第66話 王家の再会
治療室の大きな扉が開くと、最初に数人のゴブリン兵が入ってきた。
左右へ分かれた兵士たちの間から姿を現したのは、他のゴブリンより一回り大きな身体をした一匹だった。深い色の立派な衣装をまとい、頭には王冠を載せている。年齢を重ねた顔には王としての威厳があったけれど、部屋へ入ってから一度も私たちへ目を向けず、視線は三つの寝台へ真っすぐ注がれていた。
聞かなくても分かった。
この人がゴブリン王。そして、赤、緑、黄色のお父さんだ。
「……お父さんでぷ」
赤が小さな声で呟いた。
緑は本を胸元へ抱えたまま姿勢を正し、黄色も大事にしていた鞄をそっと寝台の脇へ置いた。ついさっきまで「逃げるでぷ」と騒いでいた三匹が、嘘みたいに静かになっている。
けれど、王様の後ろから入ってきたのは兵士だけではなかった。
三匹のゴブリンが続いて治療室へ姿を現す。
それを見た途端、赤たちの表情が変わった。
「お姉ちゃんでぷ!」
最初に駆け寄ってきたのは、ピンクだった。
治療役に「走ったら危ないでぷ!」と止められて慌てて速度を落としたものの、その視線は弟たちから一度も離れない。赤の腹に巻かれた布、緑の固定された右肩、黄色の膝を順番に確認すると、無事に生きていることへ安心したように息を吐いた。
しかし、それも一瞬だった。
「三人とも、何してきたでぷ!?」
治療室へ大きな声が響いた。
「ちょっと色々あったでぷ……」
赤が答えると、ピンクの眉が吊り上がる。
「色々で済ませないでぷ! 三人が帰ってきたって聞いて急いで来たら、全員担架で運ばれたって言われたでぷ! どれだけ心配したと思ってるでぷ!」
「ご、ごめんでぷ……」
「赤だけじゃないでぷ。緑も黄色もでぷ!」
「ごめんでぷ」
「俺も悪かったでぷ……」
三匹が揃って謝る。
街では王子として大勢のゴブリンたちから迎えられていたのに、お姉さんの前では普通の弟にしか見えなかった。
その後ろから、残る二匹も近づいてきた。
「お兄ちゃんたちも来たでぷ!」
黄色が声を上げる。
一匹はチェック。もう一匹は白銀と呼ばれているらしい。
チェックはすぐに三匹へ駆け寄るのではなく、少し離れた位置から怪我の状態を確かめたあと、ようやく寝台のそばまで歩いてきた。
「三人とも無事だったのはよかったでぷ。でも、この怪我についてはあとでちゃんと話を聞くでぷ」
声は穏やかなのに、赤たちが揃って視線を逸らす。
白銀はさらに静かだった。
赤の腹、緑の肩、黄色の膝を順番に見たあと、今度は少し離れた寝台にいるオラクルへ視線を向ける。胸と背中を固定されている姿をしばらく観察すると、低い声で尋ねた。
「……相当強い相手と戦ったでぷ?」
オラクルが白銀を見る。
「ああ」
「やっぱりでぷ」
白銀はそれ以上聞かなかった。
私は三匹の兄姉を順番に見た。
ピンクは弟たちを心配して怒っているお姉さん。
チェックと白銀はお兄さん。
そこまでは分かる。
でも、街で出会った普通のゴブリンたちとは何かが違った。
三匹とも立ち方に隙が少ない。
それだけではない。
ピンクの指には、ハートを思わせる意匠の不思議なリングがある。チェックは文字の刻まれた小さな駒を持ち、白銀のそばには淡い輝きを帯びた小さな聖杯が置かれていた。
どれも、ただの装飾品には見えなかった。
私が見ていることに気づいたのか、赤が少し得意そうな顔をする。
「フールちゃん、紹介するでぷ!」
「うん」
「ピンクお姉ちゃんでぷ。それからチェックお兄ちゃんと白銀お兄ちゃんでぷ!」
「初めまして。フールです」
私が頭を下げると、三匹の視線がこちらへ集まった。
ピンクが私の顔を見たあと、赤い髪に留めている飾りへ一瞬だけ目を向ける。
「この子がフールちゃんでぷ?」
「そうでぷ!」
なぜか赤が答えた。
緑も嬉しそうに続ける。
「ずっと一緒に旅してるでぷ。今回もグラティスまで一緒だったでぷ」
黄色も頷いた。
「大事な仲間でぷ」
その言葉に、少しだけ照れてしまう。
「赤たちには私も何度も助けてもらってるよ」
ピンクは弟たちを見てから、もう一度私を見る。
「三人と一緒にいてくれてありがとうでぷ」
「ううん。私のほうこそ」
チェックも軽く頭を下げた。
白銀は多くを喋らなかったけれど、さっきより少しだけ表情が柔らかくなったように見えた。
緑は続けてオラクルを紹介する。
「こっちがオラクルでぷ。色んなこと知ってるでぷ」
「その紹介、雑だな」
「間違ってないでぷ」
「まあいいけどよ」
最後に緑が、小さな籠を指差した。
「それからメリーちゃんでぷ。魔法すごいでぷ!」
柔らかな布の上では、メリーがまだ横になっている。そのすぐ隣には、街で約束してもらったパンが置かれていた。
『……パン』
