84.最終総力戦ガール
古ぼけた聖剣もコレ一発でピカピカに!
なんだか洗剤のCMみたいですけれど、悪魔に刺さった状態の刀身を思いっきり殴ったら、まさにその通りの現象が起こりました。
『おおっ!? な、何故、聖剣が……!?』
先程軽めに試した時とは段違いの光を放つ聖剣。
悪魔としてはまるで意味の分からない状態でしょう。
『ふ、ふぅむ? そちらのお嬢さんが殴ったのに反応っ、して……かつての……力を取り戻した……ぐぬっ、ようでしたが……その貧弱な、筋肉量を見る限り……はぁはぁ……先程のおっかない御婦人同様の聖人というわけでもなさそうですし……ククク、実に知的好奇心をそそられますねぇ……!』
「こ、これ、ちゃんと効いてるってことで良いんだよねぇ!?」
傷口から体内に直に聖剣の光を注ぎ込まれているせいか、悪魔の全身はあちこちヒビ割れて今にも崩れ落ちそうです。その割に喋っている内容から余裕が感じられるのは、如何なる時も紳士たらんとする悪魔なりの矜持ゆえでしょうか。あまり褒めたくはありませんけど、その我慢強さだけは大したものです。
まあ、見る限りでは恐らく致命傷。
あとは最後にロクでもない悪あがきをされないように、完全に倒し切るまで油断せず見張っていれば良いだろうか……という時に。なんと、この場の誰にとっても予想だにしなかった事態が起こりました。
とはいえ、これに関しては悪いほうの予想外ではありません。
「うおお、間に、合った……!? 待っ、待って待って、トドメちょっと待って!」
「エリちゃん!? もう勝っちゃいそうですから、急いで急いで!」
頼んでおいて何ですが、よく間に合ったものです。
どこにあるとも分からない『本』を探しに行ったエリーちゃんが、ギリギリではありますが見事に探し当てて戻ってきてくれました。謁見の間に駆け込んでた彼女は息も絶え絶えといった様子ですが、その手にしているのは例の『本』に違いありません。
これは後で聞いたことですが、彼女が無事に戻って来られたのは数々の幸運と何人もの尽力のおかげだったそうなのです。たとえば、元々『本』を持っていた兵隊さんが勝負を決するキーアイテムを味方の誰かが取りに来る可能性に賭けて、毒煙を吸い込んで自由を失うまでの数瞬で懐から取り出して見つけやすいよう身体の上に置く形で倒れていたりだとか。
先程メイクを手伝ってもらった侍女さん達が、戻ってきたエリーちゃんが道を間違えないよう目印となるランプを点して城門付近の道から先導したり、廊下を走りやすいよう倒れていた人々をあらかじめ壁際に寄せておいたりなども。
もちろんエリーちゃん自身の幸運と土地勘と走力も忘れてはいけません。
それらのうちの何が欠けていても、この結果には至らなかったことでしょう。
「エリちゃん、そのまま押し当てて!」
彼女はすでに悪魔を送り返すのに必要な魔法陣のページを開いており、後はもう瀕死の相手に押し当てるだけ。それだけで依代となった人物含めて犠牲者ゼロの完全勝利達成です。
もっとも、他でもないわたしのせいで危うく完全勝利を逃すところでしたが。
『お、オオ、ォォォ!? もはや、コレマデ……ですがっ、せめテ、最後に一口だけでモォォォ!』
「ちょっ、どこまで食い意地張ってるんです!?」
後方から走ってきたエリーちゃんに気を取られ、まだ悪魔の間近にいるというのに敵から視線を切ったのは我ながら間抜けとしか言えません。悪魔は悪魔で聖剣で胴体を玉座に縫い付けられ、ほとんど手も足も出ない状態ではありましたが、それでも口だけは出せたようです。
正確には、呪毒の息吹を吐き出した時と同じく無貌の中央がメリメリと裂けて口ができ、そのまま上半身を思いっきり屈める形で、至近距離にぼんやり立っていたわたしの頭にガブリと噛みつくつもりの様子。お肉そのものではなく、それで大怪我したり死んだりしたわたしや皆の絶望を最後に味わうのが目的なのでしょう。
「光刃よ、疾れ!」
『がっ!?』
しかし、ご安心を。
わたし一人ならともかく、こちらには頼れる仲間がいるのです。
