第64話 初めてのゴブリン王国
城門をくぐった途端、私はどこを見ればいいのか分からなくなった。
外から見ても大きな国だとは思っていたけれど、中へ入ると印象がまるで違う。幅の広い石畳の大通りが王城へ向かって真っすぐ伸び、その両側にはゴブリンたちの背丈に合わせた建物が隙間なく並んでいた。屋根や壁には赤や黄色、青など色鮮やかな布が飾られ、頭上に渡された何本もの旗が風を受けて揺れている。
通りには店も多く、山積みにした野菜や果物を売る露店、大きな鍋から湯気を立ち上らせている料理屋、武器や防具を壁いっぱいに並べた店、何に使うのか分からない道具ばかり置いている店まで続いていた。あちこちから店主の呼び声が飛び、荷車の車輪が石畳を鳴らし、その間を小さな子供のゴブリンたちが元気よく走り回っている。
さらに少し先からは、肉を焼く香ばしい匂いまで流れてきた。
「すごい……!」
ゴブリンの国と聞いて、私はもっと暗い場所を想像していた。洞窟の中に家が並んでいたり、薄暗い地下に街が広がっていたりするのかと思っていたけれど、目の前にあるのはそんな場所とは正反対だ。
明るくて、賑やかで、どこからも楽しそうな声が聞こえてくる。
「フールちゃん、どうでぷ?」
担架に横になった赤が得意そうに聞いてきた。
「楽しい! もっと暗いところかと思ってた!」
すると三匹が揃ってこちらを見る。
「何でぷ、そのイメージ! ちゃんとした王国でぷ!」
「建物もいっぱいあるでぷ!」
「店もいっぱいあるでぷ!」
黄色だけ少し違う気がした。
「黄色にとっては、店がいっぱいあるのが大事なんだね」
「すごく大事でぷ」
迷いのない返事に、私は笑ってしまった。
城門から大通りへ入ると、さらに多くのゴブリンたちが集まってきた。三王子の帰還を知らせる鐘が鳴ったせいで、すでに街中へ話が広まっているらしい。
「赤王子様、おかえりでぷ!」
「緑王子様、また本いっぱい持ってるでぷ!」
「黄色王子様、旅先でもお金貯めてたでぷ?」
「もちろんでぷ!」
黄色がすぐに答える。
王子だからといって、住民たちは遠巻きに頭を下げているだけではなかった。もちろん敬われてはいるけれど、それ以上に三匹のことを昔からよく知っているらしい。
赤が食べることを好きなのも、緑が本好きなのも、黄色がお金を大切にしていることも、この国では当たり前のように知られている。
「みんな、赤たちのこと知ってるんだね」
「俺たちの国でぷから。生まれたときからいるでぷ」
「顔なじみいっぱいでぷ」
三匹にとっては当然なのだろう。
でも私には、それが新鮮だった。旅をしていると、知らない町へ行って知らない人と出会うことのほうが多い。こんなふうに街を通るだけで次々と知り合いから声を掛けられる場所が、三匹にはちゃんとあるのだ。
◇
しばらく進んだところで、赤が突然声を上げた。
「おじちゃんでぷ!」
身体を起こしかけた途端、腹の痛みを思い出したように顔を歪める。
「赤、動かない!」
「忘れてたでぷ……」
「怪我忘れることある!?」
赤が指差した先には、大きな肉の塊をいくつも吊るした店があった。店先では体格のいいゴブリンが大きな包丁で肉を切っていたけれど、こちらに気づくと目を丸くし、包丁を置いて慌てて飛び出してきた。
「赤王子様でぷ!? 緑王子様も黄色王子様もいるでぷ! 本当に帰ってきたでぷ!」
「ただいまでぷ!」
「でも何で三人とも担架でぷ!? また何したでぷ!」
「ちょっと色々あったでぷ」
「色々で済む怪我じゃないでぷ!」
そのやり取りだけで、赤とこの店主がかなり親しいことが分かった。
赤は嬉しそうに私を指差す。
