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フールの大冒険 ~聖なるマップを手に、異世界でまだ見ぬ両親を探します~  作者: ☆☆アダム☆☆


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第93話 戻ってきた兄貴でぷ

「フール」


オラクルに呼ばれて湖から振り返ると、赤と黄色はすでにチェック兄貴の両側へ回り、緑も私を支えられるよう隣まで来ていた。


「いつまでも見送ってたい気持ちは分かるが、怪我人が二人いる。まず王宮へ戻るぞ」


「あっ……そうだった!」


「忘れてただろ」


「忘れてないよ! ちょっとシャイニーたちを見送ってただけ!」


オラクルは疑うような目を向けたあと、私の右足へ視線を落とした。


「だったら、その足で一人で歩こうとすんな。今度また悪化させたら、治療役のゴブリンに俺から全部言うからな」


「それはやめて!」


治療室では、痛みが強くなったらすぐにやめるよう散々注意されたばかりだ。それなのにレースだけでなく、エドガーとの戦いでも何度も右足へ負担を掛けたと知られたら、今度こそ本気で怒られる気がする。


私が慌てていると、緑がすぐに腕を差し出してくれた。


「フールちゃんは緑に掴まるでぷ。今日はもう絶対に走っちゃ駄目でぷよ」


「分かった。ありがとう」


私は素直に緑の肩を借りた。


反対側では、チェック兄貴も赤と黄色に身体を支えられている。拘束されていた痕はまだ腕や身体に残り、自分だけで歩くにはかなり辛そうだった。


「兄貴も大人しくするでぷ」


「分かってるでぷ」


「絶対に走っちゃ駄目でぷよ」


「俺は最初から走れる状態じゃないでぷ」


「じゃあ安心でぷ!」


「安心するところがおかしいでぷ……」


そんな三匹のやり取りに笑いながら、私たちは王宮へ向かって歩き始めた。


湖の周囲では、アクアリヴァイアスを見て逃げていたゴブリンたちが少しずつ戻ってきていた。岩陰や木の後ろから恐る恐る顔を出し、本当に巨大な幻獣が消えたのか確かめてから、一匹、また一匹とこちらへ近づいてくる。


最初に声を掛けてきたのは、さっき釣り竿まで置いて逃げていたゴブリンだった。


「さ、さっきの巨大な魔物はどこへ行ったでぷ?」


「魔物じゃないよ。アクアリヴァイアスっていう幻獣で、私たちを助けてくれたの」


「助けてくれたのでぷ?」


「うん。すっごく優しい子だよ」


ゴブリンは静かになった湖と私の顔を何度か見比べた。


「でも、ものすごく大きかったでぷ……」


「大きいけど優しいんだってば!」


「フールちゃん、さっき本人にも同じ説明してたでぷ」


黄色に言われ、周囲から笑い声が起きた。


その声で緊張が解けたのか、隠れていたゴブリンたちも次々に集まってくる。巨大な幻獣が現れた理由を知りたそうに質問が飛んできたけれど、湖のほとりでエドガーや二体の悪魔、《幻獣種召喚の本》のことまで全部説明している場合ではない。


何より、チェック兄貴と私の治療が先だった。


オラクルも同じ判断だったらしく、集まったゴブリンたちへ声を掛ける。


「詳しい話は王宮でする。まず治療役を呼んでくれ。こっちは怪我人が二人だ」


「分かったでぷ! すぐ呼んでくるでぷ!」


一匹のゴブリンが王宮へ向かって走り出した。


その背中を見送りながら、私は遠くの岩山へ目を向けた。


あの中には、まだエドガーがいるかもしれない。


ベルガとゼルグも《アクア・ノヴァ》で傷つけただけで、倒したわけではなかった。シャイニーたちとの別れで少し緩んでいた気持ちが、そのことを思い出した途端に引き締まる。


