86.願いを叶えるガール
オッス、オラ救国の聖女!
『聖女』の肩書きだけでも荷が重かったのに、まさか翌日には『救国』まで増えるとは思いませんでした。御大層なネームバリューにも肝心の中身が伴わなければ意味はないとも思うのですが、それでも今はあえて甘んじて受け入れる所存であります。まあ、その肩書きに付随して贈られるご褒美が目当てではあるのですが。
どんな願いでも叶えてもらえる。
あくまで王様に可能な範囲でという但しは付きますが、一国の長たる人物の財力および権力を駆使すれば叶わない願いのほうが少ないくらいでしょう。普通の人生なら一生に一回もないような大チャンス。ここは真剣に考えないといけません。
「ふふ、ふふふ……っ」
さて、何をお願いしましょうか?
家族が住む実家を改築して大豪邸にしてもらう、とか。
温泉地から遥々パイプを引いてきて修道院で温泉を堪能できるようにする、とか。
食の分野において同好の士たる王様に、わたし専属の板前さんになってもらうというのは流石に難しいでしょうか。
夢みたいなアイデアが次から次へと思いつくも、なかなか絞り切ることができません。
そういえば願いの数を限定されてはいなかったですし、いっそ考えついた端から叶えてもらう、あるいは願いの数そのものを増やすというバグ技めいた発想は如何に?
いえ、ここで調子に乗りすぎて王様の機嫌を損ねたりしたら、そもそもの権利そのものが水泡に帰すかもしれません。温厚な人格者たる国王陛下がそれくらいで怒りはしないとは思うのですが、今後とも良い関係を維持するためには過度の無茶は避けるのが無難でしょうか。
わたしは、そんな風にあれやこれやと悩んでいたのですけれど。
「せっかくだけどアタシはパスだ。油断して悪魔を仕留め損なったのに褒美はちゃっかり頂こうなんざ、いい恥さらしさね。その気持ちだけもらっておくよ」
なんとも勿体ないことに、院長先生は願いの権利を放棄してしまいました。
悪魔に与えたダメージの九割以上は先生のおかげでしたし、あまり気にする必要はないと思うのですけれど、そこは他人がとやかく言うことでもないでしょう。
「父上、ボクの願いですが」
次に口を開いたのはマー君でした。
権力も財力も元より十分。
いったい、王子様が何を願うのか気になるところです。
単純な興味もあって続く言葉に耳を傾けようとしていたら、
「……はい?」
彼は一度わたしの顔を見てから改めて王様に続きを言いました。
「この願いに関しては父上の御力を借りず、ボク自身の力で叶えるべきかと」
……なるほど。
マー君なら確かにそう言うはず。ここで偉いパパに頼んで意中の女子をどうこうしようなんて発想は、最初から思いつきもしなかったに違いありません。
それより気にすべきは、謁見の間にいる他の人々の反応でしょうか。
「なるほど、あの少女が例の」
「私はてっきり茶髪の見目麗しいお嬢さんがお相手かと思っておりましたが」
「あの欲のない王子殿下が他の誰にも渡す気がないとまで言うとは、また随分と惚れ込んだものですな」
今の今まですっかり忘れていましたが、昨日の戦いの様子は悪魔の力によって王都中に生中継されていたんでした。あの悪魔の言う通りなら映像ナシの音声のみだったはずですが、王子様が並々ならぬ想いを寄せる相手がいるという事実は大々的に知られてしまったわけでして。
王国の重鎮達が興味関心を抱くのも自然なことでしょう。
部屋中の注目を一身に集めることになった身としましては、あまりに恥ずかしすぎるのでジロジロ見るのは勘弁して欲しいというのが正直なところですけれど。
いえ、今はそれより願いをどうするか考えないと。
「わ、私は、ええと、私と友達の皆へのお咎めを無しにしてくれただけで……あとは皆が元気になるまでお世話をしてもらえたら、それだけで十分、です」
エリーちゃんは偉い人の前に連れ出されてガチガチに緊張しているようです。
普段の、というほど付き合いが長いわけでもないですが、小気味の良いツンデレ節も鳴りを潜めて小さく縮こまっておりました。うんうん、よく分かりますよ。
ちなみにこれは謁見後に聞いたことですが、彼女のお友達の皆さんは全員無事。
ただし悪魔に憑依されるというのは相当に心身を消耗するものらしく、すぐに呪毒の息吹から回復した他の皆さんとも違って、全快までは数日の療養を要するだろうとのことでした。
その入院中の費用の負担、および憑依の後遺症などが残っていないかの継続的な検査。あとは彼ら彼女らが昨日の件の責任を問われないようにしてもらうのが、エリーちゃんの願いということになるでしょうか。
権利の大きさに対して慎ましやかな内容ですが、王都中を巻き込んだことの責任を彼女なりに感じているのでしょう。その責任以上の大活躍をしてくれましたし、あまり気に病む必要はないと思うのですけれど。
なんにせよ、わたしにとっては庶民派感覚を共有できる貴重なお友達。できれば今回の一件限りではなく、今後とも気の置けない友人として仲良く付き合っていきたいものです。
「陛下、恐れながら申し上げます」
エリーちゃんの次に手を挙げたのはクーちゃんでした。
欲らしい欲といえば他人の色恋沙汰を横から楽しむくらい。それ以外は完全無欠の敬虔な信仰者たる彼女がいったい何を願うのか気になるところでしたが。
「此度の騒動では王都の皆様が多大なる被害に遭われたものと思われます。そのお家やお店が壊れた方々が一日も早く元の暮らしを取り戻せるよう、何らかの補償をして差し上げることはできないでしょうか?」
ええ子や、ええ子やでホンマ……!
私利私欲で頭がいっぱいだった自分が恥ずかしくなってしまいます。
たしかに命が救われたとはいえ、大事な住処やお店、公共施設などに残る被害は無視できないものがあるでしょう。決して安くはないであろう修理費用や、騒動の最中にダメになった商品の代金を王家に持ってもらえるなら、王都の皆さんは大喜びに違いありません。
「ならば、陛下。私も個人的な望みは特にありませんので、彼女と同じで」
と、特に未練もなさそうにレイさんがクーちゃんに続けて言いました。
うんうん、立派な友人達を持ってわたしも鼻が高いです。
「ああ、では父上。先程パスしたボクの願いもレイ達と同じでお願いします」
「それじゃあ、アタシもさっきのパスは取り消しだ。ボウヤ達と同じにしとくれ」
が、それはそれ。
わたしの身内には聖人君子しかいないのでしょうか。
エリーちゃんは別として、他の皆さんが揃いも揃って王都の復興のために願いの権利を使うとなると、一人だけ私欲を口にするのが難しい雰囲気になってしまうじゃあないですか。
もちろん他の皆を非難するつもりは毛頭ないですし、ここで仮に実家を大豪邸にしてもらったとしても誰一人イヤな顔はしないでしょうが、わたしのツラの皮の分厚さにも限度というものがあるのです。
「う……わ、わたしも」
ここは元日本人らしく、前へ倣えの精神で波風立てずに流されておくべきか。
そう思って口を開きかけたところで、ちょっとしたアイデアを思いつきました。これならば世の為人の為っぽくなると同時に、個人的な欲望を叶えることにも繋がるはず。
「そうだ、お祭り……もう一回、お祭りをやり直しません? ほら、せっかく楽しみにしてたのに、このまま中止じゃ皆さんガッカリでしょうし。あと、わたしも楽しみたいですし」
この際です。王都を元通りにするというのなら、中止になったイベント含めて全部を元通りにやり直すのはどうでしょう。
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