アドリス
結婚して1年が経った。
テレーゼもアドリスも15歳になった。
テレーゼとアドリスは未だ本当の夫婦にはなっていなかった。
仲良く暮らす二人を見て、侍女たちだけでなく伯爵夫妻も「愛らしい二人。」と優しい眼差しで見守っている。
取り分け伯爵夫人は、テレーゼに感謝の気持ちが強かった。
「其方は、アドリスに優しく接してくれている。
アドリスも其方が嫁いでくれる前と比べると、上手に話せている。
ありがとう。」
「お母上様、ありがとうございます。
嬉しゅう存じます。」
「これからも、頼みますよ。」
「はい。私に出来得る限りのことはさせて頂きます。」
「ありがとう。」
アドリスの妻になってから、何も変化は無かった。
第一、斬首刑になるようなことをしていない。
このまま、アドリスと歩んでいきたい!と私は思った。
リアムのことを忘れることは無い。
あのボスの元で働いた日々も私の脳裏から消えはしない。
ニューヨークでの日々を私は決して忘れない。
それでも、この世界で生きていくと心に決めたからには、懸命に生きる。
それだけだ。
その中で、アドリスの妻の立場は居心地が良かった。
ほんの少し、仕事をしている気分になる。
ただ、ハッキリと分かったことは、私が知るドイツではないということだった。
別のドイツのように感じた。
「テ……テ、テレーゼ。」
「はい。アドリス様。」
「こ……これを……。」
「何でございますか?」
「こ…こ、これ……う…受け取って……く、ください。」
「まぁ、なんでございましょう。」
アドリスが私の手に美しいネックレスを……。
「これは? アドリス様。」
「テ……テレーゼ、に……に、似合うと……お……思って。」
「まぁ!」
「き……き、気に入らない?」
「いいえ、いいえ嬉しゅうございます。」
「ほ…んとうに?」
「はい。本当に嬉しゅうございます。
アドリス様、ありがとうございます。」
「……うれ…しいよ。わた…しも……。」
はにかんでいるアドリスに侍女が声を掛けた。
「若様、若奥様にネックレスをお着けなさいましたら如何でしょう。」
「え! わ…わ、わたし…が?」
「はい、左様でございます。
若様は若奥様とご結婚なさったのでございますよ。
夫が妻にネックレスをお贈りなさいましたら、お着けなさるのも夫であるアドリ
ス様の務めでございますよ。」
「そ、そ、そうなのか?」
「はい、左様でございます。」
「テ……テレーゼ、い、いいかな?」
「はい、着けて下さいまし。」
「で、で……では。」
項を見せたテレーゼに震える手でネックレスを着けてくれるのが分かった。
それを私は⦅可愛い。⦆と思った。
そんな穏やかな日々を過ごしていたある日。
伯爵邸に近衛兵がやって来た。
「テレーゼ・フォン・シュタウフェンベルクを出して頂きたい。」
「当家にテレーゼ・フォン・シュタウフェンベルクという者はおりません。」
「リートベルク伯、出されなければ、リートベルク伯も捕らえねばなりません。
どうか、テレーゼ・フォン・シュタウフェンベルクを出して頂きたい。
出して頂けないのであれば、リートベルク伯も捕らえます。
そして、リートベルク伯夫人ならびにご子息も捕らえます。」
「何故に!」
「リートベルク伯、これは皇帝陛下のご命令でございます。
拒否できませんぞ。」
「なんと言うた? 陛下が?……何を理由に?」
「それは、この後に陛下より発せられると存じます。」
「………くっ……。」
テレーゼの部屋に入って来た近衛兵によって、テレーゼは捕らえられた。
「テ……テレーゼを……お、御放し下さい!」
「アドリス様!」
「アドリス様、これは陛下の命でございます。」
「へ、陛下が?」
「はい。」
「な、な、なにゆえ?」
「それは陛下が発せられます。後程……。」
「は、は、放せっ!」
「アドリス様、貴方まで引っ立てねばならぬようになります。
下がられますよう……。」
近衛兵によって捕らえられたテレーゼを追い掛けるアドリス。
泣きながら「わ、わたしの、つ、つまを、か、返せ!」と何度も叫んでいる。
そして、アドリスの言葉で最後に聞いた「テレーゼ、必ず、助ける!」だけは吃音ではなかった。
刑の執行寸前のことだった。
アドリスが面会に来てくれたのだ。
「テ……テレーゼ。」
「アドリス様、どうしてここに?」
「な…何とかして、あ、会いたくて……。
た、た、頼み込んだ。」
「ご無理をなさったのではありませんか?」
「無理……していない。
か、か、可哀想に……な、何もしてない……テ、テレーゼが………
なんで、こ、こんな目に……遭うのだ!」
「アドリス様………。」
「こ、ここから……だ、だ、出してあげる。」
「そんなことをなさると、アドリス様の御身が危のうございます。」
「い、いいんだ。わ、私など……い、居なくなっても……。
い、い、一緒に、に、逃げよう。」
「いけません。そのようなことをなさると、御嫡男としてのお立場が……。」
「わ、わ、私は……テ、テレーゼが……い、居てくれれば……。
そ、それだけで良い。」
「成りません。アドリス様も捕らえられて刑に処せられます。」
「そ、それでも、い、い、いいんだ。
テ、テレーゼを……あ、あ、愛しているから……。」
「アドリス様……勿体ないお言葉でございます……嬉しい……。」
「い、今……で、出る……じゅ、準備してる。
2……2~3日、待ってて!
かならず……むかえに……くるから!」
「アドリス様…………。」
「おいっ! 終わりだ!」という看守の声がして、アドリスは決意を秘めた眼差しでテレーゼを見つめてから出て行った。
テレーゼの裁判など無く……再び、あの斬首刑が行われた。
二度目の斬首刑だった。
アドリスとの面会の翌日だった。
その日、私に再び気を失うほどの激しい痛みが襲い、断末魔の叫びを上げながら何も見えなくなった。




