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フールの大冒険 ~聖なるマップを手に、異世界でまだ見ぬ両親を探します~  作者: ☆☆アダム☆☆


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第69話 正体不明の景品

《聖なるマップ》から伸びた淡い光は、何度確かめても防護壁の向こうにある古びた本を指していた。


私は地図と本を交互に見比べた。表紙に題名らしい文字はなく、背表紙にも何も刻まれていない。豪華な剣や宝石に囲まれているせいで、見た目だけなら古本屋の隅に置かれていてもおかしくないほど地味なのに、本を囲む警備だけは明らかに異常だった。


四匹のゴブリンが一定の間隔を空けて立ち、その内側を幾重もの魔法陣が取り囲み、さらに分厚い透明な防護壁が本を完全に隔離している。


「やっぱり、あの本に反応してる」


私が呟くと、オラクルが車椅子の背もたれへ身体を預けたまま《聖なるマップ》を覗き込んだ。


「これだけはっきり指してるなら間違いなさそうだな。名前は出てねえのか?」


「うん。《冒険アルバム》にもまだ何も増えてない」


まだ手に入れていないからなのか、それとも別の理由があるのかは分からない。《聖なるマップ》は、あの本に何かがあることだけを私たちへ伝えているようだった。


近くにいた係員へ尋ねてみても、返ってきた答えは曖昧だった。


「正確には、《ものすごく貴重な物》だとしか聞いてないでぷ。かなり昔からカジノで保管されてるでぷけど、中身を勝手に確認することは禁止されてるでぷ」


「ここで管理してるのに?」


「防護壁も魔法陣も、正式に景品として渡すとき以外は解除しちゃ駄目でぷ。直接触るのも禁止でぷ」


現在働いているゴブリンたちが決めたわけではなく、ずっと昔からその規則だけが引き継がれているらしい。過去には勝手に中身を調べようとした者もいたそうだけれど、誰に止められたのかさえ今では分からないという。


