第63話 安全な場所
最初に感じたのは、湿った土と草の匂いだった。
次の瞬間、身体が柔らかな地面へ落ち、私は背中から草の中へ転がった。グラティスで何度も雪へ転び、No.10に足元を切り崩されたときに捻った右足が痛む。手袋の下には細かな擦り傷もあり、冷え切っていた身体へ急に暖かな空気が触れたせいか、指先までじんじんしていた。
それでも、大きな怪我ではない。
息を整えて身体を起こすと、頭上には青い空が広がり、木々の枝の間から暖かな日差しが差し込んでいる。グラティスを吹き抜けていた刺すような冷気はどこにもなく、近くからは水の流れる音まで聞こえてきた。
けれど、景色を確かめている場合ではなかった。
「みんな!」
すぐ近くの草むらでは、赤が腹を両手で押さえながら横向きに倒れていた。No.10の剣の柄をまともに受けた場所だ。
私は右足の痛みによろめきながらも近づいた。
「大丈夫!?」
「……痛いでぷ。でも、生きてるでぷ」
意識ははっきりしているものの、起き上がろうとすると腹へ力が入るらしく、すぐ顔を歪める。
「無理に起きないで。赤はそのまま!」
「分かったでぷ……」
少し離れた場所には緑と黄色も倒れていた。緑は何度も雪へ叩きつけられたせいで腕や頬に擦り傷があり、右肩を動かすたびに痛そうな顔をする。黄色も膝を強く打ったらしく、一度立ち上がろうとしたものの、すぐ草の上へ座り直した。
「緑は?」
「右肩痛いでぷ……でも、動くでぷ」
「黄色は?」
「膝痛いでぷ……あと鞄が――」
黄色は辺りを見回し、すぐ近くに自分の鞄を見つけると、怪我のことより先に安心したような息を吐いた。
「お金も無事でぷ……」
「今は自分の心配して!」
「俺と同じくらい大事でぷ……」
こんな状態でも、そこだけは変わらない。その返事を聞けたことに少しだけ安心してから、私は腕の中のメリーを見た。
目を閉じた小さな身体は異常なくらい熱く、羽も力なく垂れている。雪男との戦いから何度も魔法を使い、No.10を止めるためには最後まで炎の壁を維持していたのだから、限界なのは当然だった。
「メリー、聞こえる?」
しばらく待つと、小さな唇が僅かに動いた。
『……パン』
その一言を聞いた途端、張り詰めていたものが少しだけ緩んだ。
「よかった……。元気になったらいっぱい食べよう。でも今は寝てて」
『いっぱい……』
それだけ言うと、メリーは再び目を閉じた。目立った外傷はないけれど、完全に力を使い切っている。回復魔法を使えるメリー自身がこの状態では、今は誰かを治してもらうこともできない。
そして、まだ一人足りなかった。
「オラクル!」
周囲を見回すと、少し離れた大きな木の根元に黒い服が見えた。私はメリーを緑へ預け、右足の痛みを堪えて駆け寄る。
オラクルは木の根元へ身体を預けるように倒れていた。胸元にはNo.10の剣の柄を受けた跡があり、服の一部も裂けている。さらに岩へ激突したときに背中を強く打ったらしく、呼吸するたび僅かに顔が歪んでいた。
下手に動かしていい状態なのか分からず、私は肩へ伸ばしかけた手を止める。呼吸はしているものの、いつもよりずっと浅く、額には汗が浮かんでいた。
メリーに回復してもらえば――そう考えて振り返ったけれど、緑に抱えられたメリーは目を閉じたままだ。自分で飛ぶ力すら残っていないのに、これ以上魔法を使わせるわけにはいかない。
「どうしよう……」
手が震え始めたところで、オラクルが小さく咳き込んだ。
「……うるせえ。耳元で叫ぶな……頭に響く」
「オラクル?」
「勝手に殺すな……」
声は弱く、いつものようにすぐ起き上がることもできない。それでも意識が戻ったことに安心し、身体へ触れかけると、オラクルはすぐ眉を寄せた。
「背中……触んな。胸も痛えし、しばらく動けねえ」
「あ、ごめん! 分かった。もう動かさないから」
ようやく息を吐くことができた。
全員、生きている。
ただし、無事とはとても言えない。私は右足を軽く捻り、手や膝には細かな擦り傷がある。赤は腹を強く打ち、緑は右肩、黄色は膝を痛めている。メリーは魔力をほとんど使い切り、一番状態の悪いオラクルは胸と背中の痛みで自力で歩くことさえ難しそうだった。
セレスティアの二つ目の願いは、傷を治してくれたわけではない。
私たちを、これ以上傷つかずに済む場所へ逃がしてくれたのだ。