「おじちゃん、紹介するでぷ。この子がフールちゃんでぷ! 俺たちと一緒に旅してるでぷ!」
突然紹介され、私は慌てて頭を下げた。
「初めまして。フールです」
「この子が王子様方と一緒に旅してるフールちゃんでぷか!」
「私のこと知ってるの?」
「王子様方が旅してる話は王国にも届いてたでぷ。赤い髪の女の子と一緒だって聞いてたでぷ!」
私が知らないところで、旅の話が少しだけ王国まで伝わっていたらしい。
緑もオラクルとメリーを紹介した。
「こっちがオラクルでぷ。それから、この小さいのがメリーちゃんでぷ」
緑に抱えられていたメリーが、眠そうに目を開ける。
肉屋のゴブリンは笑顔で聞いた。
「メリーちゃん、肉食べるでぷ?」
『パン』
「ここ肉屋でぷよ?」
『パン……』
思わず吹き出した。
「メリーはパンが大好きなの」
肉屋のゴブリンは少し考え、向かい側の店を指差した。
「それならパン屋に言っとくでぷ。王城まで届けてもらうでぷ!」
メリーの羽が僅かに持ち上がる。
『いっぱい』
「いっぱい頼むでぷ!」
「もう仲良くなってる……」
赤は満足そうに頷いた。
「このおじちゃんの肉、美味しいでぷ。元気になったらフールちゃんにも食べさせるでぷ!」
「うん、食べたい!」
「いっぱい食べるでぷ!」
「赤はまずお腹治してからね」
「分かってるでぷ……」
名残惜しそうに店先の肉を見つめる赤を乗せ、担架は再び動き始めた。
そこからも三匹の顔なじみは次々と現れた。緑がよく通っていたらしい本屋の店主は、姿を見るなり「新しい魔法の本入ってるでぷ!」と叫び、緑は怪我を忘れて担架から降りようとする。
「一冊だけ見るでぷ!」
「治療が先!」
「本読むのに肩使わないでぷ!」
「本持つとき使うでしょ!」
黄色が顔なじみの道具屋を見つけたときには、さらに反応が早かった。
「黄色王子様、珍しい物入ってるでぷ!」
「いくらでぷ!?」
「黄色!」
「値段聞いただけでぷ!」
「絶対買うつもりだったでしょ!」
「安かったら買うでぷ」
「やっぱり!」
店主まで楽しそうに笑っている。
三匹は店を見つけるたびに、私やオラクル、メリーを自分の知り合いへ紹介してくれた。私はこの国へ来たばかりなのに、気づけば何人ものゴブリンから「王子様方のお仲間でぷね」と声を掛けられるようになっていた。
初めて来た場所なのに、三匹のおかげで少しずつ知らない国ではなくなっていく。その感覚が、なんだか嬉しかった。
◇
さらに大通りを進んでいると、酒場の前から大きな歓声が上がった。
何事かと思って覗くと、店先に置かれた丸いテーブルを何匹ものゴブリンが囲んでいる。料理や飲み物に混じり、中央には何枚ものカードが並べられていた。
「あっ、カード!」
二匹のゴブリンが向かい合い、それぞれ手札を持っている。
「《岩トカゲ》で攻撃するでぷ!」
「《沼地のスライム》で守るでぷ!」
「またそれ出すでぷ!? さっきから全然倒せないでぷ!」
周囲から笑い声が上がる。
別のテーブルでもカード勝負をしており、人物、魔物、道具、場所など、いろいろな絵柄のカードが並んでいた。旅の途中でもカードそのものは何度も見てきたけれど、普通のゴブリンたちが酒場で盛り上がりながら遊んでいるのを見ると、この世界でカードがどれだけ身近なものなのかがよく分かる。
隣の卓には、小さな硬貨まで積まれていた。
黄色の目が輝く。
「賭けてるでぷ……」
「黄色、駄目だよ」
「まだ何も言ってないでぷ」
「顔に書いてあるよ」
「見るだけでぷ」
別の担架からオラクルが呆れた声を出した。
「お前が見てるだけで終わるわけねえだろ」
黄色は反論しなかった。
どうやら自覚はあるらしい。
