世界を繋ぐもの
「この世界で、何が起きてる?」
司の問いに悠理は目を伏せ、柄に添えていた手を離した。
「この世界は、壊れてかけている」
「壊れる?」
眉を寄せる司に、悠理は薄く笑った。
「そう。文字通り壊れてきている。だから、魔族領の奥は“無“が広がり、何もない。」
「“無“なんて、そんな描画エラーみたいなこと……」
あまりに現実離れした話に、司は言葉を失った。
「あなた、エンジニア?」
「いや、どちらかというと設計側の人間。」
「そう。私は元SE。……やっぱり同業者だと思った。」
悠理は口角を上げ、苦しげに呟いた。
「この世界は魔素で構成されている。私達の感覚で言えば“パケット“の集合体。その魔素が……足りなくなっている。」
「召喚によって?」
司の言葉に悠理は目を見開いた。
「……そう。よく、わかったね。」
司は周りを見渡した。
「魔族と人間の死に方が違うのは、データの密度?」
「そう。魔族は命令を与えて動かすだけのポリゴン。でも人間や他の生き物は重いから、回収に時間がかかる。」
倒れている騎士の頭部から漏れ出す光を、司は目で追う。
「ああ、だから頭から光が少しずつ出てくるのか。」
「感情が一番高密度の魔素だから、優先して回収してる。……死ぬとどんどん減るから。」
顎に手を当て考えを巡らせる司に、悠理は目を細める。
「もう、人間の感情を揺さぶって回収するしか、世界を繋ぎ止める術はない。」
悠理は淡く光る平原を見つめた。
「だから私は“魔王“のようになって、この世界を修復している。」
そして司へ冷たい視線を投げつける。
「——あなたは?」
スラリ。
司の首元に切先が当てられる。
剣を抜いた音が後からついてきたかのような、一瞬の動き。
「私を止めて、この世界を終わらせる?」
司は悠理の覚悟に、畏怖すら感じていた。
「いや、俺は——」
司が、思案していた顔を上げた瞬間。
ズダダダダッッツ
悠理の足元に眩い光の魔法陣が出現し、鋭利な石柱が突き出てくる。
冷静に飛び退き、紙一重で躱す悠理をめがけて雷が落ちる。
「チッ」
悠理が剣を投げ上げて雷を逸らすが、その隙に足元が粘土質に変わり動きが止められた。
「パパーーー!!!!」
唖然と見ていた司の背後から、悲痛な叫び声が聞こえ慌てて振り返る。
「知結!?」
そこには、テオドールと二人で杖を構える娘の姿があった。
「お前達、なんで……」
「パパ!大丈夫!?」
「ツカサさん、下がっててください!」
二人が杖を天に掲げると周囲の温度が急激に下がり、頭上から氷柱が無数に降り注ぐ。
悠理はそれをわずかな動作で躱していく。
戦場に凄まじい音が響き渡り、気づいた騎士や魔導士が慌てて出てきた。
悠理は一瞥すると、地に落ちた剣を拾い上げ、騎士らの方向へ薙ぎ払う。
剣閃が遅れて走る。
次の瞬間、騎士たちの胴と脚が音もなく滑り落ちた。
その間にもテオドールは詠唱を短縮した簡易魔法に知結の魔力を高密度でのせ、攻撃を次々と繰り出す。
悠理に攻撃させる隙こそ作らせていないが、明確なダメージも与えられていない。
「……で、結論は出た?」
テオドール達の攻撃を往なしながら、悠理は司に問いかけた。
薄く笑う悠理が、司はなぜか傷ついているようにさえ見えた。
「二人とも、止めてくれ。大丈夫だから。頼むよ。」
司は知結とテオドールの前に出て、二人の頭にポンッと手を置いた。
「少し、この人と話をさせてくれ。」
頭を優しく撫でながら微笑む司に、二人は困惑した顔で目を合わせる。
その時、城の門から馬の蹄の音が響き渡り、流れるような金髪の美丈夫が駆けてくる。
「ユーリ!!!」
武具の一切を身につけず、護衛を振り切り、涼しい仮面を脱ぎ捨てて。
「……レグ」
レグナードは走る馬から飛び降り、そのまま悠理を強く抱き締めた。
悠理は抵抗すらできず、ただ目を見開いたまま固まっていた。




