抵抗抑制
「貴様! 陛下に対し、不敬だぞ!」
護衛騎士たちが一斉に剣へ手をかける。
金属の擦れる音が、張り詰めた神殿に鋭く響いた。
だが、レグナードは片手を上げ、それを静かに制した。
そして、美しい微笑を貼り付けたまま、司を見下ろす。
「聖女の父君よ。この召喚は神のお導きによるものです」
穏やかな声。
だがそこには、反論そのものを許さない響きがあった。
「我々と共に魔族を討つことを、神もまた望んでおられる」
その瞬間。
レグナードの指先から、薄灰色の光が滲み出した。
光は蛇のようにうねりながら司へ絡みつき、衣服の隙間から肌へ染み込んでくる。
肺に重い圧迫感。
呼吸が浅くなる。
足から力が抜け、司は片膝をついた。
「ぐっ……!」
「パパ!?」
知結の叫びが遠く聞こえる。
司は歯を食いしばりながら、視界に浮かぶ文字列を追った。
spell dominion_aura_v8_patch3(target: Entity) {
// temporary override
bypass mental_resistance()
suppress resistance()
// TODO:
// stabilize fear feedback
force submission()
}
継ぎ接ぎだらけの、腐った構造だった。
強制。
服従。
恐怖制御。
対象を“人格”として扱う思想が、どこにもない。
(……また patch運用か)
司の眉間に深い皺が刻まれる。
根本設計を直さず、問題が起きるたびに継ぎ足して延命する。
前職で嫌というほど見てきた、最悪のシステム運用だった。
「……っ、行動優先度を書き換えてるのか」
痺れる指を、司はゆっくりと文字列へ伸ばす。
触れた瞬間、煙に指を差し込んだようにコードが揺らいだ。
「——っ!?」
司を押さえ込んでいた灰色の光が、不安定に明滅した。
「父君殿。貴殿が何者かはわからぬが、魔力を一切持たぬことは肌で感じる」
静かに、司を見下ろす。
「この世界は子どもですら、多少の魔力は宿しているというのに」
そこで言葉を切り、薄く微笑んだ。
「これで、立場は理解できましたかな?」
優雅な口調。
だがその奥には、絶対的な優位を疑わない冷たさが滲んでいた。
司は答えない。
ただ、視界に浮かぶ術式だけを見ていた。
司はゆっくりと文字列へ手を伸ばす。
術式の骨格は崩れない。
だが、一部のノードだけが不安定に揺らいでいた。
司は意を決し、
“resistance()”の文字列へ触れる。
そして——掴み、引き剥がした。
「「「!!?」」」
次の瞬間。
神殿中の人々が、一斉に膝をついた。
灰色の光が制御を失い、空間中へ暴れ回る。
術式が、暴走したのだ。
「……陛下!!」
慌てた声が響く。
一人の少年が、レグナードの元へ駆け寄った。
豪奢な刺繍入りのローブを纏った、まだ若い魔導士だった。
少年は杖を掲げ、素早く詠唱を紡ぐ。
瞬く間に、青い光が空間へ広がった。
澱んだ灰色を押し流すように、術式が神殿全体へ展開されていく。
spell route_collapse(area: Zone) {
trace mana_route()
reroute excess_load()
desync control_layer()
force recursive_shutdown()
}
司の目が、わずかに細くなる。
(……綺麗な構造だ)
重苦しい圧迫感が、少しずつ薄れていく。
膝をついていた神官たちも、ようやく呼吸を取り戻し始めた。
王の魔法が、力任せに押し潰すだけの汚濁なら。
少年の魔法は違った。
流れを読み。
負荷を逃がし。
壊れる前に停止させる。
無理に支配せず、構造そのものを制御している。
(同じ魔法でも、設計思想が違う……)
知結が苦しそうに咳き込む。
司はすぐに彼女を支え、その背を撫でた。
「大丈夫か」
「う、うん……」
その返事を聞きながらも、司の視線は青い術式から離れない。
少年魔導士は、暴走する灰色の光を必死に抑え込んでいた。
額には汗が滲み、呼吸も荒い。
それでも術式は美しかった。
継ぎ接ぎではない。
誰かをねじ伏せるためでもない。
壊さないために組まれた構造。
司は静かに、その青い光を見つめていた。




