綺麗な魔法
石壁に染み込んだ湿気が、冷たく肌にまとわりついていた。
司は細く息を吐き、窓辺へ視線を向ける。
鉄格子はない。
だが、窓の外には白い石壁が近接しており、人が通れる隙間はなかった。
古い客人用の部屋——そんな体裁だけは整っている。
最低限の寝台。
机。
水差し。
そして扉には、淡く青白い光が規則正しく脈打っていた。
(監禁というより、アクセス制御か……)
司は扉へ歩み寄る。
視界に、青い文字列が浮かび上がった。
lock guest_room_west_03 {
restrict movement()
notify guard_on_access()
allow royal_permission()
}
(移動制限と監視通知……簡易的なアクセス制御か)
「雑ではないな……」
少なくとも地下牢へ放り込む気はないらしい。
聖女の父として、最低限の体面は保つ。
だが自由は与えない。
そんな計算が透けて見えた。
司は小さく舌打ちし、額へ手を当てる。
——知結。
昨夜から、一度も顔を見ていない。
暴走した術式の混乱のあと、騎士たちに囲まれ、そのまま引き離された。
泣きそうな顔で何かを叫んでいたが、最後までは聞き取れなかった。
胸の奥が、鈍く軋む。
その時。
廊下の奥から、規則正しい足音が近づいてきた。
司はゆっくりと顔を上げる。
扉の術式が淡く明滅した。
「失礼します」
入ってきたのは、あの少年魔導士だった。
「……君か」
「テオドールと申します。魔法の研究と開発をしている、この城の魔導士です」
テオドールは胸に手を当て、丁寧に頭を下げた。
「神谷司だ。ツカサでいい」
「では、ツカサ様」
まっすぐに司を見つめる瞳。
まだ幼さの残る顔立ち。
だが、その目だけが異様なほど鋭かった。
「テオドール。知結は今、どうしてる?」
「……チユ様は、水以外ほとんど召し上がっていません。あなたを解放してほしいと、おっしゃっています」
司は息を呑んだ。
娘の小さな抵抗。
守ってやれない自分が、腹立たしくてならない。
「申し訳ありません……勝手に喚んでおいて」
テオドールは突然その場に両膝をつき、深く項垂れた。
両手を固く組み、強く握りしめられている。
まるで懺悔するように。
知結とそう変わらない年齢の子に、司は強く出る気になれなかった。
苦々しく息を吐く。
「立ってくれ。そんなことは今どうでもいい」
テオドールの肩が小さく震えた。
組まれた手に力がこもり、爪が深く食い込む。
「……チユ様は、次の魔族襲撃に備えて、修練を受けることになります」
予想通りの答えだった。
驚きはない。
だが、許せる話でもなかった。
「知結はまだ十三だ」
「……はい」
「俺たちの世界じゃ、子どもが戦う前提で育ったりしない」
「……そう、なのですね」
司はテオドールの前で屈み、目線を合わせた。
「文化が違いすぎるんだ。あの子に戦場で何かに対応できるとは、俺は思えない」
「……っ」
説得役として来たのか。
——あるいは、自分の意思か。
どちらにせよ、人質のような脅しを使わないだけ、この少年の感覚はまともだった。
目を伏せ、必死に考え込むテオドールへ、司は前から気になっていたことを口にする。
「なぁ、テオドール。君の魔法は、他と違うね」
弾かれたように、テオドールが顔を上げた。
「この部屋の術式も、君が作ったのか?」
テオドールは言葉に詰まり、曖昧に頷く。
「召喚の陣は継ぎ接ぎだらけだった。王の魔法も欠陥品だ」
テオドールの目が大きく見開かれる。
そんな反応を気にも留めず、司は魔法のログを思い返すように目を閉じた。
「でも、君の魔法は違った」
司はゆっくりと目を開く。
「とても構造が綺麗だった。よい開発者だな」
テオドールの肩が、小さく、だが確かに揺れた。
「あなたは——」




