召喚術式
床石の冷たさが、意識をゆっくりと引き上げる。
(……ここは?)
司は重い瞼を開いた。
高い天井。
見たこともない紋様が幾重にも刻まれ、淡い光を脈打たせている。
その光は、壁や床を這うようにゆっくりと広がっていた。
「……ぅ」
かすかな呻き声。
司は弾かれたように振り向いた。
隣に倒れていた娘――知結を、無意識に抱き寄せる。
細い肩に触れる。呼吸はある。
司は小さく息を吐き、彼女を庇うように身を起こした。
周囲を見渡す。
紺色のフードを纏った者たちが、杖を握ったまま何人も倒れ伏していた。
その外側を囲むように、白い神官服の集団が立っている。
誰もがこちらを見ていた。
(何か話してる……が、言葉が——)
「——の召喚は成功した。だが、隣の男は何だ?」
「鑑定結果が……出ません」
「壊れたのか?」
「いえ、何度試しても——」
突然、音の輪郭が意味を結び始めた。
まるで壊れたラジオに、急に周波数が合ったように。
同時に、視界がぐらりと歪む。
天井を流れていた淡い光が、見慣れた文字列へと組み変わっていった。
system summon_legacy_final_v13_fix2 {
// temporary patch
bypass consent_check
open_gate()
}
「……は?」
司の喉から、乾いた声が漏れた。
なんだ、このクソみたいなコードは。
「……パパ?」
腕の中で、知結がゆっくりと目を開ける。
不安げに周囲を見回し、小さく司の服を掴んだ。
「大丈夫だ」
反射的にそう答えながらも、司の視線は天井から離れない。
「おお、聖女! 目覚められたか!」
硬質な靴音を響かせ、一人の青年が近づいてくる。
長い金髪を後ろで結い上げた、美しい男だった。
豪奢な衣装は王族か貴族を思わせる。
磨き上げられた笑顔。
だが司には、その表情が妙に空虚に見えた。
「……聖女?」
知結が眉を寄せる。
青年はその困惑すら意に介さず、優雅な動作で片膝をついた。
「私はレグナード。この国の王です。」
そして彼女へ向け、恭しく右手を差し出す。
「聖女。あなたが神に喚ばれ、この地に降臨されるのを待ち侘びていました」
穏やかで、よく通る声。
だがその響きは、どこか作り物めいていた。
「どうかその力で、我々をお救いくださいませんか?」
「えっ……私? ええっ!?」
知結の戸惑った声が神殿に響く。
その背後で、司は再び天井を見上げていた。
壁や床を流れる光。
脈打つ文字列。
食い入るように、それを追う。
「……なぁ、知結」
「え?」
「あの光、何に見える?」
知結はレグナードを警戒しながら、恐る恐る天井を見上げた。
「何って……魔法陣みたいな模様?」
「文字には見えないか」
「文字?……見えないかな。」
どうやら知結には、ただの魔法陣にしか見えていないらしい。
だが司には違った。
if mana < 1000 {
siphon surrounding_life()
}
周囲の生命力を吸収——
その文言に、司の背筋が冷たくなる。
さらに、その下。
// temporary patch
bypass consent_check
同意確認をスキップ。
術式の裏側に、汚れたログが見える。
継ぎ足しだらけの構造。
場当たり的な修正。
何度も延命を繰り返したシステム特有の腐臭。
司には、それが痛いほど分かった。
職業柄、嫌というほど見てきたからだ。
「聖女よ。どうか我々を救ってください」
レグナードは穏やかな笑みを崩さないまま続ける。
「それこそが、あなたがこの世界へ喚ばれた理由なのですから」
知結が不安そうに司を見上げる。
司は娘を庇うように、一歩前へ出た。
そして、レグナードを真っ直ぐ見据える。
「喚んだんじゃない」
低い声だった。
だが、その一言で神殿の空気が凍りつく。
「攫ったんだろう——お前らは」
司の目が、冷たく細められた。