黄色も、昔から非常に貴重な景品が保管されているという話を聞いたことがある程度で、王子である彼にも本の正体は知らされていなかった。


オラクルは防護壁の向こうを眺めながら眉を寄せる。


「誰も中身を知らねえのに、警備だけは最高級ってわけか。ますます怪しいな」


私も同じことを思った。


《聖なるマップ》が反応している以上、このまま何もせず立ち去る気にはなれない。


「これ、どうしたら貰えるの?」


係員が防護壁の横に掲げられた札を指差した。


そこに書かれていた数字を一度読んだものの、理解できずにもう一度最初から数え直す。


《交換必要数――カジノコイン一〇〇万枚》


「……百万枚!?」


思わず声が大きくなった。


少し前に見た珍しいカードは一万枚前後、高そうな魔導具でも数万枚だった。それなのに、この名前さえ分からない古びた本だけは百万枚を要求している。


「ゼロ一個多くない?」


「昔から百万枚でぷ」


「交換した人いるの?」


「少なくとも、俺が働き始めてからはいないでぷ」


だからずっと残っているのだ。


厳重な警備だけが理由ではなく、そもそも交換条件を満たせる者がほとんど現れない。


私は黄色へ尋ねた。


「今、私たちが使えるコインって何枚?」


黄色は小さな袋を取り出し、中身を確認した。


「五百枚でぷ」


「五百から百万……」


「二千倍にすればいいでぷ!」


「簡単に言わないでよ!」


ところが黄色は、もう頭の中で計算を始めていた。


「最初に五百枚全部賭けて二倍にすれば千枚でぷ。次も全部賭けて二千、その次で四千、八千、一万六千、三万二千――」


「黄色、待って。最初に負けたら?」


黄色が黙った。


「五百枚全部なくなるよね?」


「……次で取り返すでぷ」


オラクルの目が細くなった。


「コインが全部なくなったのに、何で次があるんだよ」


「あっ」


「《あっ》じゃねえ」


黄色は少し気まずそうに鞄を抱え直したものの、すぐに「じゃあ半分残して、負けたら残りを賭けて取り返すでぷ」と言い直した。


「それも駄目だ。勝った後の数字しか見えてねえぞ」


オラクルの声は、さっきまでより少し真剣だった。


「負けた分を取り返すためだけに賭け金を増やし始めたら止まれなくなる。さっき樽に入ってた奴と同じだ」


私は、服まで賭けてしまったゴブリンを思い出した。


《次に勝てば全部取り戻せる》。


あのゴブリンも、まったく同じことを言っていた。


「黄色、カジノ好きなのはいいけど……今のはちょっと怖いよ」


「……ごめんでぷ」


緑も黄色の隣から諭す。


「本を取るために来たのに、最初に全部なくしたら意味ないでぷ」


赤も真剣に頷いた。


「お金なくなったら肉も買えないでぷ」


「赤、それは今関係ないでぷ」


「大事でぷ」


少しだけ空気が緩んだ。


結局、勝負をするなら一回で全額を賭けないこと、負けた分を取り返すためだけに賭け金を上げないこと、使う額には必ず上限を作ることを約束した。


黄色は百万枚の札を名残惜しそうに見つめてから、渋々頷く。


「……守るでぷ」


私はその返事を聞き、もう一度防護壁の向こうにある本へ目を向けた。


「私、あの本欲しい。何なのか分からないけど、《聖なるマップ》がこれだけ反応してるなら、手に入れて確かめたい」


黄色も今度は落ち着いた顔で頷いた。


「じゃあ、みんなで増やすでぷ」


「うん。みんなでね」


◇


それから私たちは、カジノの遊び方を知るため、五百枚の元手から少額ずつ勝負してみることにした。


緑はカード勝負で意外な強さを見せた。相手が出したカードをかなり細かく覚えているらしく、残っている札を考えながら勝負している。


反対に赤はルールを半分しか理解していない。


「赤、そのカード今出しちゃ駄目!」


「強そうだから出したでぷ!」


「強ければいつでもいいわけじゃないよ!」


「難しいでぷ!」


ところが、なぜか肝心なところでは強い札を引く。


黄色は勝つたびに「次は倍でぷ!」と言い出し、そのたびオラクルから止められていた。


私も簡単なゲームへ参加してみた。左右どちらかの箱に小さな玉が入っているかを当てるだけの遊びで、肩に乗ったメリーが箱をじっと見ている。


『右』


「分かるの?」


『なんとなく』


言われた通り右を選ぶと、本当に玉が入っていた。


「当たった!」


『パン買える?』


「目的そこなの?」


大勝ちはなかったけれど、小さく勝って、小さく負けて、また少し勝った。気づけば最初の五百枚は七百枚を少し超えるところまで増えている。


「増えた!」


私が喜ぶ横で、黄色だけは不満そうだった。


「これじゃ百万枚まで遠すぎるでぷ。この速さだと、おじいちゃんになるでぷ」


「私はならないよ!」


オラクルも七百枚ほどになったコイン袋を見てから、カジノ全体へ視線を巡らせた。


「確かに、このままじゃ話にならねえな」


黄色の目が輝く。


「全部賭けるでぷ?」


「何でそうなるんだよ。勝負を増やす前に、情報を買ったほうが早いかもしれねえ」


「情報?」


「こういう場所に毎日のようにいる奴なら、どの勝負が稼ぎやすいとか、いつ大きな勝負があるとか知ってるだろ」


私はすぐ一匹思い出した。


「……布団の人?」


オラクルの顔が露骨に嫌そうになった。


「他にいねえのか?」


黄色は首を横へ振る。


「あいつ、かなり長い時間ここにいるでぷ。カジノのことは詳しいと思うでぷ」


「仕方ねえな」


◇


スロットの並ぶ一角へ戻ると、布団ゴブリンはさっきとまったく同じ場所にいた。ただし今度はスロットすら回しておらず、布団を鼻の辺りまで被り、枕へ頭を沈めて完全に眠っている。


「カジノで何しに来てんだ、こいつ」


オラクルが呆れながら声を掛けても反応しない。赤が布団を揺らすと「むにゃ……次は勝つでぷ……」と寝言を言うだけで、黄色が硬貨を耳元で鳴らしても耳が僅かに動いただけだった。


「惜しいでぷ!」


「何が惜しいんだよ」


オラクルは周囲を見回し、近くの台に置かれた客用の水差しで視線を止めた。


嫌な予感がした。


「オラクル?」


「フール、そこのコップ取ってくれ」


「何するの?」


「起こす」


「普通に起こしてよ」


「普通じゃ起きねえだろ」


私は少し迷ったものの、結局コップを渡した。


オラクルはほんの少しだけ水を入れると、布団ゴブリンの顔へ軽くかけた。


「冷たいでぷッ!?」


布団ゴブリンが勢いよく飛び起きた拍子に、布団が大きくめくれ、枕が宙を飛んで赤の頭へ落ちた。


「何するでぷ!?」


「起きたな」


「起こし方がおかしいでぷ! 普通に呼ぶでぷ!」


「何回呼んでも起きなかっただろ」


「もっと優しく呼ぶでぷ!」


「カジノに布団持ち込んで爆睡してる奴に言われたくねえよ」


布団ゴブリンは濡れた顔を布団の端で拭きながら、オラクルを睨んだ。


「車椅子の兄ちゃん、酷い奴でぷ……」


「その呼び方やめろ」


「じゃあ車椅子でぷ?」


「もっと悪くなってんだろ!」


私は吹き出した。


布団ゴブリンは不満そうに「寝るのに忙しかったでぷ」と言い張ったものの、オラクルが帰ろうとすると慌てて呼び止めた。


そこでオラクルは正体不明の本については伏せ、百万枚必要な景品を狙っていること、元手五百枚を七百枚ほどまで増やしたものの、このままでは到底届かないことだけを話した。


