魂収穫層《ソウルハーベスト》
魔族領、中央部。
深い森の奥。
そこには縄文杉を思わせる巨大な大樹と、一体化するように古い神殿が建っていた。
神殿の柱にはツル状の蔦が絡みつき、床石は隆起した木の根に押し上げられ、ひび割れている。
大樹に額を預ける、一人の女性。
簡素な布服。
だが、その背に背負われた大剣だけが、この場に不釣り合いな異質感を放っていた。
彼女は名残惜しそうに大樹から離れ、静かにつぶやく。
「行ってくるね」
大樹がわずかに揺らぎ、無機質な声が響いた。
『あなたが直接行く必要はない。』
彼女――悠理は苦笑しながら、この過保護な大樹の幹を優しく撫でた。
「今回は少し気になって……様子を見に行くだけだよ」
『悠理……気をつけて』
「ふふっ。行ってきます」
悠理は黒い馬を呼び出し、軽やかに背へ跨る。
次の瞬間。
風が森を抜けるように、彼女の姿は闇へとかき消えた。
⸻
「魔物は死んでも死体が残らないのは本当なんだな」
「はい。魔素で構成されているので、体が維持できなくなると発散します」
「発散、か……」
戦場で魔物が倒されるたび、その肉体は淡い光となって崩れ、大地へ吸い込まれていく。
その数が増えるほど、戦場全体が薄ぼんやりと青白く照らされ始めていた。
倒れた騎士達には、見た目には変化がない――はずだった。
だが。
騎士の頭部から、糸のような淡い光がゆっくりと引き抜かれていく。
それは地面へ吸い込まれ、戦場全体へ薄く広がっていた。
司の表情が凍りつく。
浮かび上がった術式ログを見て、司は息を呑んだ。
soul_harvest_layer {
detect neural_collapse
capture high_density_particle
prevent data_diffusion
transfer to world_core
}
(……なんだ、あれ)
「ツカサさん、どうかしましたか?」
テオドールが補助魔法を味方全体へ展開しながら、司を見あげる。
司は視線を術式から外さないまま、低く言った。
「死を検知して、高密度粒子を捕捉……拡散を防止し、世界の核へ転送する」
そして、ゆっくりと続ける。
「……この意味がわかるか?」
「高密度粒子……世界の核……」
テオドールの顔から血の気が引いた。
彼は遠い記憶をなぞるように、掠れた声で口を開く。
「昔、両親が言っていました。召喚は……世界を壊しかねないと」
「壊す?」
「はい。だから召喚はやめるべきだと……それで、古代魔法の解析を進めていて……」
「召喚で、壊れる……」
テオドールは杖を握る手に力を込めた。
「前王の時代に、二度召喚が行われています」
一瞬、言葉が止まる。
「一度目の召喚では――」
その声が、かすかに震えた。
「魔法陣の中央に大量の血と、片脚だけが残っていたそうです」
「……!!」
司と知結の顔が青ざめる。
もし、自分達の召喚が失敗していたら。
いや――この先、自分達はどうなるのか。
考えたくもない想像が脳裏をよぎった。
「二度目は、勇者様が降臨され……魔王領で戦死されました」
テオドールは薄く目を伏せる。
「召喚のたびに異常が増えていると、両親は言っていました。天候が荒れ、魔物が増えると」
風が吹き抜け、戦場の血の匂いが混じる。
「両親は召喚に反対していました。ですが歴史上、召喚された人達は皆、莫大な力とこの世界を凌駕する叡智を持っていた」
手に持つ杖が、わずかに軋んだ音を立てる。
「両親は研究中、魔力暴走で死にました」
唇を噛み、テオドールは震える声を絞り出した。
「……召喚を進めたい派閥に、暗殺されたんだと思っています」
司達は言葉を失った。
戦場の喧騒だけが、遠く響いていた。




