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妹が『かぐや姫』になったので、 配信で結末を書き換えて救い出す  作者: ささかま


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12話 怖いまま進む

月の城に、朝は来なかった。


窓の外に広がる月面は、夜のままだった。

白い荒野と黒い空。

遠くに、地球らしき青い光が浮かんでいる。


時間だけが進んだと分かるのは、身体の重さだけだった。

短い眠りのはずなのに、骨の奥まで疲れが残っている。


俺は石造りの椅子に腰を下ろしたまま、目の前を見ていた。


美月の身体は、静かに立っている。

背筋は伸びていて、呼吸も乱れていない。


けれど、そこにいるのは美月ではない。


表情が静かすぎる。

視線が冷たすぎる。

美月の身体を使っているだけの、別の存在だった。



「確認を始めます」



かぐや姫の声だった。


感情のない声が、月の城に落ちる。

昨日と同じ冷たさだ。


俺は千夜一夜を手元に置いたまま、正面を見る。

シェヘラザードは少し後ろに立っていた。


いつものように微笑んではいる。

だが、余計なことは言わない。


かぐや姫が右手を開いた。


白い月光が、指先から糸のように伸びる。

その糸は腕を伝い、首筋をなぞり、胸元で淡く脈打った。


俺は奥歯を噛んだ。


痛みはなさそうだ。

それでも、その身体は美月のものだ。



「侵食率、安定」



かぐや姫は淡々と告げる。



「主導権移行、異常なし。初期解放による負荷も、許容範囲内です」



数字を読むような声だった。


無事だと言われているはずなのに、安心しきれない。

確認作業があまりにも人間から遠い。


美月を診ているのではない。

器の状態を調べている。


そう感じてしまう。



「美月は、動けるのか」



聞くと、かぐや姫は一度だけ瞬きをした。



「可能です」


「本当に問題ないんだな」


「問題ありません」



即答だった。


疑う材料はない。

だが、信用しきれるほどの温度もない。


俺は拳を膝の上で握った。



「異常が出た場合は」



かぐや姫が続ける。



「私が主導権を握ります。美月の意識が不安定になる前に制御するためです」



それは安心材料のはずだった。

だが、胸の奥に落ちたのは別の感情だった。


美月が危なくなる前に、かぐや姫が出る。

つまり、美月の意思より先に、かぐや姫の判断が通る。


やはり、優位なのはかぐや姫のままだ。



「……分かった」



俺は短く答えるしかなかった。


ここで反発しても、美月のためにはならない。

今必要なのは、感情をぶつけることじゃない。


次に進むことだ。


昨日、もう決めている。

最初の解放キーは、メリードール。


その攻略に向かう。



「予定通り、メリードールダンジョンへ向かいます」



かぐや姫が言った。


同じ決定を繰り返しているわけではない。

これは確認ではなく、実行の宣言だった。


俺は小さく息を吐く。



「入口には、どうやって向かう」


「一度、現実へ戻します。その後、対象地点へ移動してください」


「直接送らないのか」


「内部へ不用意に接続する必要はありません。物語ダンジョンは、入口を越えた時点で役割の干渉が始まる可能性があります」



説明は短かった。


けれど、十分だった。


中に入る前から、注意しなければいけない。

通常ダンジョンとは、やはり根本から違う。


俺は視線を落とし、手元の札を確認した。


結界も封印も使えない。

持っていけるのは、式神用の札と千夜一夜だけ。


いつも通り、俺自身は弱いままだ。


美月のように斬れない。

神代家の陰陽師たちのように術で押さえ込むこともできない。


それでも、俺には読むことができる。


物語の構造。

役割。

違和感。


怖くても、それだけは手放さない。



「怖いですか、マスター」



シェヘラザードが静かに聞いた。


俺は少しだけ息を詰める。

隠しても仕方ない。



「怖いに決まってるだろ」



声に出すと、余計に現実味が増した。


メリードール。

電話。

接近。

背後。


知識があるからこそ、怖い。

起こるかもしれないことを想像できてしまう。


シェヘラザードは、困ったように笑った。



「その恐怖は、悪いものではありません。恐怖を知る者ほど、物語の違和感を拾えます」


「慰めにしては変だな」


「事実です」



短く返され、俺は息を吐いた。


怖いままでいい。

逃げなければいい。


そう思うしかなかった。


かぐや姫は、こちらのやり取りに興味を示さない。

美月の身体で、月光の地図を見下ろしている。


石床に広がる白い線の中で、一点だけが弱く震えていた。


メリードール。


その文字を見た瞬間、耳の奥で小さなベルが鳴った気がした。


実際には何も鳴っていない。

それでも、背筋が冷えた。


俺は千夜一夜を手に取る。

革の表紙は、掌に冷たい。


これがなければ、俺は何もできない。

だが、これだけで何でもできるわけでもない。

救えるかどうかは、これから決まる。



「進む覚悟はありますか」



かぐや姫が問いかける。


確認というより、最後の手続きに近かった。

俺は顔を上げる。


美月の身体をしたかぐや姫が、静かにこちらを見ている。

その奥に、美月の意識がある。


届いているのかは分からない。

それでも、俺はその目から逃げなかった。



「ある」



短く答えた。


声は震えなかった。

怖くないわけじゃない。


怖いまま、進むだけだ。



「では、次の行動に移ります」



かぐや姫は淡々と言った。

それ以上は語らない。


現実へ戻るのも、入口へ向かうのも、その後のことだ。

今この場で決めるべきことは、もう決まった。


シェヘラザードが千夜一夜に手を添える。



「マスター。物語は、語り手を待ちません」


「分かってる」



俺は千夜一夜を握りしめた。

掌に伝わる冷たさが、少しずつ体温を奪っていく。

メリードールダンジョンへ行く。


電話が鳴る物語。

近づいてくる物語。

背後に立つ物語。


そこに、取り込まれた人間がいる。

なら、放っておく理由はない。


美月を救うためにも。

最初の解放キーを手に入れるためにも。


俺はこの物語を攻略する。

逃げ場はない。


それでも、俺が選んだ道だった。

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