退院
汗だくになって必死に車椅子を動かした私の目にリアムが微笑んでいる姿が映った。
その姿を見たのは事故に遭った日が最後だった。
病院の正面玄関で母と別れの挨拶をしているようだった。
リアムの傍に美しいブロンドの髪がふわふわ揺れている美しい女性が居た。
リアムが微笑んで、その女性を抱き寄せて口づけをしている。
リアムは女性が運転して来たらしい車に乗り込んだ。女性と一緒に……。
私はそれを呆然と見ているしかなかった。
涙が溢れて………「死ねば良かった………。」と言っていた。
知らぬ間に、意識せずに私は「何で生きてるんだろう……死ねば良かったのに……。」と呟いていた。何度も……。
「アン!」
「……………………………。」
「ここまで一人で来たの?」
「……………………………。」
「アン………病室に戻りましょうね。」
「……………………………。」
「……………アン………仕方ないのよ……誰も悪くないわ。」
⦅そんなこと! 言われなくても分かってるっ!⦆
「……………………………。」
「アン………………辛いのは分かるわ。
でもね、人を恨んじゃいけないのよ。分かるわよね。」
「……………………………。」
「…………アン…………………。」
「……………………………。」
病室でも母のどんな言葉にも何一つ返せなかった。
子ども染みていると分かっていても、今は話したくなかったのだ。
母は「また来るから……リハビリ、頑張ってね。」と言い残して去って行った。
私は看護師に医師との面談を依頼した。
治療費の支払いについても知りたかった。
「ドクター、私はこれから先、何かあったら尊厳死を望みます。」
「そうですか。」
「私の今回の場合、普通は尊厳死になると思います。
ただ、私はそのことを明確に意思表示していませんでした。
これからは明確に意思表示します。
それから治療費など払えませんので、退院をお願いします。
早急にお願いします。
今までの治療費等につきまして、両親が支払ってくれたと思います。
でも、もう頼れません。
たぶん、私の貯金は費えたと思いますから…………。
リハビリも必要ありません。」
「………今はまだ入院加療が必要です。
リハビリもまだ必要ですよ。」
「いいえ、要りません。
支払えませんから………私、職を失くしたんです。
家もありません。
独りなのです。
…………早く出て、自分だけで生きて見せます。
そうすれば、両親も安心してくれると思います。」
「退院したらご両親の所へ行くのですよね。」
「いいえ、どこかシェルターがあれば……と思っています。」
「そうですか。退院の意志は強いのですね。」
「はい、早く就職して支払えるようにならないと…………。」
「ケースワーカーにこの話を繋げます。
退院はそれからにして下さい。」
「両親や兄弟には話さないで下さい。
退院後、迷惑を掛けたくありません。
独りで退院します。
よろしくお願いします。」
「分かりました。」
医師は看護師、ケースワーカーにアン・スミスの退院を伝えた。
「ドクター! それは無理です。今の状態での退院などあり得ません。」
「だが、入院費のことを心配しているのだから………。」
「退院後の暮らしについてはシェルターを探します。」
「頼む。」
「ドクター!」
「ナースの君たちが不安になるのは良く分かる。
だが、他の国は知らないが、彼女はもう何年か前に職を失っている。
だから、保険がどうなっているのか不明だ。
保険に入っていなければ支払えなくなる。」
「アン・スミスが入っている保険会社からは、毎月の支払いが行えないので医療費
については支払い義務が無いという答えでした。
今、支払われているのは、ご両親です。」
「病院としては支払い能力が無い患者に居て欲しくないだろうことを彼女は分かっ
ているだろうね。」
「そうですね。」
「退院に向けて進めるしかない。」
「はい。」
「分かりました。」
「それから、アン・スミスの要望なんだが、ご両親には伝えたくないそうだ。」
「退院を……ですか?」
「そうだ。本人の意思だかっら、その点も宜しく。」
「分かりました。」
私は退院した。
向かう先はシェルターだった。
両親にはシェルターに到着してから電話を架けて伝えた。
両親のお荷物にはなりたくなかった。
父は言葉を失っていたようだった。
電話の向こうから母の泣き声が聞こえて来た。
「パパ、ママ、ごめんなさい。」と言って電話を切った。