そう考えて周囲を見ると、この場所が選ばれた理由も少しずつ分かってきた。グラティスのような厳しい寒さはなく、柔らかな草の上なら横になって休める。近くからは水の流れる音が聞こえ、少なくとも今のところ危険な魔物の気配もない。
「……本当に、安全な場所にしてくれたんだ」
「まだ決めつけんな。周り確認してからだ。その状態で魔物に来られたら、まともに戦える奴いねえだろ」
木へ背中を預けたまま周囲を警戒するオラクルに言われ、確かにその通りだと思った。だからこそセレスティアは、敵から離れるだけではなく、《必要であれば助けを求められる場所》まで含めて転移先を選んだのだろう。
そこで、私は右手に何かを握ったままだったことに気づいた。
手を開くと、転移の直前にセレスティアから渡された髪飾りが現れた。雪の結晶にも咲きかけの花にも見える透明な飾りは、グラティスを離れたあとも淡い輝きを失わず、見る角度によって白から薄い青へ色を変えている。
《いつか、あなたの助けになります》。
セレスティアはそう言っていたけれど、使い方は聞いていない。裏返してみても、髪へ留めるための小さな金具があるだけだった。
「……髪飾りなんだから、髪につければいいのかな?」
「俺に聞くな……」
「だよね」
使い方が分からないなら、本来の使い方をしておけばいい。私は赤い髪の片側へ飾りを留めてみた。
不思議なくらいぴったり収まったものの、それ以上は何も起こらなかった。光が溢れることも、声が聞こえることもない。
「何も起きないね」
「今使うもんじゃねえんだろ」
「セレスティアさんも《いつか》って言ってたしね」
だったら今はこれでいい。
私は指先で一度だけ髪飾りへ触れ、そのままにした。
そのとき、草の上へ横になっていた赤が鼻をひくひくと動かした。
「何か……知ってる匂いするでぷ」
赤の言葉を聞いた緑と黄色も周囲の空気を確かめ、やがて三匹とも同じ方向へ顔を向けた。
「俺も思ったでぷ。この森、何か覚えてる感じするでぷ」
「懐かしいでぷ」
緑が周囲へ視線を巡らせると、少し離れた木の幹に刻まれた小さな印を見つけた。その途端、三匹の表情が変わった。
「王国の道標でぷ!」
「王国って……?」
「ゴブリン王国でぷ!」
緑はその場から目を凝らし、何本かの線を組み合わせた印を確認した。
「間違いないでぷ。この形は王都へ戻る方向を示してるでぷ」
赤も嬉しそうに笑った。
「だから匂い知ってたでぷ!」
三匹にとって、ここはただ知っている場所ではない。生まれ育った故郷の近くなのだ。
「もしかして、赤たちがいるからここを選んでくれたのかな」
「可能性はあるな。今の俺たちじゃ長く歩けねえ。知らねえ土地より、三匹の故郷の近くへ飛ばしたほうが安全だ」
ただ敵から遠ざけるだけではなく、暖かく、水があり、身体を休められ、仲間の故郷が近くて助けまで求められる。
私が願った《安全な場所》を、セレスティアは今の私たちに必要な条件まで含めて叶えてくれたらしい。
そのとき、近くの茂みが揺れた。
今の私たちはまともに戦える状態ではない。私は右足の痛みを堪えて立ち上がり、みんなの前へ出た。
「誰?」
枝の奥から現れたのは、背中に木の実や薬草の入った籠を背負ったゴブリンだった。
「誰でぷ……?」
向こうも警戒した声を出したものの、私の後ろにいる三匹へ視線を移した途端、その場で固まった。背負っていた籠が地面へ落ちる。
「お、王子様方でぷ!?」
「やっぱり王国のゴブリンでぷ!」
赤は嬉しそうだったけれど、向こうはそれどころではない。三匹の怪我に気づき、さらに眠っているメリー、動けないオラクル、私の足を確認すると、すぐに表情を変えた。
「すぐ王国へ知らせるでぷ! この森は王国の外縁でぷから、迎えもすぐ来るでぷ。王子様方も皆様も絶対に動かないでほしいでぷ!」
ゴブリンは持っていた水と薬草を分け、簡単な応急処置をしてから救援を呼びに走っていった。
◇
王国からの救援は、それほど待たずにやって来た。
紋章をつけた兵士だけでなく、治療道具を抱えた者や担架を運ぶ者まで現れ、三兄弟を見つけるなり森の中が一気に騒がしくなる。
「本当に王子様方でぷ!」
「赤王子様でぷ! 緑王子様もいるでぷ!」
「黄色王子様もいるでぷ! 治療班、急ぐでぷ!」