カードで遊んでいたゴブリンたちも三王子に気づき、手札を持ったまま声を掛けてきた。
「王子様方でぷ! 帰ってきたでぷ!」
「怪我治ったらまた一緒にカードやるでぷ!」
「やるでぷ!」
黄色が即答し、赤まで楽しそうに身を乗り出した。
「俺もやるでぷ!」
「赤、ルール覚えてるでぷ?」
緑に聞かれ、赤は自信満々に答えた。
「強いカード出せば勝てるでぷ!」
「絶対分かってないでぷ」
私は笑いながらテーブルを眺めた。
「私もやってみたい!」
「教えるでぷ!」
緑がすぐ答え、黄色も続ける。
「賭け方は俺が教えるでぷ」
「それはいらない!」
また周囲から笑い声が上がった。
◇
酒場を通り過ぎた直後、鞄の中から淡い光が漏れた。
担架を運んでくれているゴブリンに少し待ってもらい、《聖なるマップ》を取り出す。地図を開くと、そこから連動している《冒険アルバム》が反応していた。
旅の中で関わった人物、魔物、道具、場所、出来事が自動的に記録されていく、私たち自身の冒険の記録だ。
ページがひとりでにめくられ、一つの場所で止まった。
そこには、旅の最初から一緒にいる三匹の記録がある。
《弱い三匹のゴブリン》
「まだ《弱い》でぷ……」
赤が不満そうに呟いた。
「今はもっと強くなったでぷ」
緑も頷き、黄色は別のところが気になるらしい。
「王子って書いてないでぷ」
その直後、ページが淡く輝いた。
三匹の絵を囲む光が強まり、《弱い三匹のゴブリン》という文字がゆっくり崩れていく。代わりに新しい文字が浮かび上がった。
《弱い三匹の王子》
私は数秒黙ってから、思わず吹き出した。
「王子になった!」
「《弱い》残ってるでぷ!」
赤が叫び、緑もすぐ抗議する。
「王子って分かったなら、《弱い》も一緒に消してほしいでぷ!」
黄色は文字をじっと睨みながら真剣な顔をした。
「このアルバム、見る目ないでぷ」
「でも《ゴブリン》から《王子》になったよ?」
「半分しか直ってないでぷ!」
「三人らしくていいと思うけど」
「よくないでぷ!」
三匹揃って抗議するので、私はますます笑ってしまった。
最初に《冒険アルバム》へ登録されたとき、三匹について分かっていたことは少なかった。でも旅を続け、三匹が王子だと知り、こうして実際に故郷へ帰ってきたことで、冒険の記録そのものが更新されたのだろう。
「もっと強くなったら、《弱い》も消えるんじゃない?」
その一言で三匹が静かになった。
赤が拳を握る。
「じゃあ、もっと強くなるでぷ! 次は《強い三匹の王子》にするでぷ!」
緑も本を抱え直した。
「俺もいっぱい勉強するでぷ!」
黄色は真剣な顔で言った。
「俺はもっとお金を貯めるでぷ!」
「黄色だけ方向違わない?」
「お金も力でぷ!」
三匹らしい答えだった。
ところが、《冒険アルバム》の更新はまだ終わっていなかった。
ページが再びひとりでにめくられ、何も記録されていなかった場所で止まる。そこへ白い光がゆっくり集まり、長い髪、穏やかな瞳、雪と氷を思わせる淡い輝きが描かれていった。
輪郭が完成する前に、誰なのか分かった。
「……セレスティアさん」
グラティスで出会った女神の姿がページの上へ浮かび、その下へ新しい文字が刻まれた。
《雪と導きの女神セレスティア》
さっきまで騒いでいた三匹も静かになった。
私はページに描かれたセレスティアを見つめながら、無意識に自分の髪へ手を伸ばした。指先に触れるのは、転移の直前にセレスティアから渡された髪飾りだった。
氷の中に閉じ込められていた女神。
私たちが氷を溶かして目覚めさせ、二つの願いを叶えてくれた人。
一つ目の願いで《古の目覚めの笛》をこの世界へ呼び出し、二つ目の願いでは傷ついた私たち全員を安全な場所へ逃がしてくれた。
