視聴者にしか見えない。

だから配信が必要だ。


けれど、配信があるから向こうも形を持っているのかもしれない。

答えはまだ出ない。


美月が一歩、俺の横に並んだ。



「兄さん、動くならゆっくり」



「ああ」



「見えてないものを斬るのは、まだ無理」



「分かってる」



美月は悔しそうに刀の柄を握った。

強いのに、届かない。

その事実が、俺たちをさらに追い詰めている。


画面の中の白い影が揺れた。

一瞬、こちらへ手を伸ばしたように見える。


俺は反射的に一歩引いた。

直接の視界には、何もない。

だが、胸元の空気だけが押されたように冷たくなる。


触れられてはいない。

それでも、もう届く距離にいる。

そう思った瞬間、喉が詰まった。


スマホの向こうで、少女が笑う。



「見えてるのに」



その声は、すぐ近くから聞こえた。

耳元ではない。

背後でもない。画面の中から漏れたように聞こえた。


俺は端末を見る。

白い影は、画面の端にいた。


顔は見えない。

輪郭も曖昧だ。

それでも、こちらを見ていることだけは分かった。


俺は息を止める。

美月も動かない。

シェヘラザードも黙っている。


コメント欄だけが、狂ったように流れていた。


【目合ってる】

【画面越しに見てる】

【陽斗、見えてないのか】

【これ怖すぎる】

【カメラ切るな】


俺は画面越しに、その白い影を見つめた。

直接見ればいない。

配信画面にはいる。


そこに、決定的なズレがあった。


俺は喉の奥から、かすれた声を押し出す。



「……俺には、見えてない」

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