「オラクル。エドガー、追ってこないかな」


「可能性はある。だが、すぐには来ねえと思うぞ」


「どうして?」


「あいつ自身かなり消耗してたうえに、ベルガとゼルグも無傷じゃねえ。それに俺たちを追うなら、まず《蒼海門》がどこにつながったのか探さなきゃならねえ。あの様子じゃ、俺たちがこの湖へ出ることまでは分かってなかっただろ」


確かに、エドガーが見ていたのは私たちが《蒼海門》へ入るところまでだ。その先の不思議な海路を通り、ゴブリン王国近くの湖へ出たことまでは知らないはずだった。


それでも安心しきるわけにはいかない。


「王宮に着いたら、すぐ知らせたほうがいいね」


「ああ。白銀たちにもな。チェックが襲われた以上、もう俺たちだけの問題じゃねえ」


その名前が出たところで、チェック兄貴の表情から笑みが消えた。


「……俺と白銀がレースを見てた場所を、あいつは知ってたでぷ」


私はチェック兄貴を見る。


「エドガーが来たときのこと、覚えてる?」


「覚えてるでぷ。白銀と一緒に試練場でフールちゃんたちのレースを見てたでぷ。レースが終わったあとも少し残ってたら、急に黒い靄が広がって、あいつが出てきたでぷ」


「最初からチェック兄貴だけを狙ってたの?」


「たぶん違うでぷ。最初は俺と白銀を二匹とも捕まえようとしてたと思うでぷ。でも白銀が逃げてくれたから、捕まったのは俺だけだったでぷ」


だから白銀は、私たちが優勝の宴をしていたところまで知らせに来られた。


もし二匹とも捕まっていたら、私たちはチェック兄貴が襲われたことすら知らなかったかもしれない。


「それでエドガーは、《幻獣種召喚の本》を持ってこいって言ったんだよね?」


「そうでぷ。捕まったあとも、本のことを何度も聞かれたでぷ。でも俺はフールちゃんが何を持ってるか全部知ってるわけじゃないでぷから、何も答えられなかったでぷ」


「知らなくてよかった……」


本当にそう思った。


もしチェック兄貴が《幻獣種召喚の本》について詳しく知っていたら、エドガーは情報を聞き出すために、もっと酷いことをしていたかもしれない。


けれど、その話を聞いたことで新しい疑問も生まれた。


「でも、何でエドガーは私が《幻獣種召喚の本》を持ってるって知ってたんだろう」


誰もすぐには答えなかった。


☆5《幻獣種召喚の本》を手に入れたのは、このゴブリン王国へ来てからだ。景品交換所で交換したあと、私たち自身でさえ何に使う本なのか分かっていなかった。


それなのにTIME No.4のエドガーは、本の存在だけでなく、私が持っていることまで知っていた。


TIMEがどこまで私たちの行動を把握しているのか分からない。


オラクルが煙草を口元へ運びかけ、ここが王都へ続く道だと思い出したのか、火をつけずにそのまま戻した。


「そこも含めて王宮で整理するぞ。今ここで考えても材料が足りねえ。推測だけで答えを決めたら、余計に分からなくなる」


「うん」


分からないことは増えた。


どうしてTIMEは《幻獣種召喚の本》を欲しがっているのか。エドガーはどこで私が本を手に入れたことを知り、アクアリヴァイアスの姿を見たときに何を言いかけたのか。


聞きたいことはたくさんある。


でも今は、答えを追いかけて無理をする場面じゃない。


チェック兄貴は助けた。


本も守った。


まずは全員で安全な場所へ戻り、怪我を治す。それから落ち着いて考えればいい。


私は緑の肩を借りながら、一歩ずつ王宮へ向かった。


しばらく進むと、前方から何匹ものゴブリンがこちらへ走ってくるのが見えた。先頭には治療道具を抱えたゴブリンたち、その後ろには武器を持った王宮の兵士たちが続いている。