まずレイさんが残る魔力を振り絞って、悪魔の顔面にお得意のビーム魔法を。これで勢いよく噛みつこうとしていた悪魔に一瞬の隙ができました。レイさん自身は事前の宣言通りに魔力切れで気絶してしまったようですが、もう十分すぎるほどに活躍してくれました。
「させませんわ!」
『な、なんと!?』
レイさんに続いて悪魔を食い止めたのはクーちゃんでした。
さっきまで自分が纏っていたシーツを拾い上げ、それをバサリと広げて悪魔の頭に被せてしまいました。いざという時の判断力といい度胸といい、わたしには勿体ないくらいの自慢の親友です。
「あら?」
先の二人が作った隙のおかげで彼が間に合ってくれたのでしょう。
誰かに手首を掴まれたと思ったら、どう頑張っても悪魔の口が届かない距離にまでグイと引っ張られるのを感じました。自分の身に何が起きたのか分からなかったのは僅かの間。
「――生憎だけど」
わたしを引き寄せ、そのまま抱き留めたマー君が悪魔に向けて告げました。
それは、もしかするとわたしに対しての言葉でもあったのかもしれませんが。
「彼女は他の誰にも譲るつもりはないんだ。特に、悪魔なんかには」
……おおぅ、なんという殺し文句。
こんな時だというのに、不覚にもドキドキしてしまいました。
手首を掴まれて引き寄せられた時も思った以上に力強かったですし、年齢の割に子供っぽく見えてもちゃんと男の人なんですねぇ。
『そ、そコを、なんとか一口ダケでもォォォ!』
今にも肉体が崩壊しつつある悪魔がまだ粘ろうともがいていますが、そのリクエストに応えてあげるわけにはいきません。腹ペコのまま元の世界にお帰り願いましょう。
「うっさい、二度と来んなバーカ!」
最後のトドメはエリーちゃん。
わたし狙いの最後の悪あがきも失敗して隙だらけの悪魔のお腹に、玉座に向けて走り込んだ勢いそのままに『本』のページをギュッと押し付けると……、
『ほんの味見ダケでお開きとは、ご馳走の山ヲ前にナント無体な!? せ、せめて、チョット舐めるくらいなラァァァ!?』
最後の最後まで、この底知れぬ食い意地には感心するやら呆れるやら。
人間が滅びたら困るとか言っていましたが、この調子で自由の身になっていたら食欲の赴くままに人類の最後の一人まで食い尽くしていたかもしれません。
とはいえ、それもここまで。
瀕死だった悪魔は抵抗もできずに『本』に描かれた魔法陣へと吸い込まれ、そして謁見の間は不気味なほどの静寂に包まれました。玉座の横に倒れている見知らぬ少年は、依代となっていたエリーちゃんのお友達でしょうか。
なかなか勝利の実感というものが湧いてきません。
気を緩めると、またどこかから悪魔が出てくるのではないかという気さえしましたが、
「あ……空が」
王都を包んでいた空の暗黒がガラスが砕けるかのようにヒビ割れたかと思ったら、数秒の後には見慣れた青空と温かな太陽の光が。どうやら悪魔の魔力が失われたことで、陽光を遮っていた結界だか何だかが自然と破れたのでしょう。
窓の外を見る限りでは、紫色の毒々しい煙も消えているようです。
もし悪魔を追い返したのに毒だけ残ったらどうしようかと思いましたが、倒れていた人々も肉体の自由を取り戻して起き上がりつつある様子。変な後遺症がないかどうか後で調べる必要はあるかもですけど、命が救われた事実を呑み込んだ人々の大歓声を聞く限り恐らく大した心配はいらないでしょう。
これで今度こそ本当に終わり。
皆で勝って、そして皆で生き延びた。
そう思ったら、自然とノドの奥から笑いが零れてしまいました。
「あー、疲れた……ふふ」
「ええ、本当に。こんなに疲れたのはボクも初めてでしたよ……はは」
これからの後始末やら何やらを考えるだけで億劫ですが、まあ今この時くらいは少しくらい気を緩めてもいいでしょう。というか、気力も体力も全員もう限界。緊張の糸が切れたせいか、もはや立っているのさえ困難です。
マナー違反だとか不敬だとか、そういった常識的な思考さえも忘却の彼方へと。
しばらく笑い合っていた我々は誰が言い出すともなく謁見の間の床にゴロンと寝転び、毒の影響から回復した王様やお城の人達が様子を見に来た時には全員ぐっすり寝息を立てていたそうです。
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