80.小さな希望に懸けるガール
死者を出さずに解決できるタイムリミットは一時間。
否、実際には毒への抵抗力や体力に個人差もあるでしょうし、さっき悪魔が話し終えるまでの間にも数分が経過しています。実際のリミットは長く見ても五十分あるかどうかでしょうか。
「ど、どうしよう……」
恐らく、今現在の王都で毒の影響を受けずに自由に動けるのは我々だけ。
ごく少数ながらも無事な人間がいるというのは、この状況を作り上げた悪魔も気付いていないであろうアドバンテージではありますが、いったい何をどうすれば解決できるのかはさっぱり分かりません。
ここ数日歩き回った王都。
そこに住む人間は全部で何万人になるでしょうか。建国祭に合わせて近隣の街や村から商売や遊びで訪れていた人もいるはずですし、もしかすると更に人数の桁が上がっても不思議はありません。
何十万人もの命がわたしの判断ミスで失われかねない。
その重さを想像しただけで足が震えて立っていることすら難しくなりそうです。
何かをしなければならないのに、ひたすらに焦りが増すばかりで具体的に何をすれば良いのか全然分からない……そんな後ろ向きな気持ちを断ち切って前に向かせてくれた彼は、今はまだ未熟なれど立派に王者の資質を備えていたのでしょう。
「落ち着いて、と言っても難しいでしょうけど。ボクに考えがあります」
「ま、マー君……?」
マー君には何か状況を好転させるアイデアがあるようです。ほんの僅かにでも可能性があるのなら今はそれに全てを懸けるしか、賭けるしかないでしょう。
「まだ確信はないので先に試してみる必要はありますが、ちょっと失礼。たしか、その辺りに落ちてきたような気が」
「落ちてきた? あ、聖剣!」
先程の戦いの途中で悪魔が興味なさげにポイ捨てした聖剣。
なにしろ毒煙で視界が悪いので見つけるのも一苦労ですが、窓を開けたマー君が記憶を頼りに周囲を探すと程なくして目当てのブツが手に入った様子。
ですが、この聖剣は長い年月の間に劣化して本領を発揮できないという話でした。さっきの戦いでも白刃取りで簡単に止められて、剣が纏う光も悪魔に有効なダメージを与えられなかったようです。
「このままならそうでしょうね。そこでりっちゃんさんの出番というわけです」
「はて? あ、もしかして殴ったら剣が強くならないかなって?」
「ええ、物は試しでお願いします」
たしかに聖剣がパワーアップすれば悪魔を打倒し得る手札になるかもしれません。
聖なる武器の力の源は古い時代の神様なわけですし、世界樹由来の謎成分なり生命エネルギーを注ぎ込めば本来の威力を取り戻せる可能性はある、かも?
あくまで仮説ですしマー君にも確証はないでしょうけど、少なくとも試して損はなさそうです。そんなわけで手を斬らないよう刃の部分を避けて剣の横っ腹を軽くコツンと。
「おっ、ちょっと光が増しましたかね?」
「ええ、もしかしたらとは思いましたけど上手くいって良かったです」
あんな軽い威力でも僅かなりとも剣の力が増すのなら、本気で殴りつけたら悪魔を倒すのに充分な威力になるかもしれません。ちょっと希望が見えてきましたね。
「もしかすると上の階に落ちてる聖槍も直せるかもですねぇ。それじゃ今度は本番ってことで思いっ切り殴り――――」
「いや、待て」
「レイさん?」
張り切って聖剣をタコ殴りにしようという寸前で、近くで様子を見ていたレイさんからのストップがかかりました。まさか今の状況で国宝の粗雑な扱いを気にするはずもないでしょうし、いったい何をお考えなのでしょう?