そして、その中に見覚えのある白銀色の姿があった。


「あっ!」


私が声を上げるより早く、向こうもこちらに気づいた。


「チェック兄貴!」


白銀が兵士たちの横を抜け、一気に駆けてくる。


チェック兄貴の姿を見つけた瞬間、さらに速度を上げた。


「白銀!」


赤と黄色が少しだけ左右へ場所を空ける。


白銀はチェック兄貴の前まで来ると、何かを言おうとして口を開いたけれど、すぐには声が出なかった。


目の前にいるチェック兄貴の姿を見たからだ。


服は何か所も破れ、腕や身体には黒い拘束で締めつけられていた痕が残っている。自分の足だけではまともに歩けず、赤と黄色に両側から支えられてようやく立っていた。


白銀の顔が歪んだ。


「……ごめんでぷ」


チェック兄貴が首を傾げる。


「何で白銀が謝るでぷ?」


「俺だけ逃げたでぷ。チェック兄貴を置いて、自分だけ逃げたでぷ……」


「違うでぷ」


チェック兄貴は、白銀が最後まで言い終える前にはっきり否定した。


「白銀が逃げたから、フールちゃんたちに知らせられたでぷ。二匹とも捕まってたら、誰も俺がどこにいるか分からなかったでぷ」


白銀は俯いたまま、両手を強く握っている。


チェック兄貴は赤の肩から片腕を離し、少し身体を傾けながら白銀の頭へ手を置いた。


「よく逃げたでぷ。あの状況で逃げ切って、ちゃんと助けを呼んでくれたでぷ」


「……兄貴」


「白銀が来てくれなかったら、俺はまだあそこにいたでぷ。だから、そんな顔するなでぷ」


白銀はしばらく何も言えなかった。


やがて顔を上げ、大きく一度だけ頷いた。


「……はいでぷ」


私はその様子を見ながら、胸の奥が少し温かくなるのを感じた。


白銀が宴まで知らせに来てくれたから、私たちは間に合った。メリーが服の中へ隠れて一緒に近づいてくれたから、チェック兄貴の拘束を壊すことができた。


赤と黄色がすぐに助けへ走り、緑が何度も魔法で援護し、オラクルがエドガーと二体の悪魔の動きから弱点を見つけてくれた。


そして最後には、《人魚の旋律》と《幻獣種召喚の本》がつながり、シャイニーとアクアリヴァイアスが来てくれた。


誰か一人でもいなかったら、同じ結果にはならなかったと思う。


治療役のゴブリンたちがチェック兄貴のところへ駆け寄り、傷の状態を確認し始めた。


「拘束された痕がかなり残ってるでぷ。すぐ王宮へ運ぶでぷ」


「歩けるでぷ」


「歩けてないでぷ」


「……はいでぷ」


チェック兄貴が大人しくなったところで、治療役の一匹がこちらを向いた。


目が合う。


その視線が私の顔から、緑に支えられている身体へ下がり、最後に右足で止まった。


右足。


私の顔。


もう一度、右足。


嫌な予感がした。


「フールちゃん」


「……はい」


「治療室で何て言ったか覚えてるでぷ?」


声は優しい。


だから余計に怖かった。


「痛みが強くなったら、すぐにやめる……」


「その足で何をしたでぷ?」


「えっと……レースをして、そのあと少し歩いて……」


治療役のゴブリンは何も言わずに待っている。


