解析者と開発者:旧監視塔プロトコル
王の奥書斎。
大きな執務机の上には、召喚に関する過去の記録が高く積み上げられていた。
レグナードは古い文献へ視線を走らせる。
魔法術式に干渉された痕跡。
あるいは、魔法へ直接触れた前例。
だが、どこにも記述は見つからない。
レグナードは顔を上げ、軽く目頭を押さえた。
(さて、あの二人をどう使うか。)
魔族が急激に勢力を拡大し始めたのは、彼がまだ十歳にも満たない頃だった。
魔族の根城は、大陸中央。
各国はそれぞれ独立して戦線を張り、疲弊していった。
切迫する世界情勢を目の当たりにし、レグナードは幼い頃から戦術と兵法を、自身に徹底的に叩き込んできた。
即位後は婚約者すら取らず、王位継承権を持つ親族たちを各国へ散らした。
半ば人質として差し出すことで同盟を結び、資金と物資及び人材を集め、自国を対魔族戦争の最前線へと作り変えたのだ。
人類が生き残るには、一丸となって戦うしかない。
その確信だけは、今も揺らいでいない。
だが現実には、中央への進軍どころか、押し寄せる魔族への対処で精一杯だった。
成果を得られぬまま、時間だけが過ぎていく。
そして近年。
伝承へ縋り、禁忌である召喚へ手を伸ばした。
過去に勇者や聖女を呼び出したとされる術式。
度重なる失敗の後ようやく現れたのは、膨大な魔力を持つ幼い少女と——魔力を一切持たない、その父。
どちらも、期待していた存在とは違う。
レグナードは静かに目を細めた。
(……テオに任せるのが最適か)
解析者と、開発者。
何かが変わる。
そんな確信めいた予感が、胸の奥に生まれていた。
⸻⸻
中央管理棟。
城の中央に位置し、防壁魔法から場内の灯りに至るまで、王城のあらゆるインフラを制御する中枢施設。
そこに、王命によってテオドールと司が呼び出されていた。
魔蚊の侵入経路を特定し、早急に塞げ——それがレグナードの勅命だった。
司は、知結をそばに置くことを条件に協力を承諾している。
「これは……骨が折れそうです」
「今まで見た中で、ダントツのクソさだわ」
二人が顔をしかめて見上げる先には、幾重にも重なった巨大な魔法陣が浮かんでいた。
royal_defense_rampart_system
├ core_barrier
├ threat_detection
├ lineage_auth
├ emergency_patch
├ mana_distribution
├ siege_response
├ auto_restoration
├ temporary_override
└ legacy_compatibility
城壁守護術式——《royal_defense_rampart_system》。
建国期の古代術式を核に、数百年に渡る継ぎ足し改修を繰り返した、王城最大の防衛機構だった。
「こっちがコアですね。……これは、多分触られていない」
core_barrier {
maintain perimeter
reject hostile entity
preserve royal territory
}
テオドールが触れた小さな魔法陣には、驚くほど単純で美しい、本来の核だけが刻まれていた。
だが、その周囲には無数の追加術式が積層されている。
魔獣侵攻時の出力増幅。
王族暗殺未遂後の血統認証。
兵士用の緊急通行権限。
魔力不足時の自動供給。
応急処置のように継ぎ足され、そのどれもが削除されないまま残っていた。
古い術式に、新しい術式が無理やり噛み合わされている。
司は、使われているにしては微弱すぎる光を追い、末端の魔法陣へ視線を止めた。
legacy_compatibility {
allow old_tower_protocol
}
「古い……監視塔?」
「……! 旧監視塔!!」
テオドールが慌てた様子で確認する。
「魔力が、わずかに通っています……廃止されていない」
「まずいのか?」
「……はい。旧監視塔は、もう存在していません」
割とよくある杜撰な運用だった。
司は額を押さえ、小さく息を吐く。
「バックドア、そこじゃね?」
「……これ一つとも限りませんけどね」
複雑になりすぎた魔法陣を見上げ、テオドールの顔が青くなる。
どれだけの負の遺産が積み重なっているのか。
想像しただけで気が遠くなるのだろう。
司は苦笑しながら、少年の肩を軽く叩いた。
「こういう時は、一旦丸ごと新しい壁で覆うんだよ。内部を触るのは後回し」
「覆う……壁?」
「そう。新しい防御壁を外側に被せる。お前なら設計できるだろ?」
テオドールは目を閉じた。
最小限のリソースで、既存術式全体を覆う巨大防壁。
その構造を頭の中で高速に組み上げ始める。
「設定自体は簡単です。ですが、維持コストが……」
「魔力か」
「はい。既存設備への負荷計算をやり直さないと——」
司は途中で遮った。
「いや、それ後でいい」
「……え?」
「まず塞ぐ。最適化は、生き残ってからだ」
テオドールは目を瞬かせた後、小さく頷く。
「……なるほど」
再び思考の海へ沈み込む少年の横で、司は巨大な魔法陣を睨み上げた。
「まぁ、確かに。リソースは必要だよな……」
頭を掻きながら、大きく息を吐く。
「仕方ない。無難に末端から見ていくか……」
果てしない改修地獄を予感しながら、司はうんざりした顔で光の流れを追い始めた。




