戦火
アドリスはシュタウフェンベルク伯爵家で治療をしている。
私は多くの時間をアドリスの看病に費やしている。
アドリスが庇ってくれなかったら、私は死んでいた。確実に………。
⦅鎮痛剤も無い、抗生物質も無い。これだけの傷が治るのは、生命力だけなんだわ。⦆と思った。
「お願い……目を開けて!
アドリス…………このまま逝かないで!」
時々小さな呻き声を上げるアドリスを見ていて、私は涙が止まらなくなった。
今は動かせないから、この屋敷に居る。
動かしても良いようになったら、アドリスの屋敷に送ることが出来る。
早くそうなって欲しい。
アドリスの両親も頻繁に訪れた。
ただ、泊まることは出来ない。
アドリスにも弟がいる。
それも、幼い。
両親、特に母親は幼い息子から離れる時間を短くしたかった。
執事長のマリウスは、自ら屋敷内の地下牢へ入った。
「けじめ」だと言って……。
「マリウス、教えて頂戴。」
「何でございましょう。」
「シュタウフェンベルク伯爵が狩場で亡くなったことについてです。」
「はい。」
「どうして? 誰が?
貴方は何かを聞いたから、私が目立ったせいだと思ったのよね。」
「誰がシュタウフェンベルク伯爵を襲ったの?
誰の命で?
私のことを誰から聞いたの?」
「カール様のお父上の使者でございます。」
「ウージンゲン公爵閣下………そうですか。
教えてくれて、ありがとう。」
「テレーゼお嬢様。」
「何?」
「アドリス様は……………。」
「今、彼は闘ってるわ。
受けた傷と闘ってる。」
「そうでございますか………。」
「祈ってあげて……治るように………。」
「はい。」
アドリスはベッドの上で上半身を上げることが出来るようになった。
座っている状態を維持できるようになったのだ。
その状態になったアドリスを両親が迎えに来た。
リートベルク伯爵夫妻に、改めて私は感謝と謝意を伝えた。
「アドリス様に我が命お救い頂きましたこと、深謝申し上げます。
また、あのようなことに至りましたこと、我が身の不徳の致すところでございま
す。
誠に申し訳ございません。」
「いえいえ、貴族紳士なら当然のことでございます。
それに、あれは反乱です。
ウージンゲン公爵が起こした反乱の一部です。
シュタウフェンベルク伯爵、貴女のせいではありません。
どうかお気になさらず。」
「御心ありがとう存じます。」
「シュタウフェンベルク伯爵、アドリスは喜んでおりますわ。
貴女の為になることなら………。」
「…………伯爵夫人………。」
「アドリスの看病をして頂き、誠にありがとう存じます。」
「いいえ、充分にはできませんでした。」
「いえいえ、充分でございましたわ。」
「では、屋敷に連れ帰ります。」
「はい。」
「御機嫌よう。」
「御機嫌よう。」
アドリスがリートベルク伯爵邸に帰って行った。
前日の夜、アドリスはテレーゼに言った。
「お、お、弟に、譲ります。」
「何をでございますか?」
「じ、次期リートベルク伯爵を…………。」
「え………………。」
「廃嫡……ち、父上に……た、頼みました。」
「アドリス様……どうして?」
「わ、私は……こ、言葉も、じ、充分に話せない。
お、弟は、私より……す、優れていますから………。」
「アドリス様…………。」
「いや………ち、違う。」
「えっ?」
「わ、私は……シュタウフェンベルク伯爵の婿になりたい!」
「え……………………。」
「テ、テレーゼ、わ、私と……け、結婚して下さい。
わ、私は……こ、こんな人間です。
で、でも、あ、貴女を想う気持ちだけは……だ、誰にも負けません。
今より……も、もっと、学び……あ、貴女に………す、少しでも相応しい男にな
ります。
だ、だから………待ってて下さい。
その日……ま、まで……お、お願いします。」