「勘違いしないでほしい。最終的に聖剣の力を取り戻させるのには俺も賛成だ。だが、そもそもの問題点として、見るからに強くなった聖剣では悪魔がむざむざ喰らってくれんだろう」
「それは……まあ、そうですね」
さっき白刃取りなんてしたのも、見た目だけで武器の経年劣化を察したからこそでしょう。一目で分かるほど強力になった聖剣を引っ提げて玉座の間に乗り込んだりしたら、最悪戦わずしてどこかへ逃亡されかねません。仮に逃げられずとも油断せず本気で戦われたら、それに対抗するのは至難の業です。
「だから、剣を強化するのは刀身が悪魔に触れる直前。なんなら身体に刺さった後であるべきだと考える。異論があれば聞こう」
いいえ、レイさんの指摘はごもっとも。
どんなに強い武器だろうと当たらなければ置き物と同じ。
ついでに思い至りましたが、問題は他にもありました。
「誰が実際に聖剣を使うか、ですよねぇ?」
間違いなく一番危険な役割となるでしょう。
そして、できればキチンと剣術を修めている人であることが望ましい。
「それなら俺が……ぐっ」
真っ先にレイさんが手を挙げましたが、黒龍戦で消耗した体力や魔力はほとんど回復していないようです。士官学校では成績優秀で知られているようですし、魔法のみならず剣の腕も立つのでしょうが、何もせずともフラつく有り様では残念ながら難しいと言わざるを得ません。まだ剣術ド素人のわたしが振ったほうが、悪魔の油断を誘う効果込みで可能性がありそうです。
「どうします? あ、二階で戦ってた騎士さんの誰かを回復させるとか?」
この視界の悪い状況では強そうな人を探し出すのも一苦労ですが、毒手モドキで引っ叩けば治療可能なのはマー君達で実証済み。さっき戦っていた中の誰か、なんなら複数人を回復させて、玉座の間にいるであろう悪魔に強襲を仕掛けるという手はアリかもしれない。
と、そんな風にも思ったのですけれど。
「いいえ。その役目はボクが」
「マー君? そりゃまあ、わたしよりは剣が達者でしょうけども……」
一国の王子をそんな危険に晒すのは如何なものか。
いえ、それを抜きにしても戦いを生業とする騎士さんではなく、わざわざ剣術の技量で劣るであろうマー君が矢面に立つ理由があるのでしょうか。
「いざという時に国民を守るため命を張れずして何が王族か……みたいな意地もありますけどね。それよりも肝心なのは、ボクが弱そうだからですかね。見るからに背も小さく力も弱い。如何にも強そうな人間が出ていくよりも、ずっと油断を誘えそうでしょう?」
たしかに、と正直に言いにくくはありますが。
悪魔が宣言通りに昼寝を決め込んで眠ったまま刺されてくれたら一番ですが、流石にそこまでの幸運を期待すべきではないでしょう。そして最も警戒すべきは玉座の間から逃げられて、そのまま身を隠されてしまうこと。
向こうからすれば、この状況下で自由に動ける人間がいること自体が想定外の異常事態のはずですし、それでやって来たのが強そうな相手ならば万が一を考えて逃げの一手を打つ危険があります。逃げる気にもならないような弱そうな少年であることにこそ意味があるという主張には、困ったことに中々の説得力が感じられました。
「じゃあ、その大役はマー君にお任せするとして……でも、それだけじゃ足りませんよね?」
いくら弱そうな敵だろうとも、剣で刺されるその瞬間まで無抵抗でいてくれはしないでしょう。マー君が確実に攻撃を当てられる隙を作る方法と、それから呪毒でロクに視界が利かない中で『本』の確保をどうするかも考えないと。
時間が経ったおかげか最初よりは少しだけ見えるようになってきましたけど、それでも見通せるのは精々二、三メートルといったところ。現在『本』を持っているであろう兵隊さん達も元々王城を目指していたはずですし、なるべく近くまで来ていてくれたら良いのですが。
僅かに希望が出てきたものの、考えるべき問題はまだまだ山積み。
今は全員が必死で知恵を絞るのが戦いということなのでしょう。
聖剣を毒手モドキで強化する展開は予想してた方が多かったですね。鋭い!




