73.仕上がった変態とガール
突如として上空に出現した黒いタマゴ。
更には、王都全体が闇に閉ざされたというのが今の状況。
「……誰がどう考えても良い予感はしないですよね」
お城の廊下でわたしと同じく窓の外を見上げる皆さんも、判を押したかのように不安そうな顔をしています。王都をぐるりと囲む壁の外は一切見えなくなっていますが、果たして脱出は可能なのか。この状況が長引いた場合に食料や水がいつまで保つか。
色々な不安が脳裏に浮かんでは別の問題に次々と思い当たるような状態ですが、数々の不安の中でも特に大きなモノを一つ挙げるとすれば、それは満場一致で件のタマゴについてでしょう。正確には、タマゴそのものではなく殻の中から今にも産まれようとしている何か。その正体に心当たりはなくもないですけれど。
「ご飯を食べて満腹になった例の悪魔が変態を完了しつつある、みたいな?」
昆虫のような変態だとするとタマゴではなくサナギや繭に籠るべきだと思うのですが、あのタマゴも見た目がタマゴっぽいだけで我々が普段見るようなそれとは全くの別物なのでしょう。そもそも表面に血管みたいな赤い線が浮かび上がって、ドクンドクンと脈を打っているわけですし。
この王都を闇に包んだ現象があのタマゴの中身の仕業だとすると、今はもういつ産まれてもおかしくないくらいまで育ちつつあるはず。どう楽観的に考えても人間に対して好意的な存在ではないでしょうし、ならば少しでも誕生を遅らせるなり成長を阻害するために今のうちに攻撃すべきではないでしょうか。
変身シーンでは攻撃を控えるべしというのが古式ゆかしいフィクション作品のお作法ではありますが、自分達の命が懸かっている状況でそう悠長なことを言っていられる余裕などありません。
作法云々はさておいて、そう考えていたのはわたし一人ではなかったようです。
「フンッッッッ!」
「うわっ、何事です!?」
お城の窓に貼り付いていると、聞き覚えのある大音声が外から聞こえてきました。
そして数秒後に上空のタマゴ付近で鳴り響く爆発音。
状況から察するに、どこかにいた院長先生が大砲の砲弾か何かを通常の発射手順を踏むことなく自慢の肩でブン投げたものと思われます。周囲に比較対象が存在しないのでタマゴの具体的な大きさや浮遊している高さはイマイチ分かりにくいのですが、恐らく高度百メートルや二百メートルでは済まないでしょう。
多分すごく重いのであろう砲弾をそこまで届かせられるだけで驚異的な強肩です。もし院長先生が地球に来たらメジャーリーグのスカウトが放っておかない逸材ですね。あ、でも、捕球できるキャッチャーが誰もいないだろうから結局は宝の持ち腐れになっちゃうか。
「おっ、他の皆さんも張り切ってますね」
わたしがアホなことを考えている間にも、遠距離攻撃の手段を持つ方々は院長先生に続いて王都のあちこちから攻撃を仕掛け始めた様子。
特に目に付くのは先程も見かけた光の槍、いわゆる聖槍というやつでしょう。持ち主の意のままに飛んで行く細長い光がピュンピュンと飛んでいっては、タマゴの下部に刺さっています。
王様によると聖なる武具には他にも聖剣やら聖盾やらもあるというお話でしたが、それらしき攻撃が見当たらないのは遠距離攻撃に向かないモノなのかもしれませんね。
聖なる武器以外にも魔法の使い手による火球や竜巻。滑車を使って矢を装填するような大型の弩弓に、院長先生が引き続き投げている砲弾。大体は先の黒龍戦の終盤と同じ流れですが、果たして効いているのかいないのか。大量に発生した爆炎が視線を遮ってしまうせいもあり、どうにも手応えというものが感じられません。
「あ、殻にヒビが」
まあ、薄々予感していたことではありますが。
残念ながら、先制攻撃の効果はほとんどなかったのでしょう。
時間の経過と共にタマゴの表面に浮かぶ血管はより激しく脈を打ち、その鼓動の音が地上にまで届き始めた頃。あれだけ攻撃してもビクともしなかったタマゴの殻が、ドロリと融けて中にいた存在がいよいよ姿を現したのです。
『…………』
タマゴから孵った、恐らくは多腕型が成長したと思しき変態悪魔。
その姿は意外にも人間的なものでした。
手足の数は人間と同じ左右一対ずつの計四本。
先程の融けたタマゴがその身を覆ったと思ったら、次の瞬間にはツーピースのタキシードにシルクハットという洒落た格好に。あの頑丈な殻を変形させて再利用したのでしょうか。片手には細身のステッキが握られており、まるでこれから舞踏会にでも出向くかの如き瀟洒な装いをしています。
いくらドレスコードを守っていても、顔面に目も鼻も口も耳もない黒一色ののっぺらぼうでは、残念ながら社交界で歓迎されるとは思えませんが。
『……AAHH……AA……あ~あ~、うむ。ようやく発声器官がマトモになったか。依代になった人間の質が悪かったせいか靄がかかっていたようであった思考も、やっと明瞭に動き始めたようだ』
そんな無貌の紳士は、意外にも流暢に人語を話し出しました。
もしかすると変態前のヘビの呼吸音みたいに不快な声は、そもそも発声のための肉体器官が未発達であったから満足に喋れなかっただけなのかもしれませんね。本人の言葉を信じるならば、思考力にも少なからず制限がかかっていたようですし。
さして大声を張り上げている風でもないのに、最低数百メートルもの距離を無視して王都中の人間に声を届けているらしいのは、また別の不気味さがありますが。
『さて……ごきげんよう、親愛なる人類諸君』
無貌の悪魔には意外にも対話の意思があるようです。なんとか話し合いで穏便に元いた世界にお帰り願えればいいのですけれど……まあ、たぶん無理なんでしょうねぇ。
※この作品が面白いと思ったらブックマーク登録やポイント評価をお願いします。