ピンクが目を丸くした。
「起きてるでぷ?」
「半分くらい」
私はパンを少しだけちぎり、メリーへ渡してあげた。
メリーは両手で受け取り、大事そうに胸元へ抱える。
チェックがその姿を見て笑った。
「可愛いでぷ」
『パン、いる?』
「くれるでぷ?」
メリーは自分から聞いたくせに、しばらくパンとチェックを交互に見た。
そして、パンを自分の胸へ引き寄せる。
『……だめ』
「駄目でぷ!?」
「メリーがパンを分けるのはかなり難しいよ」
治療室に笑い声が広がった。
さっきまで王様が入ってきたことで固まっていた赤たちの表情も、少しだけ緩んでいる。
私はもう一度、ピンクたちへ目を向けた。
さっき気になった三つの道具は、やっぱり目を引いた。
特に白銀のそばにある聖杯は、何もしていないのに表面へ淡い光が流れている。
「それ、何?」
私が尋ねると、白銀は聖杯へ視線を落とした。
答えるより先に、緑が口を開く。
「お兄ちゃんたち三人は、ゴブリン王国の《試練の守護者》でぷ」
「試練の守護者?」
初めて聞く言葉だった。
赤も得意そうに頷く。
「すごく強いでぷ!」
「赤たちより?」
「全然強いでぷ!」
そこまで迷いなく言われるとは思わなかった。
ピンクが苦笑する。
「弟たちが勝手に自慢してるでぷ」
チェックは手にしていた駒を指先で一度だけ転がした。
「この国には、挑む者の力を見るための試練があるでぷ。俺たちは、その試練を守る役目を持ってるでぷ」
私は三人を見る。
ピンク。
チェック。
白銀。
それぞれが持っている三つの道具。
何となく関係があるような気がした。
「どんな試練なの?」
私が尋ねると、白銀は少しだけ笑った。
「それは、挑むことになったときに知ればいいでぷ」
「教えてくれないの?」
「先に全部知ったら、試練にならないでぷ」
「それもそうか……」
今のところ、私がその試練へ挑む理由はない。
だから深く考えなかった。
ただ、三人が普通の王族ではないことだけは覚えておこうと思った。
そのとき、部屋の空気が少し変わった。
さっきまで一言も発していなかった王様が、三匹の寝台へ歩き始めたのだ。
ピンクたちも自然に道を空ける。
赤の顔が引きつった。
緑は本をさらに強く抱き締め、黄色もさっき横へ置いた鞄へ手を伸ばしかけて、諦めたように手を戻した。
王様は三匹の前で立ち止まった。
しばらく何も言わない。
視線だけが、赤の腹、緑の肩、黄色の膝を順番に確認していく。
赤たちは完全に固まっていた。
「……お父さん?」
王様が大きな手を持ち上げた。
三匹が同時に目を閉じる。
「怒られるでぷ!」
けれど、その手が三匹を叩くことはなかった。
王様は赤の頭へ手を置いた。
それから緑。
最後に黄色。
一匹ずつ、本当にそこにいることを確かめるように頭を撫でていく。
「……よく帰ってきたでぷ」
三匹が目を開いた。
王様の声は低かったけれど、怒ってはいなかった。
「三人とも生きて帰ってきたでぷ。それで十分でぷ」
赤が何か言おうとして、口を閉じる。
緑も黄色も同じだった。
王様は三匹を見ながら、ゆっくり息を吐いた。
「本当に心配したでぷ」
その言葉を聞いた瞬間、三匹の表情が変わった。
赤が小さく言う。
「……ただいまでぷ、お父さん」
緑と黄色も続いた。
「ただいまでぷ」
「帰ってきたでぷ」
王様は三匹の頭へもう一度手を置いた。
「おかえりでぷ」
私は少し離れた場所から、その光景を見ていた。
街のみんなから何度も聞いた「おかえり」とは、少し違って聞こえた。
家族から返される言葉。
私もいつか、お父さんとお母さんを見つけたら――。
そこまで考えたところで、王様の表情がゆっくり変わった。
優しかった目が細くなる。
赤たちも同時に気づいた。
「……お父さん?」
王様は腕を組んだ。
「さて。帰ってきたことは嬉しいでぷ。生きていたことも、本当に嬉しいでぷ」
「はいでぷ……」
三匹の声が小さくなる。
王様は三匹の怪我をもう一度見た。
「それと、何で三人揃ってこんな怪我をして帰ってきたのかは――まったく別の話でぷ」
赤、緑、黄色が同時に私を見た。
嫌な予感がした。
「フールちゃん!」
「私を巻き込まないで!」
「一緒に説明するでぷ!」
「自分たちで説明してよ!」
「仲間でぷ!」
「そういうときだけ使わないで!」
ピンクは口元を押さえて笑い、チェックも肩を揺らしている。静かだった白銀まで僅かに笑っていた。
王様だけは腕を組んだまま、三匹をじっと見ている。
どうやら、ゴブリン王国へ帰ってきて最初の大仕事は――カジノでも、試練でもないらしい。
まずは三匹のお父さんへ、グラティスで何があったのかを最初から説明しなければならないようだった。