「…………………………。」
「き、急に……い、一方的に、こ、こんな話をして、も、申し訳ありません。
でも! ず、ずっと……わ、私には……あ、貴女しかいなかった。
へ、返事は……い、何時でも……ま、待っています。」
返事が出来なかった。
でも、何故だか私の頬は熱くなっていた。
⦅これは、もしかしたらアン・スミスではなく、本物のテレーゼの気持ちなのだろうか?⦆と私は思った。
アドリスが歩くことが出来るようになり、剣を振ることも出来るようになったと連絡があった。
あの襲撃から半年が経っていた。
隣国サルマティア王国の兵が動いた。
その兵を率いる中に、あのブラウン男爵が居たのだ。参謀として………。
戦火は迫り来ていた。
斥候による報告が上がった。
帝国の軍を率いるのは皇弟殿下。
直ぐ様、徴兵された。
我がシュタウフェンベルク伯爵家からは誰も赴かない。
上の弟の年齢が10歳で、初陣には早すぎる年齢だった。
私は皇弟殿下に謁見を願い出て、弟の代わりに赴くことの許可を得ようとしたが、許されなかった。
兵が続々と集まって、国境に送られていく。
そんなある日、カールの訪問を受けた。
「今日だけはテレーゼと呼んでもいいか?」
「はい、どうぞ、お好きな呼び方で……。」
「テレーゼ…………我が家族のこと、皇帝陛下に助命嘆願してくれて……。
ありがとう。」
「お礼を言って頂けるようなことは、何もしていません。」
「いいや、あの反乱を起こしたのに、刑に処せられたのは父だけで済んだ。
テレーゼの助命嘆願があればこそだと陛下が仰せになられた。」
「左様でございましたか……私の助命嘆願など……。」
「いや! 其方のお陰………私が皇弟殿下にお仕えできることも………。
其方のお陰………感謝している。ありがとう。」
「カール様。」
「今日、これから殿下のお傍近くでお守りする。」
「はい。」
「行ってくる。」
「はい、ご武運をお祈りいたしております。」
「其方に待っていてくれと……言えぬ……それが悲しい。」
「カール様?」
「私は………いつか……其方を妻に迎えたかった。
最早、それは叶わぬ。
戻って来れないと思う。」
「そんな……無事に戻って来て下さい!」
「ありがとう。
もし、私が戦死したら、花一輪手向けてくれるか?」
「嫌です!」
「嫌か………。」
「戻って来て下さいまし。
だから、手向けません。
戻て来て頂ければ手向けられませんから!
約束して下さいまし……戻って来ると!」
「うん、約束するよ。
会えて良かった。楽しい時間だった。
御機嫌よう。」
「御機嫌よう……………カール様! 無事にご帰還を!
約束守って下さいまし!」
カールは後姿のまま手を振って馬に跨り行ってしまった。
その二日後、アドリスがやって来た。
「アドリス様………貴方も?」
「う、うん。い、行く。」
「約束して! 帰って来ると!」
「う、うん……や、約束する。」
「怪我もしないで!」
「う、うん。」
「命を落としたら許さないわ。」
「う、うん………ま、待ってて……か、必ず、帰って来るから!」
「うん………待ってる。」
「テ、テレーゼ………あ、愛してる。」
「………私も………。」
アドリスは優しく抱き締めてくれた。
私はアドリスの胸で泣いていた。
「行かないで……行かないで欲しいの……。」と何度も言っていた。
アドリスは優しく「帰って来るから。」と何度も繰り返した。
別れ際、アドリスはテレーゼの額に、頬に、そして唇に優しい口づけを落とした。
馬に跨り去って行くアドリスを、その姿が見えなくなるまで見送った。
この感情はアン・スミスではなく、テレーゼ・フォン・シュタウフェンベルクだと思った。
彼女の心からの願い、祈りなのだとアン・スミスは、私は思った。




