共通言語
テオドールが、信じられないものを見るような目で司を見つめていた。
「あなたは——魔法を解析できるのですか?」
「解析というか、魔法が構造化した文字列に見えるんだ」
「文字列……」
「そう。きっと、勝手に言語が翻訳されているのと同じ仕組みだろう。知結には見えていなかったけど。」
テオドールはなおも困惑した表情を浮かべている。
司は少し考え、それから小さく笑った。
「俺が君と同じで、“構造を組む側”の人間だからかもしれない」
その言葉に、テオドールの目がわずかに揺れた。
理解が追いつかないまま、それでも彼はもう一つの疑問を口にする。
「……陛下の魔法には、どのように干渉されたのですか?」
「ああ。あれは、見えている文字列の一部を捨てただけだ」
「……捨てる?」
「そう。抵抗抑制のノードだけ外した」
ぽかんと口を開けるテオドールに苦笑しながら、司は扉へ歩み寄った。
視界に、青白い文字列が浮かび上がる。
lock guest_room_west_03 {
restrict movement()
notify guard_on_access()
allow royal_permission()
}
「命令そのものは触れない。でも、参照先なら干渉できる」
司はそう説明しながら、“部屋番号”の識別子へ手を伸ばした。
「西棟指定だけ削れば、参照先が曖昧になる」
そして指先で west の文字列を摘み取り、引き剥がす。
——ガチャリ。
重い音を立て、施錠されていた扉がゆっくりと開いた。
テオドールは息を呑む。
言葉が出ない。
驚愕と畏怖、そして抑えきれない知的興奮が、少年の顔に入り混じっていた。
「……まさか、こんな簡単に……」
司は、いたずらが成功した子どものように小さく笑った。
(これで、少しは知結のところへ近づけるかもしれない)
その時。
耳の奥で、微かな羽音が揺れた。
ぶぅん——
不快な音だった。
夏の夜に眠りを裂く、蚊の羽音に似ている。
だが、この石造りの閉鎖空間で聞こえるはずがない。
「虫が入ったか?」
「……え? いえ、そんなはずは……」
視界の端を横切った小さな虫の周囲で、魔法の文字列が不気味に揺らめいていた。
parasite blood_midge_v2 {
trigger on_bite(target: Entity)
inject larval_hex()
if detect healing_mana() {
siphon regeneration_process()
convert tissue_repair -> necrosis_growth()
}
// temporary adaptation
bypass common_purification()
}
その内容に、司の眉が深く寄る。
「修復を——壊死増殖に変換?」
次の瞬間。
——バチッ!!
火花が散り、虫が空中で灰になる。
杖をかざしたテオドールが、血の気の引いた顔で呟いた。
「城内に魔蚊……!? 防壁魔法が機能していない!?」
先ほどまで冷静だった少年の声が、わずかに上擦っている。
テオドールは一瞬だけ司を振り返った。
だがすぐに踵を返し、廊下へ駆け出す。
そのただならぬ様子に、司も無言で後を追った。
胸の奥で、知結の不安げな顔がちらついていた。