布団ゴブリンの眠そうだった目が、少しだけ変わる。


「効率よく増やせる勝負の情報が欲しいでぷ?」


「ああ。毎日のようにここにいるなら、何か知ってるだろ」


「毎日じゃないでぷ」


「じゃあ何日いる?」


布団ゴブリンは指を折り始めたものの、途中で止まった。


「……だいたい毎日でぷ」


「毎日じゃねえか」


黄色が身を乗り出す。


「詳しいでぷ?」


「どの台が出てるとか、誰が強いとか、特別な勝負がいつあるとかは知ってるでぷ。ここで寝てると色々聞こえてくるでぷ」


「寝ながら?」


「寝てても耳は働いてるでぷ」


オラクルは少し考えてから言った。


「なら、情報を買う」


その言葉を聞いた途端、布団ゴブリンの目が輝いた。


「タダじゃないでぷ」


黄色がすぐにコイン袋を抱える。


「いくらでぷ?」


布団ゴブリンは指を二本立てた。


「二百コインでぷ」


「高いでぷ!」


今あるのは七百枚を少し超えた程度だ。五百枚からようやく増やしたのに、二百枚払えばほとんど最初の元手へ戻ってしまう。


黄色はすぐに値切り始めた。


「五十でぷ!」


「百八十でぷ」


「六十でぷ!」


「百七十でぷ」


「七十でぷ!」


「百六十でぷ」


「ちょっと待って! 普通に交渉成立してるけど、そもそも情報が役立つか分からないよ!」


私が止めると、オラクルが布団ゴブリンへ尋ねた。


「二百枚分の価値があるって言い切れるのか?」


「あるでぷ」


「外れたら?」


「返さないでぷ。情報は聞いたら返せないでぷ」


オラクルの口元が僅かに動いた。


「なるほどな」


黄色はまだ納得していなかったけれど、オラクルは今のやり方で二百枚増やすために使った時間を指摘した。


「何も知らないまま片っ端から勝負するより、知ってる奴から情報を買って無駄な勝負を減らしたほうがいい。二百枚を賭けるのも、二百枚で情報を買うのも、コインを使うことに変わりはねえ」


「でも情報は増えないでぷ」


「その情報で後から増やすんだよ」


私もそれなら納得できた。賭けて負ければ何も残らないけれど、情報なら少なくとも知識は残る。緑と赤も賛成し、最後には黄色も渋々二百枚を払うことになった。


ただし、最後の一枚だけは指を離さなかった。


布団ゴブリンが引っ張る。


黄色も引っ張る。


「払うって決めたでしょ!」


「最後のお別れでぷ……」


「コイン一枚に別れを惜しまないで!」


ようやく黄色が指を離すと、布団ゴブリンは二百枚を確認して布団の中へ大切そうにしまった。


「毎度ありでぷ」


「それで?」


オラクルが促す。


「二百枚分、話してもらおうか」


布団ゴブリンは周囲を一度確認し、少しだけ声を落とした。


「今から普通のスロットとかルーレットだけで百万枚まで増やすのは、まず無理でぷ。でも、このカジノには時間や日によって、普通の台より一気に増やせる特別な勝負が開かれるでぷ」


