監査ログと三人分の弁当
改修作業を始めてから、半日が経過していた。
司とテオドールは、魔力の通りが特に弱い末端部分から、少しずつ術式を削り整理していく。
archive_access_log {
retain last_record
notify tower_watcher
}
「……まだ生きてたのか、これ」
司は眉をしかめながら、通知先のノードを切り離した。
不要になった古い監視塔への監査経路が、静かに途切れる。
「……影響なさそうだな」
テオドールは周囲の魔力循環を慎重に確認する。
わずかに迷い——
それでも司の解析を信じ、術式を遮断した。
「……消去完了です」
ふぅ、と小さく息を吐く。
「魔法が光って可視化されるのは助かるな。現実のデバッグもこうだったら、どれだけ楽か」
「いえ……ツカサ様の解析がなければ、とても無理です。普通は恐ろしくて触れられませんよ」
テオドールは疲れたように肩を落とした。
古代魔法は、いまだ解明されていない部分が多い。
何が記述されているのかすら、わからない術式も珍しくなかった。
だから新しい機能を追加するたび、既存部分には触れず仮実装を重ねる。
全体構造が把握できない以上、本格的な改修など恐ろしくてできないのだ。
そうして数百年積み重なった結果が、今この王城の防衛機構だった。
「……なるほどな。仕様書がないから、既存コードに『オーバーライド』して誤魔化してきたわけか。典型的な負の遺産だな」
司は大きく伸びをし、凝り固まった肩をバキバキと鳴らした。
「腹減ったなー」
「……そういえば、昨日からほとんど何も食べてませんでした」
「お前、夢中になりすぎだろ。集中力お化けかよ」
司は呆れたように笑う。
テオドールも、ようやく我に返ったように苦笑を浮かべた。
二人はようやく作業の手を止め、顔を見合わせる。
————
休憩のため中央管理棟を出た司たちは、西棟の貴賓室へ向かった。
知結を一人にしておくのは、まだ不安だった。
部屋の前には、二人の騎士が立っている。
「ずいぶん厳重だな」
「……はい。チユ様が、その……何度か逃げ出されまして」
「ぷっ……なるほど」
司が吹き出す横で、テオドールが騎士へ目配せする。
重い扉が静かに開かれた。
「知結、入るぞ」
「——パパ!!」
次の瞬間、知結が勢いよく飛びついてきた。
司は反射的に娘を抱き止める。
この数日で、知結はずいぶん子どもっぽくなっていた。
不安と緊張で、張り詰めていたのだろう。
「飯は食べたか?」
「あ! 今ね、あれ持って二人のところ行こうと思ってたんだよ!」
部屋のテーブルには、籠とカップが三つずつ、水差しと一緒に並べられていた。
「お弁当作ってもらったんだ。一緒に食べよう?」
「さすが、気が利くな」
司は知結の頭を乱暴に撫で回す。
「あー! もう、やめてよ!」
知結が頬を膨らませ、司が笑う。
そのやり取りから目を逸らすように、テオドールは窓辺へ歩いた。
遠くの空を眺める。
(母様、父様……)
不意に胸の奥が熱くなる。
知らず、袖を握る指先に力が入っていた。
その様子に気づいたのか、知結がそっと近づいた。
「せっかくだし、外でお弁当食べようよ。……テオ君も」
背中に触れられた瞬間、テオドールの肩が小さく揺れる。
「いいな、それ」
今度は司が隣から肩を抱き寄せた。
華奢な身体が一瞬だけ強張った。
だが、振り払うことはしない。
二人に触れられている場所から、少しずつ力が抜けていく。
胸の奥に張りついていた冷たいものが、ゆっくり溶けていくようだった。
テオドールはわずかに視線を伏せる。
——その感覚に、まだうまく名前を付けられないまま。




