75.交渉を聞くガール
悪魔の目的は何なのか。
王様の問いかけに対する返答に、王都中の注目が集まっているはずです。
考えてみれば『本』に書かれていた悪魔情報は、現世で活動するための肉体を得て、更には変態を経てスペックの向上を目指すまで。変態を果たして強くなった悪魔が何を目指すのか、その部分に関しては触れられていませんでした。
「絶対ロクでもないことだとは思うけど……」
とはいえ、ここまでの振る舞いを見る限りでは単純な大暴れや虐殺が目的という感じでもありません。いいえ、あえて希望を持たせてから殺し回るつもりかもしれませんし、その疑いを簡単に捨てるわけにもいきませんけれど。油断なく注意していれば防げるのかと問われると、まあ難しいだろうとも思うのですが念の為。
『ふむ、吾輩の目的ですか?』
あくまで聞こえてくる声音から判断する限りにおいては、悪魔は意外にも王様の質問にちゃんと答えようとしているように思えます。それが余裕ゆえか油断ゆえか、あるいは狡猾な策略ゆえかは分かりませんが、十数秒ほど思考に費やして出た答えは以下のようなものでした。
『陛下のお気に召す答えかは存じませぬが、まだ明確な目的などないと言うのが正直なところでしょうか。気紛れに数百年ぶりの召喚に応えてはみましたが、こちらは一方的にお招きを受けた立場。先程までは中途半端な状態ゆえ本能に任せて暴れる獣の如き醜態を晒してしまいましたが、こうしてそのあたりの問題も解決できたことですし。さて、これから何をして楽しもうかと目的探しをするところからですかな?』
思わず拍子抜けしそうな回答ですが、言われてみれば無理もありません。
悪魔達にとっては急に呼び出しを受けて冷やかし半分に遊びに来たようなもの。能動的にこの世界に攻め込んできたわけではないなら、これといった目的がなくとも不自然とは言えないでしょう。
『それと先回りして述べておきますが、吾輩の同族達を打ち倒して追い返したことを恨みに思ったりはしておりませんので。数百年前の英雄達に勝るとも劣らぬ見事な戦いぶり、実にお見事でした。敗れた彼らは今頃さぞや悔しがっていることでしょうが』
これから定めるという目的の中に、少なくとも仲間の復讐や仇討ちは含まれずに済みそうです。負けて元の世界に追い返された悪魔の立場からすれば面白くないかもしれませんが、少なくとも今喋っている紳士風の個体にそういった仲間意識はないのでしょう。
思い返してみれば不完全体で暴れていた時の悪魔達は、それぞれ脅威ではあったものの仲間同士で連携することもなくバラバラに暴れていただけでした。思考力が低下していたせいもあるにせよ、悪魔というのはドライな個人主義者ばかりなのかもしれませんね。
『それと皆様どうやら心配されているようですが、無差別な大量虐殺など芸のない真似も極力避けたいところですな。吾輩は人間の方々の負の感情を栄養源とする体質ゆえ、むしろ簡単に滅んでもらっては困るのです。悪感情を食するという性質そのものを忌避されるのは無理のないことですが、そういった生物として生まれついたこと自体を罪に問うというのはご勘弁願いたいところです』
うーん、一理はある……のかな?
たまたま負の感情を食べる生き物に生まれたこと自体が罪であるとして、問答無用で退治しようというのは客観的に見れば人間の側が傲慢に思えるような気も……おっと、いけない。いつの間にか悪魔の事情に肩入れしかかっていました。
『はてさて、そういった点を踏まえて目的を定めるとするならば……このまま新しく得た身体で人界を気の向くままに散策しつつ、絶望している方々を見つけては美食を楽しむ。まあ要するに楽しい楽しい食べ歩き旅が目的ということになるでしょうか?』
なんだか親近感が湧いてきましたね。
食べ物の好みだけは絶対合いそうにないですけど。
別に悪魔など出てくるまでもなく人間が絶望する場面は世の中そこそこあるでしょうし、そういう可哀想な人を探して物陰からコッソリ楽しむ分には意外と無害な存在だったりするのかしら?
『場合によっては美味なる絶望を得るために意図的に不和や敵愾心を煽ることもあるでしょうが、なぁに、先程も申しましたが死者が出るとしても人類そのものの存続には影響しない程度の些細な数に留めますのでご安心ください』
あ、やっぱり駄目ですね。
もう完全に論外。自分の無害さをアピールしようとして出てくる言葉がコレというのは、やはり根本的に生物としての規格が異なるとしか思えません。
ここまで静かに話を聞いていた王様も、わたしと同意見だったようです。
「ふむ、そちらの言い分は理解した。そして、我が国としては到底受け入れることはできぬ。その身の依代としている民を疾く解放し、元居た世界にお帰り願おう」
ああ、そうでした。
色々あってちょっと忘れかけていましたが、あの悪魔はそもそもエリーちゃんのお友達を依代にしているんでした。ぶらりグルメ旅を許容する余地は最初からなかったというわけです。
『おや、残念。吾輩としては最大限に譲歩したつもりだったのですが』
交渉決裂を受けてなお悪魔の声音は余裕たっぷり。
なんなら、この結果を望んでいたかのようですらあるようで。
『おお、怖い怖い。のんびりとお喋りを楽しんでいるうちに、そこら中の物陰に武器を構えた兵士の皆様がいらっしゃっていたようで。隠れて攻撃の機を窺うなら、もっと上手く殺気を消さねば意味がないとはご忠告申し上げておきますが』
わたし達が呑気にトークを聞いていた間にも、戦える人達はいつの間にやら悪魔に攻撃を仕掛けられる位置まで距離を詰めていたのでしょう。この感じからすると不意討ちには失敗してしまったようですが、それでも多勢に無勢には違いないはず。正義の集団リンチ戦法に期待したいところです。
「民の身体を取り戻さねばならぬゆえ、命までは取らぬよう注意せよ……かかれっ!」
王様の号令と同時、上階から激しい戦闘音が鳴り響き始めました。
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