テレーゼ
斧がアンの身体を引き裂き、アンは死んだ。
断末魔の叫びを上げながらアンの命は尽きた。
……………はずだった。
「お嬢様、もう朝でございます。
起きて下さいませ。お嬢様。」
誰かの声で起こされた。
目の前は明るく、美しい部屋だった。
⦅あれっ? ここは……何処?
ニューヨークの我が家じゃないわ。
こんな綺麗だけど……なんか嫌いだわ。
もっとスタイリッシュな部屋が好みなのに!⦆
「お嬢様、早く起きられませ。
今日は婚礼の日でございますよ。」
「へっ?」
「まぁ、なんてハシタナイ声をお出しになられて……!
いけませんよ。そのようなお声を出されるのは!」
「あのぅ……何方ですか?」
「まぁっ! 何と嘆かわしいことでございましょう。
お戯れに致しましても……悲しゅうございます。」
「いやいや……お戯れでもなければ、嘆かわしいってことにも……。」
「お嬢様っ! どうなされたのですか?」
「だ・か・ら! 貴女は誰? 私はアン・スミスよ。」
「アン! なんということでしょう……あぁ………何がお嬢様の身に……。」
「ねぇ、パニックになってないで、答えて頂戴!
貴女は誰なの?」
「お嬢様……ご自分のお名前をお忘れになられたのですか?」
「質問に答えずに質問で返すなんて……社会人としては有り得なくってよ。
貴女もハウスキーパーなら、私の質問に答えて!
貴女は誰なの? 名前は?」
「お嬢様っ! お忘れに………。」
その時、私は周囲が見えた。
ハウスキーパーは一人じゃなかった。
目に入っただけで3人居た。
部屋もニューヨークで良く見る部屋ではない。
どうみても映画に出て来る中世ヨーロッパの貴族の屋敷内に思えた。
焦りを覚えた私。
「ねぇ、ここは何処?
西暦は? 何年なの?」
「お嬢様!………旦那様と奥様にご報告を!
早くしなさい!」
「はい。」
一番若いと思える女性が部屋を慌てて出て行った。
「教えて……お願いだから……ここは何処なの?」
「お嬢様………。」
「それから、私はアン・スミスです。
貴女から『お嬢様』って呼ばれる立場じゃないわ。」
「いいえ、お嬢様。
お嬢様の御名は、アン・スミスではございません。」
「何を言うの? 私はアン・スミスです。」
「テレーゼお嬢様……お忘れになられたんですね。」
「テ………今、貴女、何て言ったの?」
「え? テレーゼお嬢様とお呼びしただけでございます。」
「テレーゼ!」
「思い出されたのでございますか……あぁ、良かった。」
「あれは……夢の出来事で……テレーゼって……私が?」
「はい。テレーゼ・フォン・シュタウフェンベルク様でございます。
シュタウフェンベルク伯爵様の御息女であらせられます。」
「伯爵? 御息女? 私が?
いいえ、違うわ。私はアン・スミスよ!
違う……違うわ……。」
「お嬢様?」
「テレーゼなら……殺されるわ……嫌よ! 嫌っ! 嫌ぁ―――っ!」
急にあの斧で首を切り落とされる瞬間の恐怖が蘇って来た。
恐ろしいほどの痛み……断末魔の叫びを上げたことが蘇って来た。
目の前が真っ暗になった。
真っ暗な闇に一人で……私一人だけが摩天楼の景色から遠い所に居る。
ドンっ!
「お嬢様っ!」
気が遠くなった私の倒れる音と、誰かの悲鳴のような「お嬢様!」が部屋に響いた。