笛はNo.10に奪われてしまった。それでも、グラティスで起きたことまで消えたわけではなく、こうして《冒険アルバム》にはちゃんと残っている。
「セレスティアさんも、私たちの冒険に入ったんだね」
緑に抱えられているメリーが薄く目を開けた。
『女神……やさしかった』
「うん。すごく優しかったね」
『また会う?』
「会えるといいね」
いつになるかは分からないし、グラティスへ戻ることがあるのかも分からない。それでも、セレスティアから託された髪飾りは今も私の髪にあり、《冒険アルバム》にも新しい記録として残った。
だから、あれで全部終わったわけではないような気がする。
私はセレスティアの記録をもう一度見てから、《冒険アルバム》を閉じ、《聖なるマップ》と一緒に大切に鞄へ戻した。
◇
再び王城へ向かって進み始めると、街はさらに賑やかになっていった。
大通りから枝分かれした道にも店がびっしりと並び、二階の窓から三王子へ手を振る者もいれば、仕事の手を止めて「おかえりでぷ!」と声を掛ける者もいる。三匹もそのたびに相手の名前を呼び、私やオラクル、メリーを自分の知り合いへ紹介してくれた。
何度目かの紹介を終えたところで、さすがに少し恥ずかしくなってくる。
「そんなにみんなへ紹介しなくてもいいよ」
「何でぷ?」
赤は本気で分からないという顔をした。
「フールちゃんたちは大事な仲間でぷ。みんなにも知ってほしいでぷ」
緑も当然のように頷く。
「今度フールちゃんたちだけで店に行っても、知ってれば安心でぷ」
「そっか……」
そう言われると、断る理由がなくなった。
黄色も大きく頷く。
「知り合いなら安くしてくれるかもしれないでぷ」
「黄色!」
「大事な仲間なのも本当でぷ!」
最後の一言で少し台無しになったけれど、それでも嬉しかった。
初めて来た国なのに、知らない場所へ一人で入ってきたような感じがしない。三匹が知っている人を紹介してくれて、その人たちが私たちへ笑いかけてくれる。それだけで、この国が少しずつ近くなっていくようだった。
そのまま大通りを進んでいると、これまでの店とは明らかに違う建物が見えてきた。
周囲の建物より何倍も大きく、入口には金色や赤色の派手な装飾が施されている。壁には硬貨、カード、サイコロらしい模様が描かれ、昼間だというのに色とりどりの魔法灯が点滅していた。
何よりすごいのは、中から聞こえてくる音だった。
大きな歓声が上がったかと思えば、次には何匹ものゴブリンが悔しそうな声を上げる。その直後には鐘のような音まで鳴り、入口から飛び出してきた一匹が両手を上げて喜んでいた。
「何、あれ?」
私が尋ねると、黄色の顔がぱっと明るくなった。
「カジノでぷ!」
「カジノ?」
聞いたことのない言葉だった。
「何するところ?」
「お金を増やすところでぷ!」
黄色は迷いなく答えた。
すると、少し後ろの担架からオラクルの声が飛んできた。
「減らすところでもある」
「増えることもあるでぷ!」
「減ることもあるんでしょ?」
「……あるでぷ。でも、増えるとすごく嬉しいでぷ!」
黄色は痛めている膝のことまで忘れたように、建物へ身を乗り出した。
「王国のカジノはすごいでぷ。カードもあるでぷ。サイコロもあるでぷ。それ以外にもいっぱい遊びあるでぷ!」
赤も楽しそうに続ける。
「美味しい食べ物もあるでぷ!」
「赤はそこなんだ」
「大事でぷ!」
緑によれば、カジノでは遊ぶだけでなく、勝った者が景品を手に入れられるものもあるらしい。
「普通の道具もあるでぷけど、珍しい物とかカードが景品になることもあるでぷ」
「珍しいカードも?」
