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元に戻りたい  作者: yukko
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大脱走①

カールという名の婚約者のことは全く分からなかった。

ただ、⦅そう言えば、前の時の最初の婚約者だったかしら?⦆とカールのことを思い出した。

どんな相手か分からないけれど、結婚したら同じ運命になるような気がした。

それに、アドリスだったから楽しい時間を過ごせた。

仕事をしていると思えた。

たぶん、他の男性なら何も関わらせてくれないはずだ。

そして、結婚したら斬首刑が待っているように思えた。


⦅早く、出ないと……ここから……。

 それまでは、テレーゼとして暮らすわ。

 アン・スミスだと言わずに暮らして、チャンスを待つ!

 そうよ。それがいいわ。

 元々、私は貴族じゃないもの。

 平民だもの。生きていくことは出来るはずだわ。⦆


外出の機会は全く無かった。

「お母様、刺繍糸が欲しいわ。」と言っても、買いに行くことは出来なかった。

直ぐに商人から屋敷に届けられるのだ。


⦅何か……何か理由を付けて、買い物に出られたら……

 そのお金を持って逃げるわ。⦆


そのチャンスがやって来た。

両親に「婚姻の前に領地を知りたい。学びたい。商品を自分で買ってみたい。」と頼んだ。

必死だった私は、いつの間にか涙を流していた。

「一度だけ」ということで、外に出られた。

前のテレーゼとしての人生でも街に出ることは一度として無かった。

単純に嬉しかった。

馬車で街に着くまで、私は窓にしがみ付くように外を見ていた。

ニューヨークでは見たことが無い景色が広がっている。

街並みが全く違う。

映画の映像が再現されたかのような街並み。

それを見た侍女が「まぁ、お嬢様の御可愛らしいこと……。」と微笑む。

その中を歩く人たちは、貧しい服装だった。

胸に痛みが走る。


⦅この人達から奪っているんだ。

 その上での貴族の生活なんだ。

 そして……今の私は、その中の……搾取者の一人なんだ。⦆


馬車が止まって、従者が先に降りた。

続いて侍女が降りた。

最後にテレーゼが降りる。

侍女が手を差し出している。

その手に手を置いた。

買い物を一人でしたかったが、出来なかった。

確かに支払いはさせて貰えるが、侍女も従者も離れない。

それどころか騎士まで5人も居る。


⦅浅はかだった。

 貴族の令嬢って一人で買い物にも出られないってこと……。

 ちょっと考えたら分かるはずなのに……焦ったのよね。

 もう時間は余り残されてないから……。⦆


どうしたら屋敷を出られるのか、分からないまま日だけが過ぎて行く。

焦る、焦るのだ。

12歳。12歳の時に婚礼の日を迎える。

テレーゼとして目覚めた前の時、12歳の婚礼の日だった。

今回は、テレーゼとして目覚めたのが前よりも早かった。

婚礼の日が迫っている。

そんな焦る毎日でもテレーゼを演じた。

何も気取られないように演じた。

功を成したのか、テレーゼの両親は「結婚するまで、どんな我儘でも聞く。だが、この()は我儘を言わないな。もっと甘えていいんだ。」と言っている。

テレーゼが家出をしたら一番悲しむ人たちだと分かっていても、出なければ斬首刑が待っている。


ある日、屋敷に商人がやって来た。

大きな箱の中に商品を一杯入れている。

シュタウフェンベルク伯爵夫妻が買った商品の納品だった。

その中にはテレーゼを採寸して仮縫いも終えて縫い上げられた美しいドレスの数々もあった。

大きな箱から数々の商品が出されると、箱の中は空になった。

私が入れる箱の大きさ。


⦅成功するかどうか分からないけど、もうコレしかないわ。⦆


「お父様、お母様。」

「なぁに? テレーゼ。」

「何なんだ? 言いなさい。」

「弟達とかくれんぼして遊んでいいかしら?」

「かくれんぼ?」

「ええ。」

「テレーゼが考えた遊びかい?」

「……はい。」⦅そういうことにしておこう。⦆

「お姉様、どんな遊び?」

「お姉ちゃま……遊ぼ。」

「お父様、お母様、宜しいでしょうか?」

「いいよ。」

「お願いがあります。」

「何だ?」

「この大きな箱を遊んでいる間、使いたいのです。」

「この箱を?」

「はい、沢山あるので、隠れられます。」

「危なくないか?」

「危なくありませんわ。」

「そうか……では、いいかな? 使っても?」

「はい。伯爵様の思し召しの通りに………。」


⦅やった! 後は上手くこの箱に隠れて出る。

 上手く誤魔化さないと……。

 弟達を利用するしかないわ。ごめんね。⦆


弟達にかくれんぼの遊び方を教えた。

①鬼は数を数えてから「準備が終わっていなくても、探しに行っちゃうよ!」と言って探す。

②見つけたらタッチすること。タッチされたら、された人が鬼になること。

弟達は目を輝かせた。

侍女や従者たちには日常の仕事をして貰うよう頼んだ。

出来る限り子ども達だけで……遊ぶ。

そして、チャンスが巡って来た。

商人達と両親が別室で商談をするために、遊んでいる子ども達の前から離れたのだ。

夕食の準備などで見ていた侍女達も従者達も、それぞれの仕事を始めて、弟達と3人になった。


「疲れたわ。眠そうね。」

「大丈夫……です。」

「だい………。」

「早く部屋で寝なさい。一緒に行きましょうね。」


運良く二人とも午睡の時間になった。

今しかチャンスは無い。

侍女に弟達を委ねて、伝えた。


「私も部屋で休みます。

 入って来ないで、疲れたから……。」

「はい、承知致しました。」


侍女に抱かれて寝てしまった下の弟の額に優しく口づけを落とし、侍女に手を引かれている上の弟にも「お休みなさい。」と声を掛けて優しく額に口づけをした。

部屋に戻り、ドレスを脱いだ。

この時の為に侍女から貰った服を着た。

そして、持てる限りの宝石を手にした。 

急ぎ、あの大きな箱がある部屋に入った。

幸いにして誰にも会わなかった。

部屋の中にも誰も居ない。

⦅今だっ!⦆――私は箱に入った。

そして、箱に入っていた布を私は被った。

息を潜めてシュタウフェンベルク伯邸から商人達が出る時を待った。

動き出した。

そして、どこかに置かれた感覚があり、直後に馬車に揺られている感じがした。


⦅出られる!

 出られても、この箱から……どうやって出ようか?⦆


侍女から貰った服。

あの時、「それが欲しい。」と強請(ねだ)った。

両親は驚いたが、許してくれた。

侍女には別の真新しい服が用意された。

あの貰った服に私はポケットを付けた。

母親に頼んで布を貰い、その布でポケットを付けた。

ポケットに刺繍も施した。

母親がポケットが付いた服を「まぁ、可愛いわ。上手に刺繍も刺せましたね。」と大喜びだった。

どこかに運ばれて行く間、私はシュタウフェンベルク伯爵夫妻の愛を感じていた。

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