「……ちょっとだけ戦った」


オラクルが横から淡々と補足した。


「悪魔から逃げようとして何回か踏み込んで、攻撃の衝撃で転んで、それでも最後まで右足を使ってたな」


「オラクル!」


「事実だろ」


治療役のゴブリンの眉がぴくりと動いた。


「王宮へ戻ったら、じっくり話を聞くでぷ」


「……はい」


赤たちが必死に笑いを堪えている。


「笑わないでよ!」


「笑ってないでぷ!」


「赤、顔が完全に笑ってる!」


「これは安心してる顔でぷ!」


「絶対嘘!」


久しぶりに、怖くないことで困った。


エドガーを前にしていたときは、次に何が起こるのか分からないことが怖くて仕方なかった。それに比べれば、治療役に怒られるくらい何でもない。


そう思えることが、少し嬉しかった。


治療役たちはすぐに担架を用意し、チェック兄貴を横にさせた。続いて私のところにも簡易椅子が運ばれてくる。


「私は緑に掴まれば歩けるよ?」


「駄目でぷ」


「でも、王宮までそんなに遠くないし――」


「駄目でぷ」


「……はい」


今度は逆らわなかった。


緑に手伝ってもらいながら簡易椅子へ座り、《幻獣種召喚の本》と《人魚の旋律》が入った鞄を膝の上へ置く。


兵士と治療役に囲まれ、私たちは再び王宮へ向かって進み始めた。


運ばれながら振り返ると、湖はもう遠くなり始めていた。


シャイニーもアクアリヴァイアスも、そこにはいない。


それでも鞄の中には、二人が刻まれた最初のページがある。


《登録 1/6》。


残された白紙は五つ。


そこに誰が現れるのか、今はまだ分からないし、どこへ行けば出会えるのかも知らない。でも、《人魚の旋律》とシャイニーたちがつながったように、旅を続けていればいつか新しい出会いが意味を持つときが来るのかもしれない。


私は膝の上の鞄を大切に抱え直した。


楽しみは増えた。


でも、それより先に考えなければならないこともある。


エドガーが《幻獣種召喚の本》を狙った理由。


私が本を持っていると知っていた理由。


そして、TIMEが私たちのことをどこまで知っているのか。


答えはまだ何も分からない。


だからこそ、今は勝手に決めつけない。


まずは治療して、チェック兄貴の話をもっと詳しく聞く。それから、みんなで考えればいい。


そう決めて前を向くと、王宮の大きな門が少しずつ近づいてきた。


門の前には、いつもより多くの兵士が集まっている。白銀から襲撃の話を聞いていたらしく、何匹もの兵士が岩山の方向を警戒しながら武器を構えていたけれど、私たちの姿を確認するとすぐに左右へ道を空けた。


「チェック殿が戻ったでぷ!」


「治療室を空けるでぷ!」


「王様にも知らせるでぷ! TIMEが王国の中まで入ってきたでぷ!」


声が次々と飛び交い、王宮の空気が一気に慌ただしくなる。


チェック兄貴を乗せた担架が先に大門を通り、白銀もその横を離れずについていった。赤と黄色も一緒に行こうとしたものの、兵士や治療役が何匹も集まっているため、邪魔にならないよう少し後ろへ下がっている。


