76.切り札を見るガール
「わわっ!?」
突如として鳴り響く戦闘音。
今頃きっと我々の頭上では激しい戦いが起きているのでしょう。
音だけでは形勢も何も分かったものではないですけれど。
「おっ、あっちの窓からなら二階の様子が見えそうじゃないです?」
現在、お城の廊下には避難民の皆さんが詰めかけているわけですが、わたしがいる位置から少し先、ちょっと進んで十字路を曲がったあたりの窓に付近の人々が殺到しているではないですか。
まだまだ滞在歴が短いために王城の構造に大して詳しいわけではないですが、お集りの皆さんが揃いも揃って二階を見上げて手に汗を握っている様子からして、恐らくあの辺りが上々の観戦スポットになっているものと思われます。
「はいはい、ちょっとすいませんね。もうちょいそっち詰めて下さい、っと。ほら、ここ空いたから皆も急いで入った入った!」
「りっちゃんさん、流石ですねぇ」
「ふっふっふ、普段のお買い物で鍛えた図々しさの賜物ですよ」
のんびり見物してるヒマがあったら今のうちにお城から逃げ出すべきなのかもしれませんが、なんだかんだと皆も上階の様子が気になっていたのでしょう。ご近所のオバチャン達に揉まれて鍛えられたツラの皮の分厚さで人数分の観戦スペースを確保し、気になっていた二階の戦況に目を向けました。
「父上は……良かった、無事のようですね」
「他の兵士の皆さんもまだ倒されてはないっぽいです?」
マー君が一番気になっていた王様の安否に関しては、とりあえず心配なさそうです。
武器を持って悪魔に殺到する兵士の皆さんの後方にまで下がり、俯瞰的に全体の様子を見ているといったところ。すぐ隣に警護隊長さんも油断なく控えていますし、あの場においては最も安全な立ち位置でしょう。
そして次に目に付いたのが、剣や槍を手に勇ましく悪魔に打ちかかっていく兵士の皆さん。指揮官らしき人物の号令に合わせて複数の方向から悪魔を取り囲み、タイミングを合わせて一斉に仕掛けているご様子。
一階から見上げている都合上、角度的に見えにくい部分も多々あるのですが、悪魔なんていうワケの分からない存在が相手ながらも、一糸乱れぬ動きを見せるのは流石の一言。敵が普通の魔物などであれば、これだけで決着が付いていたに違いありません。
「ああ、でも……」
あの無貌の紳士は相当に戦いの腕が立つのでしょう。
前後左右からの一斉攻撃にも慌てる様子もなく、手にしたステッキで武器の切っ先を打ち払い、あるいは踊るようなステップで突き込まれた槍を紙一重で躱し、更にはハンカチでも摘まむように渾身の斬撃を指先の力だけで軽々と止めて見せる。
今のところ悪魔から攻撃する気配はありません。
防戦一方で攻撃どころではないわけではなく、これくらいの状況なら危機としてすら認識していないのでしょう。あえて力の差を見せつけて、屈辱を与えることを楽しんでいるのかもしれません。
「おっ! ねえねえ、エリちゃん。あのカッコいい槍が出てきましたよ!」
「分かってるから! いちいち言わなくてもいいわよ!」
とはいえ、人間側もまだ手の内の全てを晒したわけではありません。
特に悪魔に良く効くとされる聖なる武器の使い手たる騎士さん達には、大いに期待したいところです。それまで最前線で奮闘していた兵士の方々が一斉に後退した直後、さっきから幾度か目にした聖槍持ちの騎士さんが何本もの宙に浮かべた光の槍と一緒に、お城の三階から飛び降りて奇襲攻撃を仕掛けたではありませんか。
更には、槍だけでなく聖剣らしきピカピカ光る剣を持って騎士さんも、別方向から一気に間合いを詰めていくのも見えました。聖剣の効果はここまで知る機会がありませんでしたが、パッと見た感じはレイさんが手刀に魔法の光を纏わせていた技に似るでしょうか。
個人的には持ち主の意のままに飛んで行く光の槍のほうが好みですが、こちらはこちらで中々カッコいいのではないでしょうか。無事に事件が解決したら、聖槍同様に王様にお願いして記念に触らせてもらいたいものです。
