8,守護の大樹
翌日、天気のよい中、私はジャンの案内で街を案内してもらうことになった。
最初、妹のユノも一緒に行くと言っていたが、店に人手が足りないと言うことで、留守番になった。
ヴェーナムの街は、人間の国エミュート王国の北に位置しており,慈念樹の森に隣接している。実は慈念樹の森と呼ばれる場所は正式にはもっと北側に位置して、慈念樹の森を囲うように通常の森がある。まぁ、慈念樹の森自体、森人によって強力な結界が張られているし、その森に生息している魔獣も通常の森で出会う比ではない強さだから、よっぽどの無鉄砲な者でなければ行くことはないのだが、通常の森には人が採集や狩りのためによく訪れる。私達がジャンに出会ったのもこの通常の森だ。ヴェーナムは、森からの恵み、他の人間の国から遠いため争い事なども少なく、商人・職人達から好まれて、王国の3番目に数えられるくらいの大都市になっていた。
実際、街中ではしっかりとした歩道が両脇にあった上で、大型馬車がゆったりすれ違えるほどの大通りが、碁盤の目のようにあり、建物も昔の簡易的な木造建築だったものが5階建ての建物が立ち並んでいた。
「ミズ、ここがこの街のメイン通りだよ。大抵のものはここで揃うけど、食べ物系は市場がもっと良いものがあるからそっちも楽しみにしてな。」
ジャンは、なんとも誇らしそうに紹介してくれた。
その姿を見ると、昔のヴェーナムを知る私としてはなんだか嬉しくなった。
様々な店にある商品を眺めながら大通りを散策していると、何か懐かしい、心が何故か惹かれる気配がしてきた。なんだろう、この感じ。気配の方向を探していると、大通りのさきの建物の上から緑が見えてきた。
「ねぇ、ジャン。あの建物から見えるのって…。」
「あっ、気づいた?この先をもうちょっと行ったところだからさ、びっくりするよー!」
しばらく歩いて行くと、突然開けた場所に青々とした葉がみっちりと繁った大樹がそびえ立っていた。
「これって…。私の気!?」
「ミズ、ここって昔、私達が住んでた場所じゃない?それに、この木さ、明らかにミズの気を持ってるよね。」
レルが私の耳元で驚いている。
「ううん、そうだね…。私が住んでた時そんな木、生えてたっけ?っていうか、なんで私の気を持っているの?なんか怖いんだけど。」
私とレルがこのなんとも異次元な大樹を唖然と見上げていたら、
「ミズ、この木、すっげえだろう!この街のシンボルなんだよ。この樹が幾度もこの街を救ってくれたらしくてさ。そこからこの街は『守護都市ヴェーナム』って言われてるんだぜ!」
「へ、へぇ。すごいねぇ…。」
何がどうなってるのか。明らかに私の気を放ってるこの大樹は、私が以前住んでいた場所から生えており、どうやったか知らないが、この街を救ってるらしい。なんかちょっと気恥ずかしいわ。
その後、市場へ移動し、珍しい食材やらレルが好きな果物を沢山買い込んで宿へ戻った。
「レルさぁ、今日一日ヴェーナムを見てどう思った?」
私は宿の部屋でくつろぎなから、買ったばかりの大きな果実を美味しそうにかぶりついているレルに今日の感想を聞いてみた。
「うーん、いい街になったよね。すっごく平和だしさ。食べ物も豊富だし、人も優しいし。ただ、あの木は気になるね。あれ多分、ミズがあそこに残した気を吸収して大きくなったやつだね。まぁ、いうなればミズの分身ってやつ。ミズが近くにきたからそれに反応して、ずっと葉がワサワサしてたし。ミズがこの街にいる間は、気を吸いたい放題だから、まだまだ大きくなるんじゃない?」
えー、それってまずいんじゃぁ…。
「とりあえず、すっごく大切にされてるみたいだから、良かったじゃん。嫌なこともあったけど、ミズはこの街好きだったもんね。」
そうだ、最後は逃げるようにこの街を出たけど、ずっと私は街の人から可愛がられていたんだ。今更ながら、いい思い出もあったのに、私のトラウマがこな街の印象の全てに塗り変わってしまっていた。
あの大樹は、私に代わってずっと思い出と街を守ってくれていたんだね。
今度、大樹のところに行ったら、ありがとうぐらいちゃんと言わなきゃね!
「レル。私さ、この街でパンケーキ屋さんやりたいと思ってるんだ!」
「…随分唐突だね。パンケーキって、ミズが時々作ってくれるふわふわのやつでしよ?あれ、美味しいもんねぇ。」
「今日いろいろ見てみて、ケーキかクッキーは売ってたけど、パンケーキみたいなものはなかったからさ、ちょうどいいかも思って。私一人でやるから、店よりも屋台でやってみようかなぁと。」
大通りの店は、メイン通りじゃなくても費用がかなりかかるとジャンの母メリサさんから聞いて、それなら市場近くにある屋台街でやろうってことになった。ジャンと街散策から帰って、メリサさんやジャンの父ザックにパンケーキ屋のことを相談したら、あれこれとアドバイスをしてくれ、そのお礼にパンケーキを焼いてあげたら、すごく評判が良くて安心した。今までいろんなところで作ってはいたが、いかんせ人間じゃない者達ばっかりで、評価も様々だったからちょっと不安だったのだ。特に妖人達は、甘さが足りんと貴重なハチミツをこれでもかとかけまくって非常に腹がたったからさ。それじゃ、ハチミツの味しかしないし、自慢のフワフワ感が台無しじゃん!って。
もう二度と奴らには食わせん!
それからしばらくはパンケーキの材料の仕入れ、トッピング決め、ザックさん達の紹介で屋台の場所、屋台を作ってくれる職人さんとの打ち合わせで慌ただしく過ごした。
そして、とうとう出店当日を無事に迎えた。




