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妹が『かぐや姫』になったので、 配信で結末を書き換えて救い出す  作者: ささかま


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10話 初期解放

月光の地図は、城の床に白い線を広げていた。


線は細かく枝分かれし、いくつもの点を結んでいる。

その中の一つだけが、弱く震えていた。


かぐや姫が示した最初の解放キー。

メリードール。


名前を見た瞬間、城のどこかで電話のベルが鳴った。

一度だけ。

音はすぐに消えたのに、耳の奥に冷たく残る。


電話がかかってくる。

少しずつ近づいてくる。


最後には、背後にいる。


たったそれだけの都市伝説だ。

だが、物語ダンジョンになったなら話は別だった。



「……なんで最初がメリードールなんだ」



俺は地図から目を離さずに聞いた。

かぐや姫は、淡々と答える。



「解放キーの中では、最も危険度が低いからです」


「低い?」


「構造が単純です。接近、通話、背後。その3つが核になります。

ただし今電話がなったように空間に干渉する力があります」



月光の地図に、小さな円が浮かぶ。


円の周りを、細い線が何度も回った。

まるで、同じ場所を巡り続けているようだった。


その線の端が、俺の背後でぴたりと止まる。

思わず振り返った。

誰もいない。


けれど、背中だけが冷えていた。

次の瞬間、耳元でベルが鳴ったような気がした。

反射的に肩が跳ねる。


実際には鳴っていない。

それでも、誰かの指が首の後ろに触れたような寒気だけが残った。


足元の影が、ほんの少しだけ遅れて振り向いた。


瞬きをした時には、もう元に戻っている。


メリードールの入口は、まだ開いていない。

それなのに、物語の気配だけが先に漏れていた。



「侵食速度も比較的遅い。試行対象としては、最も適しています」


「それ、本当に安全って意味じゃないよな」


「当然です」



即答だった。


かぐや姫は、美月の顔でこちらを見る。



「物語ダンジョンに安全な場所はありません」



分かっていた。

それでも、言葉にされると重い。


俺は地図を見下ろす。


現実の探索者たちは、物語ダンジョンを攻略できていない。

少なくとも、帰還した人間はいない。


確認されたダンジョンは、探索者協会が封鎖している。

情報もほとんど出回っていない。


危険だからではない。

戻ってきた者がいないから、何が起きたのか分からないのだ。



「……誰も戻ってないんだろ」



声が低くなった。

かぐや姫は表情を変えない。



「人間が攻略方法を知らないだけです」


「だけ、で済む話か」


「済みます。少なくとも、私にとっては」



悪意はない。

だから余計に、腹の底が冷える。



「物語ダンジョンは、力で突破する場所ではありません。物語の構造を読み、役割の拘束を利用する場所です」



かぐや姫の声に合わせて、地図の線が揺れる。

白い線がほどけ、電話の受話器みたいな形を作った。


受話器の影が、床に落ちる。

鳴っていないはずなのに、呼び出し音を待っている気がした。



「だから、あなたを千夜一夜と契約させました」



その言葉で、ようやく繋がる。


千夜一夜の試練。

少女の物語。

決まった結末をずらす戦い。


あれは契約のためだけじゃない。

これから先の攻略方法を、俺に叩き込むためのものだった。



「つまり、俺がやるのは戦闘じゃない」


「はい」


「物語の読み解きと、書き換え」


「その通りです」



隣で、シェヘラザードが静かに頷いた。


彼女は千夜一夜のページを撫でる。

金の文字が、指先に合わせて淡く揺れた。



「物語には、必ず縛りがあります。語られ続けた形が強いほど、そこから逸れることが難しくなる」


「物語拘束、ってことか」


「ええ。よくできました」



少し楽しそうに言われる。

からかわれている気もするが、不思議と嫌ではなかった。



「ただ、メリードールは分かりやすいだけで、優しい物語ではありません」



シェヘラザードは、軽く首を傾けた。



「呼ばれたら近づく。近づいたら背後に立つ。単純な物語ほど、止まりにくいものです」



城のどこかで、また電話のベルが鳴った。

今度は二度。


俺は息を止める。

かぐや姫は、何も反応しなかった。



「ただし、今すぐ行くわけではありません」



かぐや姫が言った。

俺は顔を上げる。



「……今すぐじゃないのか」


「現状のまま彼女へ主導権を戻せば、侵食が不安定になります」



彼女。

美月のことだ。

その言い方だけで、胸の奥が少し軋む。



「攻略時に美月の意識を表に出す約束だったはずだ」


「約束は守ります。そのための準備が必要です」



かぐや姫は、月光の円を足元へ広げた。

5つある光のうち、一番外側の小さな欠片だけが淡く輝く。



「初期解放を行います」


「初期解放?」


「私の初期能力の封印を、最低限だけ解きます。これにより、彼女に主導権を移しても侵食が急激に進まないようにします」


「それは、美月に負担がかかるのか」


「彼女だけで可能です」



また即答だった。

都合のいい言い方にも聞こえる。


俺はシェヘラザードを見る。

シェヘラザードは、笑わなかった。


真面目な顔で、かぐや姫と俺の間に視線を置いている。



「嘘ではありません」



その一言で、少しだけ息が抜けた。



「初期解放は必要な処置です。主導権を戻したまま外へ出るなら、むしろ避けられません」


「……リスクは?」


「あります」



シェヘラザードは隠さなかった。



「けれど、何もしない方が危険です」



廊下が静まり返る。

月光だけが、床の上で揺れていた。


信用できるのか。


かぐや姫は、美月を器として見ている。

シェヘラザードも、全部を話しているわけじゃない。


それでも。

ここで止まれば、美月は奥に沈んだままだ。



「……本当だな?」



自分でも、情けない声だと思った。

それでも、確認せずにはいられなかった。

かぐや姫は、淡々とこちらを見る。



「あなたの感情は理解できます。ですが、結果には影響しません」



冷たい言葉だった。

けれど、嘘ではない。

代わりに、シェヘラザードが静かに口を開いた。



「完全に、とは言えません。けれど、リスクは減ります」



その答えは優しくない。

けれど、嘘でもなかった。


俺は拳を握り、ゆっくり息を吐いた。



「……分かった」



声に迷いが残った。

それでも、言うしかなかった。



「初期解放をやってくれ。ただし、美月が苦しむなら止める」


「止められるとは限りません」


「それでも、止める方法を探す」



かぐや姫は、少しだけ目を細めた。

否定はしなかった。


シェヘラザードが、小さく息を漏らす。



「本当に、妹君が絡むと頑固ですね」


「それ以外で頑固になる理由がない」


「良い理由です」



そう言って、彼女は一歩下がった。

かぐや姫が、美月の胸元に手を添える。


月光が集まる。


白い線が、腕から首筋へ走った。

けれど、最初に見た強制的な侵食とは違う。


今度は、ゆっくりだった。

閉じた扉を、慎重に開けるような光だった。



「主導権を戻します」



かぐや姫の声が、少し遠くなる。

白く濁っていた瞳の奥に、薄く人間の色が戻り始めた。


呼吸が変わる。


肩が小さく震える。

指先が、ぎゅっと袖を掴んだ。


俺は一歩前に出る。


声をかけたい。

けれど、焦らせたくなかった。


美月のまつ毛が震える。

ゆっくりと、目が開いた。


そこにあったのは、かぐや姫の静けさではない。

不安と混乱と、それでも俺を探す、いつもの妹の目だった。



「……兄さん?」



その声で、全部が崩れそうになった。

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