思わず建物を見直した。
入口の上には、大きなカードを模した飾りまで掲げられている。
黄色は私の反応を見逃さなかった。
「行くでぷ?」
「今?」
「今でぷ!」
私は自分たちの状態を見回した。
赤は腹を痛め、緑は右肩、黄色は膝を負傷している。メリーはまともに起きていられず、オラクルは担架から降りることすら止められている。私だって右足を捻ったままだ。
「全員担架なんだけど!?」
「担架のまま入るでぷ!」
「絶対駄目でしょ!」
周囲にいたゴブリンたちから笑い声が上がった。
オラクルも呆れている。
「まず治療だ。賭け事するために命張るな」
「命は張らないでぷ。お金だけでぷ」
「それも張るな」
黄色は本当に残念そうだった。
私はもう一度、派手な建物へ視線を向ける。
酒場で見たカード遊びとは違い、中から聞こえる歓声は途切れることがない。入口を出入りするゴブリンも多く、楽しそうに笑っている者もいれば、すっかり肩を落としている者までいた。
危なそう。
でも、ちょっと面白そう。
「……元気になったら、見るだけなら行ってみたいかも」
黄色が勢いよく振り返った。
「行くでぷ!」
「見るだけだよ!」
「最初はみんなそう言うでぷ」
「その言い方、すごく怖いよ!」
赤と緑まで笑った。
私たちを運ぶゴブリンたちも楽しそうに笑いながら、カジノの前を通り過ぎていく。
私は後ろへ遠ざかっていく派手な建物を、もう一度だけ振り返った。
ゴブリン王国へ来たばかりなのに、もう行ってみたい場所が一つ増えてしまった。
◇
カジノを過ぎると、王城はもうすぐそこだった。
街の中心へ近づくにつれて道幅はさらに広くなり、石畳も綺麗に整えられていく。左右には王国兵が立ち、私たちの姿を見つけるたびに姿勢を正した。
「三王子様、おかえりなさいでぷ!」
「ただいまでぷ!」
赤たちも何度も返事をしていた。
私は担架の上から王城を見上げる。
遠くからでも大きいと思っていたけれど、近くで見るとさらに迫力があった。分厚い石壁の上にはいくつもの塔が立ち、中央には大きな旗が風を受けて揺れている。入口へ続く階段も広く、門の左右には武器を持った兵士たちが並んでいた。
「あそこに赤たちのお父さんがいるんだよね?」
何気なく聞いた瞬間、それまで楽しそうだった三匹の表情が揃って固まった。
「……いるでぷ」
赤の声が急に小さくなる。
緑も王城を見上げたまま、少しずつ顔を引きつらせた。
「もう俺たちが帰ってきたこと、絶対聞いてるでぷ」
黄色はさらに深刻だった。
「怪我してることも聞いてるでぷ?」
「そりゃ報告されてるだろ」
オラクルが答える。
三匹の顔色がさらに悪くなった。
「怒られるでぷ……」
「絶対怒られるでぷ……」
「今からカジノに隠れるでぷ?」
「何でカジノなの!」
「楽しいからでぷ!」
「理由になってないよ!」
赤も逃げ場所を考え始めた。
「肉屋のおじちゃんのところはどうでぷ?」
「王子が自分の国で隠れてどうするの!」
緑まで真剣に悩んでいる。
「本屋の奥なら見つかりにくいでぷ」
「緑まで!」
城門の前では、あれだけ大勢のゴブリンへ堂々と「ただいまでぷ」と言っていたのに、お父さんへ会うとなった途端にこれだ。
私は笑いながら三匹を見る。
「大丈夫だよ。怒られるかもしれないけど、三人ともちゃんと帰ってきたんだから」
赤たちがこちらを見る。
「王国のみんな、すごく喜んでたでしょ。お父さんだって、まずは三人が帰ってきたことを喜んでくれるんじゃない?」
三匹は少し黙った。
やがて赤が小さく頷く。
「……そうだといいでぷ」
緑も少しだけ表情を緩めた。
「最初は喜ぶかもしれないでぷ」