黄色の目が輝き始めた。


「大きく増えるでぷ?」


「増える可能性はあるでぷ。でも負けたら普通に減るでぷ」


「それでいいでぷ!」


「よくないよ!」


布団ゴブリンは黄色の勢いに少し引きながらも、話を続けた。


「今日の午後、一階の奥で特別テーブルが開くでぷ。いつでもやってる勝負じゃないから、知らない客は普通に帰っちゃうでぷ」


「どんな勝負?」


私が尋ねると、布団ゴブリンは口を閉じた。


それから、ゆっくり片手を差し出す。


「そこから先は追加料金でぷ」


「二百枚払ったばっかりでしょ!」


「二百枚は《特別な勝負がある》って情報代でぷ」


「高すぎるよ!」


黄色が私より先に前へ出た。


「十コインでぷ!」


「百でぷ」


「十五!」


「九十!」


「二十!」


「八十!」


「待って、また始めないで!」


二匹の間へ入ろうとしたところで、オラクルが呆れたように口を開いた。


「そもそも、特別テーブルまで行けば係員に聞けるんじゃねえのか?」


全員が黙った。


黄色が布団ゴブリンを見る。


布団ゴブリンも黄色を見る。


私も二匹を見る。


「……聞けるでぷ」


「じゃあ追加料金いらないじゃん!」


布団ゴブリンは残念そうに手を引っ込めた。


「惜しかったでぷ……」


「今、普通に騙そうとしただろ」


オラクルが睨む。


「商売でぷ」


「それを騙すって言うんだよ」


「車椅子の兄ちゃん、細かいでぷ」


「お前にだけは言われたくねえ」


それでも、特別テーブルの情報自体は本当らしい。


布団ゴブリンは二百枚を受け取った責任なのか、それとも単に私たちについてくるのが面白くなったのか、「場所まで案内するでぷ」と布団を丸め始めた。


敷いていた布団を器用に畳み、紐で縛って背負う。さらに枕まで小脇に抱えた。


「枕も持っていくの?」


「途中で眠くなるかもしれないでぷ」


「同じ建物の中だよ?」


「睡魔は距離を選ばないでぷ」


「なんか格好いいこと言ってるけど、ただ眠いだけだよね?」


『メリーも眠くなったら借りたい』


「貸すでぷ」


「仲良くなってる!」


メリーと布団ゴブリンの間には、私の知らないところで妙な友情が生まれ始めていた。


◇


布団ゴブリンに案内され、一階の奥へ向かう。


先頭を歩く黄色は、もう百万枚を手に入れたような顔をしていた。その後ろを赤と緑が歩き、私の肩にはメリー、さらに赤が押す車椅子へオラクルが座り、最後を布団と枕を背負ったゴブリンがついてくる。


通りすがりの客が何度もこちらを見る。


「ねえ、私たちすごく見られてない?」


「三王子様いるからでぷ」


布団ゴブリンが答える。


「たぶんそれだけじゃないと思う」


王子三匹。


赤い髪の女の子。


小さな精霊。


車椅子に座った男。


布団を背負ったゴブリン。


自分で考えても、かなり変な集団だった。


オラクルも同じことを思ったらしい。


「何だこの一行……」


「オラクルも入ってるよ」


「分かってるから嫌なんだよ」


そんな私たちの前に、また見たことのない勝負が現れた。


透明な箱の中に、五匹の小さな虫がいる。細長いコースの反対側には餌が置かれ、客たちが虫の番号へコインを賭けていた。


「何これ?」


「《虫ダッシュ》でぷ」


黄色が説明する。


「最初に餌まで行った虫が勝ちでぷ」


「三番でぷ!」


布団ゴブリンが突然言った。


「分かるの?」


「三番、今日調子いいでぷ」


少しだけ見てみることにした。


合図と同時に五匹の虫が走り出す。


一番と二番が先頭。


三番もその後ろを追う。


「三番来るでぷ!」


布団ゴブリンが身を乗り出した。


ところが三番は、途中で隣を走っていた四番へ飛びかかった。


二匹がその場で喧嘩を始める。


「何してるの!?」


「性格までは予想できないでぷ!」


結局、誰も注目していなかった五番がのんびり餌まで辿り着いて勝った。


「これに情報料払わなくてよかった……」


「今日は機嫌悪かったみたいでぷ」


「虫の機嫌まで読まなきゃいけないの?」


さらに進むと、今度は二つの巨大な氷が台の上へ置かれていた。


周囲には客が一人しかいない。


その一人も寝ている。


「これは?」


「どっちの氷が先に全部溶けるか当てる勝負でぷ」


「……見て待つだけ?」


「そうでぷ」


布団ゴブリンの目が輝く。


「素晴らしい勝負でぷ」


「お前向けだな」


オラクルが即答した。


「寝ながら結果待てるでぷ」


「もうここに住めば?」


「ちょっと考えるでぷ」


「考えないで!」


別の一角では、サイコロを振るたびに客全員が決められた踊りをしなければならないゲームが開かれていた。理由を聞いても「昔からそういうルールでぷ」としか教えてもらえず、さらにその隣では、負けた客の顔へ突然水が飛んでくる遊びまである。


