11. 市長ロイドの視点
「あの店か?」
ロイドは、昨日秘書のダンから聞いていた噂の屋台から少し離れた場所からその様子を見ていた。
その店はまだ開店前にも関わらず、すでに数人がその前に並んでいた。
「評判に違わぬ繁盛ぶりだな。」
店主らしき女性が慣れた手つきで次々と材料を奥から出し、客に見えるように並べていた。
「なるほど。材料をみせるように置くことで、客が選びやすいようにしているのか。」
ロイドはその手際の良さに見惚れていたが、徐々に人が増えはじめたことに焦り、自分も並ぶために店に向かって歩き始めた。
今朝、この店に視察に行くことを妻と娘に伝えると、今までにない圧力で購入をねだられた。しかもどこで知ったのかトッピングなるものまで厳密に指定されたが、二人の要望が細か過ぎて、慌てて執事にメモ書きさせたぐらいだ。
もしまた買えなかったと言ったら、きっと大変なことになるだろうことをロイドは理解していた。
ロイドが10人目くらいのところに並んだところで店主が、
「おはようございまーす!お待たせしました。パンケーキ屋『メイプル』 開店しまーす。お待ちの間にこちらに紙とペンが置いてあるので、順番に購入希望のメニューとそのトッピングに丸を付けてお持ちください。」
どうやらこの待っている時間に買いたいものを決めさせておくらしい。繁盛店らしい配慮だ。
しばらくするとロイドの順番になり、紙を見ると、文字と絵が書かれていた。なるほど、これなら文字が読めないものでも選ぶことができる。
このパンケーキ屋は、丸い形をしたちょうど大人の手のひらサイズのパンケーキを何枚購入するのか、そのあとトッピングの有無、いる場合どれにするのか選ぶ方式らしい。
ロイドは、妻リクエストのパンケーキ3枚にバナナ・チョコ・生クリームのもの、娘リクエスのパンケーキ4枚にトッピング全部のせを選んだ。全部のせの場合、季節限定の貴重な果物も選べるらしくなかなかの人気らしい。
ロイドも最初は妻達の分だのつもりだったが、店に陳列している果物が美味しそうで、自分と一応秘書のダンの分も購入することにした。
30分ほど待つとようやくロイドの番になった。
「お待たせしました。購入希望リストの紙をいただけますか?」
「あぁ、これだ」
「はーい。少々お待ちくださいね。」
そう言うと店主が既に焼き上がっているパンケーキを用意していた個数分の箱に詰め、それぞれのトッピングを乗せていった。瞬くまに4人分のパンケーキを完成させた。
「こちらの箱は、特別な魔法がかかっておりますので、本日中でしたら出来たてを食べることができますので、安心してくださいね。ただ、ふたが開いてますと効果がなくなるので必ずふたを閉めて保存してくださいね。」
「えっ、魔法!?」
ロイドは驚きのあまり固まってしまったが、後ろには行列ができていることに気づき、すぐにお金を払い、店から離れた。
「こんな使い捨てのものに時限付きの保存魔法をかけるなんて…。」
ロイドは、考え込むようにそのまま家門付きの馬車に乗り込むと、一度帰宅した。執事が玄関扉を開けると、妻と娘が待ち構えていて、購入してきた箱を見て今まで見た事のないぐらいの喜びの顔で迎えられた。
箱のことを説明しようとしたら、
「そのことなら大丈夫ですわ。もちろん私達は知っていましたから。このあと、お友達の家で試食会なんですの。あなたもこれから仕事でしょ?では、私達は失礼しますね。」
妻達はそういうと箱を侍女達に預け、出かける準備のため自室に戻っていった。
その代わり身の早さになんとも言えない気持ちになった。
ロイドが市庁舎に着くとそこでもダンが満面の笑みで待っており、心得ておりますっていう態度でお茶の用意をし始めた。
ロイドも半ば呆れぎみだったが、実際パンケーキの味がすごく気になっていたので、そのままダンとティータイムになった。
「市長,どうでした?すごい人気だったでしょう?