黄色が最後に付け足す。
「そのあと絶対怒られるでぷ」
「結局そこは変わらないんだ」
「絶対でぷ」
三匹の確信がすごかった。
◇
王城の正門へ着くと、すでに何人ものゴブリン兵と治療役が待っていた。
私たちを運んできた救援隊から怪我の状態を聞き取ると、すぐに担架を引き継いでいく。
「三王子様は治療室へ運ぶでぷ。お連れの皆様も一緒でぷ!」
「王様にはすでに報告済みでぷ!」
最後の一言に、三匹が揃って反応した。
「もう報告したでぷ!?」
兵士は不思議そうに首を傾げた。
「当然でぷ。三王子様が帰還したことも、お怪我をしていることも、すぐ王様へ伝えたでぷ」
赤たちの顔が引きつる。
「終わったでぷ……」
「まだ何も始まってないよ!」
担架が王城の中へ運び込まれると、外の賑やかな街とは違い、少し落ち着いた空気に変わった。広い廊下の床には長い絨毯が敷かれ、壁には立派な武器や歴代の王らしいゴブリンたちの肖像画が並んでいる。
私は初めて見るものばかりで辺りを見回したかったけれど、三匹はそれどころではないらしい。
「王様、治療室に来るでぷ?」
赤が兵士へ恐る恐る尋ねた。
「もう向かってると思うでぷ」
三匹が揃って黙った。
少しして、黄色が私を見る。
「フールちゃん」
「なに?」
「一緒に怒られてほしいでぷ」
「嫌だよ!」
「仲間でぷ!」
「そういうときだけ巻き込まないで!」
緑まで頼んでくる。
「フールちゃんが説明すれば、怒られる時間が短くなるかもしれないでぷ」
「自分たちで説明してよ!」
「グラティスへ行ったのはみんなでぷ」
「だったらみんなで説明すればいいじゃん!」
別の担架からオラクルが大きく息を吐いた。
「お前ら、怪我人とは思えねえくらいうるせえな」
「オラクルも説明するでぷ」
「断る」
「冷たいでぷ!」
そんなやり取りをしながら、私たちは治療室へ運ばれた。
大きな扉の向こうにはいくつもの寝台が並び、治療道具もすでに用意されている。赤、緑、黄色、オラクルはそれぞれ別の寝台へ移され、私は右足を固定してもらった。
メリーには小さな身体に合わせ、柔らかな布を重ねた籠が用意された。
そして、そのすぐ横にはパンまで置かれていた。
眠っていたメリーの鼻が僅かに動く。
『……パン』
「本当にパンだけは分かるんだね」
私が笑うと、治療役のゴブリンまで笑った。
ようやく落ち着いて休める。
そう思ったところで、廊下の向こうから複数の足音が聞こえてきた。
赤たちの声が、ぴたりと止まる。
治療役のゴブリンたちも作業の手を止めたわけではないものの、入口にいる兵士たちは一斉に姿勢を正した。
私は扉のほうを見る。
「もしかして……」
赤がごくりと唾を飲む。
「来たでぷ」
緑は本を抱き締め、黄色は逃げる場所でも探すように部屋の中を見回した。しかし寝台から動くことを止められている以上、逃げられるはずもない。
足音が近づいてくる。
三匹が揃って緊張しているのを見ていると、王様というより、怒っているお父さんを待っている子供にしか見えなかった。
「そんなに怖いの?」
「フールちゃんは知らないから言えるでぷ……」
赤が真剣な顔で答える。
「怒ったお父さん、怖いでぷ」
「でも三人とも帰ってきたんだから」
「それとこれとは別でぷ!」
三匹がまた声を揃えた。
その直後、足音が治療室の前で止まった。
部屋の空気が静かになる。
扉の向こうから、低い声が聞こえた。
「三人とも、ここにいるでぷな?」
赤、緑、黄色の身体が同時に固まった。
私は三匹の顔を順番に見る。
「お父さん?」
赤が小さく頷いた。
「……お父さんでぷ」
次の瞬間、治療室の大きな扉がゆっくりと開き始めた。