「兄貴、大丈夫でぷ?」


「さっきから何回聞くでぷ。大丈夫じゃないから担架に乗せられてるでぷ」


「じゃあ大丈夫じゃないでぷ!」


「今それに気づいたのでぷ?」


「兄貴、死なないでぷよ!」


「急に話を大きくするなでぷ!」


黄色まで担架の反対側から顔を覗き込んだ。


「もし死んだら、兄貴の貯金は黄色が預かるでぷ」


「絶対にお前には渡さないでぷ!」


「元気そうで安心したでぷ」


「それを確認するために言ったのでぷ!?」


黄色が悪びれもせず頷き、赤と緑が笑う。


私も笑いかけたところで、右足が僅かに疼いた。


「っ……」


すぐ近くを歩いていた治療役が聞き逃さなかった。


「今、痛かったでぷね?」


「……ちょっとだけ」


「王宮に着いたら、ちょっとじゃなく全部調べるでぷ」


「はい……」


オラクルが横で笑いを堪えている。


「オラクル、楽しんでない?」


「気のせいだ」


「絶対楽しんでる!」


そんなやり取りをしながら大門をくぐった瞬間、身体からまた少し力が抜けた。


広い中庭。


王宮の旗。


石造りの回廊。


行き交うゴブリンたち。


見慣れてきた景色が目に入る。


ここなら、少なくとも今すぐベルガの《獄爪》が頭上から振り下ろされることはないし、ゼルグの影が足元から迫ってくることもない。


本当に帰ってきたんだ。


「……疲れた」


思わず本音が漏れた。


肩に座っていたメリーが、心配そうに私の顔を覗き込む。


『フール、眠い?』


「ちょっとだけ。でも、その前に治療だね」


『寝ながら治療』


「それ、いいかも」


「治療役に怒られてる最中に寝られるなら大したもんだ」


オラクルが言った。


「怒られるって決まってないでしょ!」


私の椅子を運んでいた治療役のゴブリンが振り返る。


「怒るかどうかは、足を見てから決めるでぷ」


「……優しくお願いします」


「ちゃんと反省してたら考えるでぷ」


「反省してます!」


「まだ診てもいないのに早いでぷ」


後ろから赤たちの笑い声が聞こえた。


王宮の中へ入ると、チェック兄貴と私はそのまま治療室へ運ばれた。


白い布で仕切られた広い部屋には何台もの治療台が並び、薬草や消毒液の匂いが漂っている。チェック兄貴は奥の治療台へ運ばれ、私はその隣へ座らされた。


赤、緑、黄色、白銀は部屋の端で待つことになり、オラクルも邪魔にならない位置へ車椅子を移す。


「じゃあ、まず右足を見るでぷ」


「はい」


治療役が固定具を外し、巻かれていた包帯を慎重に解いていく。


一枚。


二枚。


傷が見えてくるにつれ、治療役の表情が変わっていった。


私はそれを見ないふりをして天井を眺める。


「……フールちゃん」


「はい」


「こっちを見るでぷ」


「天井に面白い模様があるよ」


「ないでぷ」


「よく見たらあるかも」


「ないでぷ。こっちを見るでぷ」


仕方なく顔を戻す。


治療役は私の右足を指差した。


「最初より腫れてるでぷ」


「……やっぱり?」


「『やっぱり』じゃないでぷ!」


声が一段大きくなった。


赤たちが部屋の端で肩を震わせている。


「何で分かってて無理したでぷ!?」


「だって、チェック兄貴を助けないといけなかったから……」


「レースもしたでぷね?」


「……しました」


「そのあと悪魔のところまで行ったでぷね?」


「行きました」


「逃げるときに右足で踏み込んだでぷね?」


「何回か……」


「攻撃の衝撃で転んだでぷね?」


「……はい」


治療役は額へ手を当てた。


「治るものも治らなくなるでぷ」


今度は何も言い返せなかった。


レースの途中から右足が痛んでいたのに、私は何度も踏み込んだ。エドガーとの戦いでは、チェック兄貴を助けようとして走ろうとしたし、悪魔の攻撃を受けたときには転んで傷へさらに負担を掛けた。


あのときは、それしかないと思っていた。


それでも、もっと悪化していたら本当に動けなくなっていたかもしれない。


「……ごめんなさい」


私が素直に謝ると、治療役の表情が少しだけ緩んだ。


「助けに行ったことを怒ってるわけじゃないでぷ。でも、自分まで動けなくなったら助けられるものも助けられなくなるでぷ」


「うん」


「しばらく絶対安静でぷ。走るのは禁止、長く歩くのも禁止、痛みがなくなったからって勝手に動くのも禁止でぷ」


「三つも……」


「全部ほとんど同じことでぷ!」


隣の治療台から笑い声が聞こえた。


「フールちゃん、怒られてるでぷ」


チェック兄貴だった。


「チェック兄貴も人のこと言えないでしょ!」


「俺は捕まってただけでぷ」


「それ自慢することじゃないよ!」


「確かにそうでぷ」


チェック兄貴自身も笑った。


ただ、その身体には何人もの治療役がついていた。


破れた服を外し、腕や胴体に残った黒い拘束の痕を一つずつ確認している。幸い大きな傷はなさそうだったけれど、締めつけられていた部分は紫色に変色し、細かな傷もかなり多い。


