79.タイムリミットに焦るガール
そんなわけで、見るからに毒々しい煙の呑み込まれてしまいました。
俺達の戦いはこれからだ。わたし先生の来世にご期待ください……と、本日何度目になるかも分からない人生打ち切りを覚悟したわけですが。
「ぐわーっ、爽やかなミントの香りが!?」
悪魔も口臭ケアとかするんでしょうかね。
元が悪魔の吐き出した息だと思うと不快は不快ですが、まあ臭いよりはマシだったとポジティブに考えておきますか。それに、より優先して考えるべきは匂い以外の部分でしょう。
「……ありゃ? 吸い込んでも何ともない?」
紫色の煙なんて毒以外にはあり得ないだろうと早合点してしまいましたが、吸い込んでも特に痛くも痒くもありません。もしかすると時間差で効いてくる遅効性の毒なのかもしれませんが、もしかすると単に目くらましが目的なだけの煙幕だったのではないか。
わたしがそう誤解してしまった件は、どうかご勘弁願いたいところです。
「りっちゃんさん、ご無事ですか!?」
「あ、この声は? 良かった。クーちゃんも無事だったんだ。この煙、視界が悪いのは困るけど意外と大したことないっぽいね」
「いいえ、違うのです! 他の皆様が……っ」
慌てて窓を閉めて回った時に一緒にいた皆と少し距離が離れてしまった上に、伸ばした自分の手の先さえもロクに見えない視界の悪さ。
わたし同様に特に肉体的なダメージがなさそうなクーちゃんの声が聞こえてきたので、煙に対する誤解が少し長引くことになってしまいました。とはいえ、それも床に倒れた皆に気付くまでのことですが。
「ま、マー君!? 大丈夫……じゃないよね、セイヤァッ!」
「ぐはっ!? ぐ……あ、ありがとうございます。早くレイ達も、たしかボクから見て右手側にいたはず……」
「よしきた!」
なにしろ視界がほとんど利かないので、倒れた人を探すのも一苦労。
クーちゃんと二人で大まかな当たりを付けた場所を探り、幸い、そこまで長くかからずにレイさんとエリーちゃんの横っ面を引っ叩くことができました。他にも倒れている人は沢山いますし、片っ端から殴って回るべきかとも思ったのですが。
『あー、テステス。聞こえますかな、親愛なる王都の皆様』
その前に、どこからともなく悪魔の声が聞こえてきました。
この煙の中では近くにいたとしても分かりませんが、先程のロクに手も足も出ない状態で不用意に動き回るとも思えません。この声はさっきまでと同じく、この闇空間の不思議な力で王都中に届いているものと考えるべきでしょう。
『お返事は難しいと思われますので一方的に喋らせていただきますが、吾輩自慢の呪毒の息吹について皆様も説明を欲されている頃合いでしょう。ああ、ちなみに王都全域がこのモクモクに包まれおりますので残念ながら安全地帯などはございません。どうか悪しからず』
たしかに凄まじい勢いで煙を吐いていましたけど、そんなメチャクチャな量だったとは。文字通りの意味で手も足も出なくなっていたというのに、恐ろしい隠し玉を残していたものです。
何故か、わたしとクーちゃんには効かないのは不思議ですが。
修道院で毎日飲んでる毒みたいな激マズ香草茶のおかげですかね?
『いやはや、申し訳ございませぬ。できれば、皆様一人一人に合った方法を考えながら丁寧に絶望させたくはあったのですが。まるで丁寧に盛りつけられたご馳走を手掴みで乱暴に食い散らかすかのようで、吾輩としても大変に不本意ではあるのですけれども……ほら、人間の皆様も怪我や病気をした時は、たっぷりと栄養を摂って大人しく休んでいるのが一番でしょう?』
謝罪風でこそありますが、猛烈にイヤな予感がしてきました。
悪魔が何を好んで食べるのかを考えると、その答えはほぼ明らかです。
『この呪毒、もうご存知でしょうが全身を麻痺させて身動きできなくさせるような効果がございます。さして殺傷力が強いわけではないので、ちょっと吸い込んだ程度では命に関わるようなものではありませんが。そうですな……赤子や老人など体力の少ない者でも半刻ほどは持つでしょう。せいぜい、その程度のささやかな効き目しかありませんとも』
これから約一時間で王都中の赤ん坊やお年寄りが死ぬ!?
いえ、それより時間がかかるというだけで、健常な人間でも更に数時間のうちには死に絶えるのでしょう。わたしとクーちゃんが必死で殴って回れば、何十人か何百人かは助かるかもしれませんが、そんな状況に至れば王都はもう滅亡したも同然。影響の度合いを考えると、長期的には国そのものの滅亡すらもあり得ます。
『ぼちぼち全身のあちこちが痛み始める頃合いかと思いますが、どれだけ痛みが増そうが最期の瞬間まで失神して意識が飛ぶことはございません。ですが、どうかご安心を! 皆様が残り少ない余命で絞り出した絶望は、吾輩の血となり肉となってこれからも生き続けることでしょう!』
なんて性格の悪い毒でしょう。
まさに人間を絶望させるためだけにあるような毒。
呪いの毒というだけのことはあるようです。魔法と呪いの違いについては知りませんが、意図してそういう性質を持たせているのは間違いありません。
『ふふふ、わざわざ説明した甲斐があったというもの。早速、美味なる絶望が届き始めておりますぞ。とはいえ、立ち食いというのも品がない。そろそろ片足立ちを続けるのも億劫になってきましたし、どこか身体を休めるのに良いところは……ああ、そうだ。国王陛下、勝手ながら少しばかり玉座をお借りいたします。吾輩の午睡に使いたいもので』
そこらにゴロンと寝転がれば済むものを、わざわざ玉座を居眠りの場として選ぶのは、人間により大きな屈辱を与えるために違いありません。どこまでふざければ気が済むのでしょうか。
『さて、心地よく微睡んで目覚める頃には手足も動くようになっていることでしょう。では、無作法ですが謁見の間まで片足でピョンピョンと。倒れている方々をうっかり踏んづけてしまわぬよう注意して、と』
悪魔の声が届いていたのはここまで。
待っていても続きの言葉が聞こえてくることはありません。
どうやら、本当にあのまま眠りに行ってしまったようです。
解決までに許された猶予はごく僅か。
この闇に閉ざされた王都で唯一動ける我々に、いったい何ができるのでしょうか?
※この作品が面白いと思ったらブックマーク登録やポイント評価をお願いします。




