動体干渉術式
暫定的な防壁の修復から二日。
城内は、ようやく落ち着きを取り戻していた。
「――では、ここは?」
「うーん……これは攻撃対象を指定しているな。この記述が“対象”で、条件が“生命力が無い”かつ“魔力を保有”」
「なるほど。だからアンデッドだけに影響するのか。神聖な意味はないんですね」
「そうだな。神官の魔法と王様の魔法も、構造的には大差なかった」
あの日以来、三人で食事を取るのが日課になっていた。
テオドールは暇さえあれば司たちの部屋を訪れ、司に古代魔法の解析を頼んでいる。
自身の魔法へ応用するためだ。
(古代魔法の“要素”だけ抜き出して使うのか……やっぱ賢いな、こいつ)
眉間に皺を寄せ、ぶつぶつと詠唱を繰り返すテオドール。
司は我慢できず、その頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。
「うわっ! いきなり何ですか!?」
「偉いな」
ぽかんと口を開けたまま、テオドールは固まる。
その言葉が、ゆっくりと胸に染み込んでいく。
顔に熱が集まり、どこか懐かしい感覚が胸の奥をくすぐった。
「……子ども扱い、しないでください」
ふくれたようにそっぽを向くテオドールに、司は思わず吹き出した。
その時――
「敵襲!! 敵襲!!」
寝静まった城内に、鐘の音が鋭く響き渡る。
司が顔を上げ、窓の外を一瞥した。
「やっぱ来たな」
「はい」
テオドールが、壁に立て掛けていた杖を掴む。
隣の寝室からバタバタと足音が響き、勢いよく扉が開いた。
「パパお待たせ!! あっ、テオく……テオ」
「あ……チユ、おはよう」
咄嗟に寝癖を気にする知結と、頬を染めながら微笑むテオドール。
昨日から知結の特訓にテオドールも同行しており、二人はずいぶん打ち解けていた。
甘さが混じり始めた空気に、司は苦々しさと微笑ましさを同時に覚え、頭を強引に振る。
「……もう行くぞ!」
「はい!」
「あ、待って! パパ!」
三人は監視塔へ向かって駆け出した。
⸻
塔の上から戦況を見下ろす。
まだ戦闘は始まっていない。
だが既に騎士団と魔導士団は城外に陣を構え、迎撃準備を終えていた。
遠くの山裾が揺れ、黒い影が波のように平野へ流れ込んでくる。
司が空を見上げると、二つある月の青白い光が、濁るように霞んでいた。
「また虫か……苦手なんだよな」
うんざりした顔で司が呟く。
「パパ、虫にだけは弱いよね」
「意外な弱点ですね。覚えておきます」
二人にくすくす笑われ、司は気まずそうに頬をかいた。
その時。
城門から騎乗したレグナードが現れ、ゆっくりと監視塔を見上げた。
司と――目が合う。
「テオドール」
「はい」
司の指示と同時に、テオドールが杖を掲げ、詠唱を開始する。
その背に、知結がそっと手を添えた。
知結に付け焼き刃の戦闘技術を覚えさせるより、膨大な魔力そのものをテオドールへ流用する。
初日の特訓で塞ぎ込んでいた知結に、テオドールが提案した方法だった。
そして、その許可を王から直接もぎ取ってきたのも彼自身だ。
知結は“魔力を渡すこと”だけに集中する。
体の奥から無尽蔵に溢れ出す力が、テオドールを通り、杖から伸びる光の帯へ編み込まれていく。
field_restrict_motion {
detect small_biological_vector
predict repetitive_movement
increase local_drag
}
小型生物の周期運動。
そこへ、“動いた瞬間だけ”局所的に抵抗を増加させる。
テオドールらしい、極めて低コストかつ高効率な干渉魔法だった。
レグナードが剣を掲げる。
そして、力強く振り下ろした。
その瞬間――
まるで朝日が差し込んだかのような光が、平野全体を覆い尽くす。
虫が墜ちる。
小型魔物の脚が止まり、後続に踏み潰されていく。
「えげつない」
「効率がいいんです」
司が苦笑し、テオドールが不満げに言い返した。
それでも尚、黒い群れは止まらない。
迫り来る魔物の軍勢を見据え、レグナードは再び剣を掲げた。
「全軍――前進!!!」
「「「おおおおおおお!!!!!!」」」
地響きが平野を震わせる。
ついに、戦況が動き始めた。