パンケーキの値段もそこそこするんですけど、決して平民の我々でも買えない値段ではないから、常に行列が絶えないんですよね。』
「あぁ、あれはすごいな。人気もすごかったが、店の仕組み自体がよく考えれていたよ。あと、この持ち帰りの箱、知ってるか?」
「あぁ、なんか特別仕様でいつでも出来立てで食べられるんですよね? それより早くこのパンケーキ、いただきましょう。」
ダンによって箱から皿に移されたパンケーキは、見事に焼き立てのように湯気がたち、その横に添えられているフルーツは温かいパンケーキの横にあったとは思えないほど冷えていて、その温度差が絶妙な味わいを出していた。
これは行列が絶えないわけだ。本日中なら常に出来立てで食べられるから、旅人や 商人も1日の距離なら気軽に持って帰れる。それを食べた人から噂になり、また新たなファンが増える。
そもそもパンケーキ自体、既に焼いてあったようで、大量のパンケーキをどうやって保存しているのか。うーん、ただの料理人ではなさそうだ。
店主は黒髪・黒目のこの国では珍しい色をしていた。彼女の手際の良さばかりに気を取られていたから気づくのが遅かったが、もう一つ気になることがあった。箱を受け取る際に、彼女の左肩にぼんやり薄く発光するなにかが見えたのだ。一瞬だったので、見間違いかとも思ったがどこかでこれに似た記述を見た記憶があったような…。
「市長、どうしたんですか?お口に合いませんでしたか?それなら私が…。」
「いや、考え事だ。それにしても美味しいな。これほどとは。妻達にも買っていったのだが、きっとまたねだられるだろうな。」
「そうですね。女性のみならず、普段甘いものを食べない男性にも果物の組み合わせが人気と聞いてます。」
早々に食べ終えたダンは、「他の職員には内緒にしてくださいね。バレたら大変なので」と念押して市長室を出て行った。
「まったく誰も彼もがこのパンケーキの虜だな。」
夕方、家の執事がミザーム家に関わる仕事の決済書類を持って市長舎に訪れた際、ふと気になっていることを聞いてみた。
「なぁ、『ぼんやりした発光するもの』って聞いたことないか?どこかでそういったことが書かれているものを昔、読んだ気がするんだが。」
「あぁ、それならミザーム家始祖の書の大魔女様がこちらで暮らされていたときに命を救われた初代ミザーム家当主のひいお婆様から幼少の頃聞いた話として載っていたと記憶しております。たしか『大魔女様は村では珍しい黒髪黒目をしている可愛らしいお嬢さんだった。ひぃばあがよく大魔女様の話をすると、肩にいらした妖精さんは果物が大好きだったとよく話ていた。ひぃばあには白くぼんやりと発光した光にしか見えないことが残念だった』と。」
「それだ!えっ、黒髪・黒目で妖精さん…。
…!! 大変だ、皆に知らせないと!」
ロイドはドンっと椅子から勢いよく立ち上がり、執事を驚かせた。
「旦那様、どうなされたのですか?」
「私は今から、屋台街まで行ってくる。いや、もう夕方だからとっくに閉店しているか。明日の朝?、いや開店の邪魔をしていけないな。すまない、ダンを呼んできてくれ。明日の予定を変更すると。あと、緊急で調べて欲しい事があると伝えてくれ。」
「かしこまりました。ご家族にも何かご伝言はございますか?」
「いや、妻達には私から夜に直接話す。」
仕事の出来る優秀な執事はそれだけ聞くと軽く礼をして、急ぎ足で退出した。
ロイドは、天を仰ぐように顔を上げ、深く椅子に体を預けた。
「あぁ、とうとう私の代で悲願が叶うのか?いや、まだそうだと決まったわけじゃない。でも、これだけの条件が揃うことなんて他にありえるのか?それにしてもあの少女のような女性が…。」
ロイドは興奮とこれから自分がしなければいけないことの重大さに手が震えていた。




