優しい時間
イザークとベルタの夫婦には子どもはアンナしか居なかったという。
産まれてきた子は次々と夭逝したそうだ。
そういえば……シュタウフェンベルク伯夫人も子どもを亡くしたと聞いた。
生後3ヶ月とかで失ったと聞いたことがある。
⦅………そうよね。
21世紀でも世界を見れば乳幼児の死亡率が高い国があるわ。
先進国は乳幼児の死亡率が低いけど、発展途上国は先進国と比べると高いわ。
後発開発途上国に至っては……高くて……。
先進国とは医療が違うものね。
……今のこの世界とも違い過ぎるのよね。⦆
「アンナ。」という名前の女の子がやって来てくれたことが、この上ない幸せだと思っているようだ。
イザークは革靴職人で、ベルタは手伝っている。
二人で革靴を作っているのだ。
作った革靴を服飾品店に持って行くのはザビーネがしている。
ザビーネは針子として有能なようだ。
元々は、あの商人の店に毎日通っていたそうだが、妊娠してからは通う日を少なくしていると言っていた。
乳幼児の死亡率が高いから、アン・スミスだった頃よりも「無事に生まれて来て、無事に育って!」と祈る気持ちが強い。
イザークとベルタは本当に自分たちの娘のように大切にしてくれた。
私は働きたかったので、街の中での仕事をしたかった。
私が文字の読み書きが出来ることをイザークに伝えた。
すると、「貴族の家で働いていたのか?」と聞かれた。
「言いたくない。」とだけ言うと、イザークもベルタも「何があったか聞かない。このまま元気で居てくれさえすれば、それでいい。」と言ってくれた。
私はイザークの代筆をするようになった。
そして、帳簿を付けた。
それが今の私が出来る仕事だった。
イザークもベルタも喜んでくれた。
街の人達から代筆を頼まれることが多くなっていった。
それはラブレターも含まれた。
「楽しい!」
「そうか。」
「うん、凄く楽しい。
皆さん喜んでくれるもの。」
「そうなのね。」
「仕事って楽しいですね。」
「そうか、そうか。」
初めは無料で代筆をしていたが、そのうちに物々交換のようになった。
何某かの物を置いていってくれるのだ。
それも「ありがとうよ。」などと感謝されて………。
やはり生き甲斐が無ければ楽しくない!と再確認した。
優しく楽しい時間が過ぎていった。
それが、破られる日が来ようとは思っていなかった。
代筆できる女の子の噂が広まったのだろうか。
イザークとベルタとお喋りしながら、お茶を飲んでいた時だった。
家の扉を荒々しく叩く音がして、大きな声がした。




