不要なノイズ
テオドールと司が玉座の間に駆け込むと、そこに知結の姿があった。
「知結!!」
「パパ……!」
司は駆け寄り、周りの神官を乱暴に押しのけ、娘を強く抱きしめた。
細い体が小刻みに震えている。
「知結、すまない。 遅くなった」
「パパ……無事で、よかった……」
大粒の涙が落ちる。
その背中を撫でながら、司の胸の奥には安堵と焦燥が同時に広がっていた。
(無事でよかった……でも、ここも安全じゃない)
そこへ神官たちが詰め寄る。
「聖女様! 早くお助けください!」
「聖女様!」
ビクリとした知結を隠すように、司とテオドールが立ち塞がる。
あたりを見渡すと、玉座の間はさながら地獄のようだった。
騎士や魔導士が床に倒れ、荒い呼吸を繰り返している。
神官の治癒光が次々と注がれるが——
傷は一瞬塞がったかと思えば、すぐに崩れ、血が滲み直す。
「またか!一体どうしたら……!」
神官の横から倒れた騎士の腕を覗き込み、司はすぐに理解した。
「治癒そのものがトリガーになってる。反転設計だ」
「トリガー……?」
テオドールが顔を上げる。
司は傷口に残る魔力の“痕”を視る。
parasite blood_midge_v2 {
trigger on_bite(target: Entity)
inject larval_hex()
if detect healing_mana() {
siphon regeneration_process()
convert tissue_repair -> necrosis_growth()
}
// temporary adaptation
bypass common_purification()
}
「これ、単純だな」
「え?」
テオドールが眉をひそめる。
司は淡々と続けた。
「二層構造だ。上書きパッチが悪さしてるだけ」
視線が一点に落ちる。
「消すのはこっちだけでいい」
_v2
司はそれを“つまむ”ように指を動かした。
テオドールの喉がわずかに動く。
司は迷いなく文字列へ触れている。
だが、テオドールには何を掴み、何を判断しているのか分からない。
ただ一つ分かるのは――
司が“確信している”ことだけだった。
「……それを、消すんですか?」
思わず声が漏れる。
もし術式全体の均衡が崩れれば、寄生呪詛は暴走するかもしれない。
あるいは宿主ごと壊れる可能性すらある。
だが司は迷わない。
「ノイズだからな」
その一言だけだった。
テオドールが、掠れた声で問い返す。
「……それは、本当に“削っていいもの”なんですか?」
司は即答した。
「削ることで正常に戻るなら、それが最適解だ」
そして指で摘んでいた光を、切り離す。
その瞬間、魔力構造が静かに崩れた。
絡みついていた異常な干渉がほどけ、空間から抜け落ちる。
魔蚊はただの虫に戻り、灰のように崩れていく。
神官が息を呑む。
「……治癒が、通りました……!」
騎士が、荒い呼吸を整えながら呟く。
「……息が……戻ってる……」
テオドールは言葉を失ったまま立ち尽くしていた。
(削っただけで……“壊した”んじゃない。戻した?)
テオドールは言葉を失ったまま立ち尽くしていた。
理解が、まだ追いついていない。
司はそんな様子を気にも留めず、倒れている騎士や魔導士たちへ次々と同じ処理を施していく。
指先で不要な文字列を摘み取り、切り離す。
それだけで、暴走していた術式は音もなく崩れていった。
やがて荒れていた呼吸が落ち着き始め、玉座の間に張り詰めていた空気が少しずつ緩んでいく。
司は軽く息を吐き、周囲を見渡した。
「ほら、終わりだ」
知結が小さく声を漏らした。
「……終わったの?」
司は娘の頭を撫でる。
「ああ。一旦はな」
司とテオドールは、短く視線を交わした。
安堵はある。
だがそれ以上に、この出来事が始まりにすぎないという感覚だけが、静かに残っていた。
玉座の間に安堵が広がる中、
レグナードだけは沈黙したまま司を見ていた。
治癒不能の呪詛を、男は“解析して削除した”。
それは、この世界の魔法体系には存在しない発想だった。
(……召喚されたのが聖女だけではなかった、か)