水を浴びたゴブリンが悲鳴を上げた。


布団ゴブリンが笑う。


「負けたでぷ」


オラクルがそちらを指差す。


「お前もやってこいよ」


「俺はもう今日、水浴びたでぷ!」


「無料だったぞ」


「頼んでないでぷ!」


私は笑いながら歩いた。


さっき二階で百万枚という数字を見たときは、本当にそんな量を集められるのか不安しかなかった。でもカジノの中を歩いていると、次から次へと変な勝負が現れて、落ち込んでいる暇もない。


だからこそ、少し気をつけないといけないとも思った。


楽しい。


もう一回。


次なら勝てる。


そんな気持ちが重なると、黄色がさっき言っていたように、いつの間にか負けたときのことを考えなくなるのかもしれない。


黄色を見ると、ちょうどサイコロの台へ近づこうとしていた。


「黄色」


「見るだけでぷ!」


「本当に?」


「……一回だけなら」


「駄目!」


黄色は大人しく戻ってきた。


オラクルが笑う。


「フール、お前が一番いい監視役かもしれねえな」


「ずっと黄色見てないと危ないよ!」


「信用ないでぷ……」


「さっき全部賭けようとしたからだよ!」


反論できなくなった黄色は、黙って前を向いた。


◇


やがて布団ゴブリンが足を止めた。


「ここでぷ」


目の前には、他の遊び場より広く区切られた一角があった。


今はまだ客を入れないよう柵で閉じられている。その向こうでは何匹もの係員が大きな緑色の卓を準備し、カードやコインを丁寧に並べていた。


入口には大きな札が立っている。


《本日午後――特別勝負開催》


その下には参加条件も書かれていた。


《最低参加料 一〇〇コイン》


「本当だった……」


私が呟くと、布団ゴブリンが少し得意そうに胸を張った。


「だから言ったでぷ」


黄色はすでに参加料の文字しか見えていない。


「百コインなら、今のコインで五回くらいできるでぷ!」


「五回やる前提で考えるな」


オラクルがすぐ止める。


「まず一回だ。ルールを聞いて、勝ち方があるのか見てから決める」


「慎重すぎるでぷ」


「お前が危なすぎるんだよ」


そのやり取りを聞いていた布団ゴブリンが、オラクルを横目で見た。


「車椅子の兄ちゃん、ギャンブル好きじゃないでぷ?」


「好きじゃねえよ」


「なのに、さっきから賭ける前のことばっかり考えてるでぷ」


「賭ける前だから考えるんだろ。負けてから考えても遅えよ」


布団ゴブリンが黙った。


ほんの少しだけだったけれど、表情が変わったように見えた。


最初は車椅子に座っているから何となく大物っぽいと言っていただけだった。


でも今は、オラクルが何を言うのかをちゃんと聞いている。


「……変な兄ちゃんでぷ」


「布団背負ってるお前に言われたくねえ」


「それはそうでぷ」


「認めるのかよ」


二匹のやり取りに、私は笑った。


まだ二人は出会ったばかりだ。


布団ゴブリンもオラクルの名前さえまともに呼んでいない。


それでも、最初に会ったときとは少しだけ距離が変わっている気がした。


私は柵の向こうへ視線を戻した。


係員たちが特別テーブルの準備を続けている。


元手は五百コイン。


少しずつ増やして七百枚を超えたけれど、情報料として二百枚を使ったため、手元に残ったのは再び五百枚ほど。


目標は百万枚。


まだ二千分の一しかない。


数字だけ見れば、正直どうすれば届くのかまったく分からない。


それでも、最初とは違う。


何も知らずに片っ端から勝負するのではなく、二百枚を使って情報を買い、次に挑む場所を見つけた。


オラクルが言っていた通り、コインは減ったけれど何も失ったわけではない。


私は手元の袋から一枚だけコインを取り出した。


小さな一枚。


これを百万枚まで増やすなんて、考えるだけなら馬鹿みたいな話だ。


でも――防護壁の向こうで《聖なるマップ》が反応した、あの古びた本が気になる。


「やってみよう」


私が言うと、黄色が嬉しそうに頷いた。


「絶対百万枚にするでぷ!」


「だから《絶対》って言うと危ないんだって!」


「じゃあ、できるだけ百万枚にするでぷ!」


「急に弱くなった!」


赤と緑が笑い、肩の上ではメリーまで楽しそうに羽を動かしている。


オラクルは車椅子の背もたれへ身体を預け、準備中の卓をじっと見ていた。その少し後ろでは、布団ゴブリンも枕を抱えたまま同じ場所を見つめている。


百万枚までは、まだあまりにも遠い。


それでも私たちは、ようやく闇雲に賭ける以外の一歩を踏み出した。


そして午後。


最初の《特別勝負》が始まる。

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