白銀は治療台の近くで、その様子を黙って見ていた。


チェック兄貴がそれに気づく。


「白銀」


「何でぷ?」


「もうそんな顔しなくていいでぷ」


「……してないでぷ」


「してるでぷ」


白銀は答えなかった。


チェック兄貴は少し困ったように笑った。


「俺はこうして戻ってきたでぷ。白銀が助けを呼んだからでぷ」


「でも――」


「でもは禁止でぷ」


「そんなルールないでぷ」


「今作ったでぷ」


白銀がようやく少し笑った。


その顔を見て、チェック兄貴も満足そうに目を閉じる。


治療室の空気が少しだけ柔らかくなった。


私の右足には冷たい薬が塗られ、新しい包帯が丁寧に巻かれていく。傷そのものは悪化しているけれど、すぐにどうにかなる状態ではないらしい。それを聞いて、ようやく安心できた。


「これで終わり?」


「今日の治療は終わりでぷ。でもフールちゃんは終わりじゃないでぷ」


「え?」


「絶対安静でぷ」


「覚えてるよ!」


「忘れそうだから何度でも言うでぷ」


「そんなに信用ないの!?」


部屋の端からオラクルが答えた。


「ないな」


「オラクルには聞いてない!」


赤が手を上げる。


「赤もないでぷ!」


「緑も少し心配でぷ」


「黄色はフールちゃんが走るほうに十コイン賭けるでぷ」


「賭けないでよ!」


「じゃあ二十コインでぷ」


「増やすな!」


治療室に笑い声が広がった。


怒られているのに、不思議と嫌じゃなかった。


みんながここにいるからだ。


私は治療台へ身体を預け、枕元へ置いてもらった鞄へ目を向けた。


中には《幻獣種召喚の本》。


そして《人魚の旋律》。


第一の幻獣種は登録された。


チェック兄貴も戻ってきた。


それでも、今回の出来事はこれで全部終わったわけじゃない。


エドガーは逃げた。


いや、逃げたのは私たちのほうだ。


あの人が何を知っているのか、TIMEがなぜ本を欲しがっているのか、まだ何も分からない。


私はオラクルを見る。


「ねえ。治療が終わったら、みんなで話したい」


オラクルは私が何を言いたいのか分かっていたらしい。


「ああ。チェックにも、襲われたときのことを最初から聞く必要がある。それに王にも報告しなきゃならねえ」


チェック兄貴も治療台から頷いた。


「覚えてることは全部話すでぷ」


「白銀も話すでぷ。エドガーが来たときのこと、覚えてるでぷ」


二匹が揃えば、私たちが知らなかった襲撃の最初から確認できる。


私は鞄を見つめた。


その中にある本一冊を手に入れるために、TIME No.4はチェック兄貴を人質にした。


ただ欲しかっただけとは思えない。


何か理由がある。


「絶対、何かあるよね」


私が呟くと、オラクルが頷いた。


「ああ。だが今日は勝手に答えを作るな。分かってることと、分かってねえことを分けるぞ」


「うん」


そのとき、治療室の扉の向こうから何匹もの足音が近づいてきた。


兵士の声がする。


「王様がお見えになったでぷ!」


私は治療台の上で身体を起こしかけた。


すぐに治療役が肩を押さえる。


「絶対安静でぷ」


「まだ何もしてないよ!」


「今、起きようとしたでぷ」


「話すだけ!」


「寝たまま話せるでぷ」


「……はい」


扉が開いた。


王を先頭に、何匹もの兵士が治療室へ入ってくる。


いつも宴で見せていた明るい表情はない。


王は最初にチェック兄貴を見て、それから私たちへ視線を移した。


「何があったのか、最初から聞かせてほしいでぷ」


治療室の笑い声が止まった。


私はオラクル、白銀、チェック兄貴の顔を順番に見る。


そして最後に、枕元の鞄へ目を向けた。


楽しかったレースは終わった。


第一の幻獣種とも出会った。


けれど、TIMEが《幻獣種召喚の本》を狙った理由は、まだ何一つ分かっていない。


私は王へ向き直った。


「うん。全部話すよ」


ゴブリン王国を襲った黒い影について、私たちはようやく落ち着いて向き合うことになった。

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