還る場所
同士討ちがまばらになり、淡く光る平原に静けさが戻り始めていた。
司のすぐ近くでは、翼を失った飛竜が地面を掻きむしりながら、なおも濁った目で次の獲物を探している。
司は足元に転がっていた槍を拾い上げ、ゆっくりと飛竜へ歩み寄った。
両手にのしかかる重さに、胸が押し潰されそうになる。
「ガ……ァアア……ァ……ッ」
「今、送ってやるから……」
覚悟を決め、槍を振り上げた——
「触らないで。」
凍てつくような女性の声が背後から響き、司が振り返る。
そこに立っていたのは、黒い長髪を後ろで編み込んだ、一人の女性だった。
簡素な布のワンピース。
だが、その背に背負われた大剣だけが、この場に異質な威圧感を放っている。
その瞳と柄にかけられた手に、明確な拒絶だけがあった。
「どいて」
女性は司の横を静かに通り過ぎ、飛竜へそっと手を添える。
life_support_release {
detach combat_protocol
dissolve mana_structure
return_to_world
}
「もういいよ。お疲れ様。」
飛竜は目を細めるように動きを止めた。
次の瞬間、その巨体は淡い光へと崩れ、大地へ溶けるように消えていく。
「……世界へ還すのか」
司の口から、確信を帯びた声が漏れた。
女性は目を見開き、初めて司を見た。
「あなたも……呼ばれてしまった人なのね」
司は息を呑む。
人外じみた空気に気を取られていた。
だが、改めて見るその顔立ちは、どこか故郷を思わせるものだった。
「頼む……教えてくれ。」
司は懇願するように声を絞り出す。
「この世界で、何が起きてる?」
⸻
監視塔の上で、テオドールは少しずつ光を失っていく平原を見つめていた。
本当なら、すぐにでも確認へ向かいたい。
だが、戦場に知結を連れていくことを、司はきっと望まない。
「チユ、お疲れ様。もう落ち着いたみたいだから、部屋へ——」
そこまで言って、テオドールは言葉を失った。
知結が小さく肩を震わせ、ぽろぽろと涙を流していたからだ。
『俺たちの世界じゃ、子どもが戦う前提で育ったりしない』
『文化が違いすぎるんだ。あの子に戦場で何かに対応できるとは、俺は思えない』
司の言葉が脳裏に蘇る。
平和な世界で生きていた少女。
それを、自分たちが無理やり喚び出し——こんな地獄へ巻き込んでしまった。
胸の奥が締めつけられる。
「ごめん……チユ、ごめんね。」
テオドールは知結を強く抱きしめた。
知結の手が、おずおずと彼の背へ回される。
その温もりに、テオドールの目からも涙が零れ落ちた。
(二人を……帰そう。)
そう決意した瞬間。
戦場の奥で、黒い何かがゆらめいた。
テオドールは反射的に顔を上げる。
黒い馬とその背に跨る、黒髪の女性。
そして、背負われた巨大な剣。
王の私室に大切に飾られた肖像画の、勝気な笑顔の女性。
「ユーリ様……」
テオドールが息を呑む。
なぜ、歴史の彼方に消えた英雄がここにいるのか。
そして——なぜ彼女は、平原にぽつんと佇む司へ向けて、あの巨大な剣の柄に手をかけているのか。
知結も戦場の奥を見つめ、震える手をぎゅっと握りしめた。
「パパが、まだ残ってる。」
小さな声だった。
けれど、まっすぐテオドールを見上げる瞳には、確かな意志が宿っていた。
「行こう、テオ!」
二人は手を繋ぎ、監視塔を駆け下りた。