「あっ、ズルい避けた!」
いえ、別にズルくはないかもしれませんが気分的に。
流石の悪魔も聖なる武器が相手では遊んでいる余裕はないのか、これまでと違って大きく横っ飛びに跳躍して武器の直撃を回避しました。初撃は残念ながら外れてしまったものの、聖なる剣と槍の同時攻撃。更には普通の武器を持った兵士さん方が援護をすれば、案外このまますんなり押し切れるのではないか、と。
『ははは、よくこんな骨董品が現代まで残っていたものです。実に物持ちが良いことです、なっ』
そんな風に楽観的に考えていられたのは、ステッキの振り下ろしで聖槍が『く』の字に折れ曲がるのを見るまでのことでした。槍を手にしていた騎士さんに怪我はなさそうですが、武器が破損したことで神秘的な力が失われたのか、周囲の空間に浮遊していた光の槍までもがフッと消えてしまいました。
そして悪いことは重なるものです。
『よっ、と。前から一度やってみたかったのですよ、真剣白刃取り』
頭上に振り下ろされた聖剣の一撃を、パンと拍手を打つようにあっさりと挟み止めてしまいました。剣が纏う光で悪魔の手が焦げて煙が立っているように見えますし、自分から弱点の聖なる武器に触れるのは自殺行為にも思えますが。
『ううむ、悲しいかな悲しいかな。皆様の腕前そのものは古の時代の英雄達と比べても決して負けてはおられませぬが、残念ながら長い年月の間に武器に込められた神の力がほとんど霧散していたのでしょう。ちょっとヒリヒリしますが、まあそれだけですな。あの時代の十全の性能を誇っていた聖なる武器なら、とてもこんな風に触ってなどいられませんとも』
頼みの綱の聖なる武器が、まさか経年劣化していたとは。
悪魔の言い分をそのまま鵜呑みにすべきかは判断に迷うところですが、少なくとも単に聖剣の刀身に触れただけでは大したダメージになっていないのは確かなようです。
悪魔はそのまま白刃取りにしていた手をくるりと回転させると、それで手首の関節が無理な方向に極まってしまったのか騎士さんが思わず剣を手放してしまいました。そうして聖剣を取り上げた悪魔は、そのまま興味なさげに下の階にポイ捨てをして……。
「わっ!?」
我々が大勢で詰めかけていた窓のすぐ外の地面に刺さりました。
すぐ目の前に大きい刃物が飛んでくるとビックリしますね。
聖槍と違って目に見える損傷はなさそうですが、ここにいる誰かが代表して上階まで届けに行ったほうが良いんでしょうか。お届けしたところで、さっきの様子を見る限りでは大した役にも立ちそうもないですけれど。
ここまで悪魔の強さは圧倒的。
頼みの綱の聖なる武器すら、こうも効果が薄いとは思いませんでした。
聖なる武具には他にも盾があるというお話でしたが、そもそも武器ですらない防具ですし、先程の経年劣化が真実だとしたら殴りつけたところで決定打を与えられるほどの威力があるかは正直怪しいところです。
『さて、今の聖なる武器で奥の手は終わりですかな? 他にもあるなら、どうぞ遠慮なくご使用ください』
「そうかい? じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうとするかね」
戦場となっているバルコニーに面した二階の壁が、いきなり爆発したように見えました。
聖なる武器で仕留め切れなかった時に備えて、また悪魔が人間側の切り札を抑えたと思って油断した瞬間を狙うべく、気配を消して壁の向こうに隠れていたのでしょう。
人類側の真なる切り札。
我らが院長先生が、頑丈な石壁を殴り抜いた勢いそのまま悪魔に突進を仕掛けました。
とっても頼もしくはありますが、うちのボスはマジで何なんでしょうね?
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