敵性識別
知結の瞳から大粒の涙がこぼれ落ち、テオドールへの魔力供給がぷつりと途切れた。
「……っゴメン! 今言うべき話じゃなかった!」
combat_assist_layer {
identify allied_unit
predict movement_vector
compensate reaction_delay
stabilize mana_circulation
}
テオドールが慌てて魔力を立て直すが、膝がガクンと落ちる。
「……くっ!」
反応速度を補正し、騎士らの体を軽くする魔法。
高効率とはいえ軍全体への展開は、さすがに負荷が大きい。
「知結、集中」
「あっ……そうだね、ごめん!!」
司に指摘され、知結は袖で乱暴に涙を拭う。
そしてテオドールの杖に自分の手を重ねる。
「えっ!?」
距離の近さに、テオドールが思わず目を見開く。
「この方が“効率”いいかなと思って」
知結は得意げな顔で、自分の魔力を杖に直接送り込み始めた。
「……確かに!」
わずかに照れ笑いを交わす二人。
戦場を睨みつけるように見ていた司は、微かに漂い出した血の匂いに顔を顰めた。
「少し向こうを見てくる……!」
「あ、はい!」
「パパ、気をつけてね!」
⸻
監視塔を駆け下りながら、司は外を見た。
また一体、魔物が光となって崩れ落ちる。
淡い粒子は大地へ吸い込まれ、薄く戦場全体へ広がっていく。
まるで大地が死を喰っているみたいだった
(死の検知、高密度粒子、世界の核……)
頭の中で嫌な仮説が積み上がっていく。
(もし……この世界が召喚のたびに壊れているとしたら)
そして、その不具合をさらに召喚で補ってきたのだとしたら——
魔族がやっているのは、戦争ではない。
(……その場合、八方塞がりだ)
仮説が外れることを祈りながら、司は足を速めた。
⸻
重厚な城門脇の潜り戸を抜けた瞬間、司は息を詰めた。
生温かい血の臭い。糞尿が混じった臓物。焼け焦げた肉塊。
それらが混じり合い、濃厚な死の臭いとなって波のように襲いかかってくる。
足元は血と臓物でぬかるみ、靴がぐちゃりと沈みこむ。
至る所に引き裂かれた肉片、折られた骨、歯、指、眼球——人間のあらゆる“もの“が散らばり、生々しく転がっている。
断末魔の叫びが至る所から響き、すぐ近くでは鎧ごと潰され歪んだ“人の塊“が、苦悶の声をあげている。
肉を裂き骨が滑る剣の音。骨が砕ける鈍い響き。血が噴き出す破裂音。
遠くの音のはずなのに、すべて耳元で鳴っている気さえする。
初めて間近で見る生の戦場。
それはまさに“地獄絵図“だった。
「……ぅ、ぷ……」
込み上げる吐き気に、司は自分の頬を思い切り叩きつけた。
(しっかりしろ、俺……!!)
司は口元を押さえ、吐き気を必死に堪えながら、地面に広がる薄い魔法陣へ視線を落とす。
(この陣は、どこで維持している?)
周囲を見渡しても術者らしき姿はない。
ならば——
(直接、埋め込んであるのか?)
膝をつき土を掻き分けると、細い木の根のようなものが張り巡らされていた。
そこから微かな魔力が放出されている。
combat_behavior_protocol {
identify hostile_signature
prioritize target
execute attack_pattern
}
hostile_signature {
detect neural_pattern
detect mana_resonance
exclude demon_factor
}
(これは……さっき見た術式とは別か)
「“敵”として認識してるんじゃない。条件一致した対象を、機械的に攻撃してるだけか……」
この条件を書き換えれば——
少なくとも、この戦場は止められる。
ただ、それが世界にとって正しい選択なのかは……わからない。
それでも、知結とテオドールがいる以上、司に選択肢はなかった。
前線から一時下がってきていたレグナードが、地面へ食い入るように視線を向ける司に気づく。
(……何かを解析しているのか?)
魔法を読み解き、干渉する力。
レグナードは司の行動から目を離すことができないでいた。
自身が震えていることにも気づかずに。
司は祈るように目を伏せ、意を決するように光へ両手を差し込む。
“neural_pattern”
“demon_factor”
二つの記述へ触れ——
ゆっくりと、その位置を入れ替える。
魔法陣の淡い光が、鈍く揺れ出した。
その瞬間。
最前線で騎士を貪り食っていたオークの巨体が
——不自然に静止した。