兵士たちは三兄弟を担架へ乗せ、私たちの怪我も順番に確認した。
オラクルは胸と背中を強く打っているため歩行を止められ、本人が「歩ける」と主張しても、治療役のゴブリンたちから「歩けないでぷ」と即座に却下された。
メリーは外傷ではなく、魔法を使い切ったことによる消耗らしい。
「まず休ませるでぷ。水と食べ物を少しずつ取れば回復すると思うでぷ」
『……パン』
眠ったままメリーが呟く。
「パンが好きでぷ?」
「ものすごく好き」
「王国に着いたら用意するでぷ」
その言葉に反応したのか、メリーの口元が僅かに緩んだ。
私の右足も軽い捻挫だったけれど、「王子様方のお仲間に無理させたら王様に怒られるでぷ」と言われ、結局は私まで担架へ座らされることになった。
こうして全員の応急処置を終えると、救援隊は森の中に続く道をゴブリン王国へ向けて進み始めた。
赤たちは担架の上から周囲を眺め、木々に刻まれた道標や見覚えのある分かれ道を見つけるたびに「懐かしいでぷ」「ここ覚えてるでぷ」と声を上げる。
私には何の変哲もない森にしか見えない。
でも、三匹にとっては違う。
一本の木も、道の曲がり方も、遠くから漂ってくる匂いさえも、故郷へ帰ってきた証なのだ。
「赤たちのお父さん、びっくりするかな」
私が尋ねると、三匹が揃って黙った。
「……怒られるでぷ」
「たぶん、ものすごく怒られるでぷ」
「王国を出て、帰ってきたら三人とも怪我してるでぷ。絶対怒られるでぷ」
三匹の顔が急に暗くなった。
「でも、心配してるってことでしょ?」
「心配されるのと怒られるのは別でぷ!」
赤が真剣な顔で答えるので、私は思わず笑ってしまった。
「今から逃げても駄目でぷ?」
黄色が聞く。
「どこに逃げるの!」
「もう一回旅に出るでぷ」
「怪我治ってからにして!」
「そこじゃねえだろ」
担架の上からオラクルに突っ込まれ、周囲のゴブリンたちから笑い声が上がった。
三匹も最後には笑った。
そしてしばらく進んだところで、先頭を歩いていたゴブリンが声を上げた。
「森を抜けるでぷ!」
木々の隙間から差し込む光が強くなる。
担架が最後の木立を越えた瞬間、それまで枝葉に遮られていた視界が一気に開けた。
なだらかな草原の向こうに、巨大な城壁が伸びている。その内側には無数の建物の屋根が重なり、さらに奥には、ひときわ大きな王城の尖塔が青い空へ高く突き出していた。
城壁へ続く街道には何台もの荷車が行き交い、遠くには門を守るゴブリン兵たちの姿まで見える。
私は初めて目にする光景に、しばらく言葉を失った。
想像していたより、ずっと大きい。
そして、ずっと立派な国だった。
「ここが……ゴブリン王国」
私の声を聞いても、赤、緑、黄色はすぐには答えなかった。
さっきまで王様に怒られることを心配して騒いでいた三匹が、担架の上から黙って城壁の向こうを見つめていた。
赤が最初に口を開いた。
「……帰ってきたでぷ」
その声は、いつもの元気なものとは少し違っていた。
緑も遠くに見える王城から目を離さず、黄色は大事な鞄を胸元へ抱えながら、安心したように息を吐く。
「本当に帰ってきたでぷ」
「久しぶりでぷ……」
私は三匹と一緒に旅をしてきた。
赤が骨付き肉を好きなことも、緑が本を大事にしていることも、黄色がお金を何より気にしていることも知っている。三匹が実の兄弟で、ゴブリン王国の王子だということだって聞いていた。
でも、こうして故郷を見つめる三匹を見るのは初めてだった。
私にとっては、これから初めて足を踏み入れる国。
三匹にとっては、ずっと離れていた帰る場所。
同じ景色を見ているのに、きっと見えているものは全然違う。
「もう少しで着くでぷ」
救援隊のゴブリンがそう教えてくれた。
街道へ入ると、王国との距離が少しずつ縮まっていく。城壁は近づくほど大きくなり、遠くからは一つに見えていた建物も、屋根の形や高さがそれぞれ違うことが分かるようになった。
道を行き交うゴブリンたちも増えてきた。
荷車へ野菜を山積みにして王国へ向かう者、反対に荷物を載せて外へ出ていく者、籠を背負って歩いている者もいる。すれ違うたびに救援隊へ視線が集まり、やがて担架に乗っている三匹へ気づく者が現れ始めた。
「……あれ?」
荷車を引いていたゴブリンが足を止める。
「赤王子様でぷ?」
隣にいたゴブリンもこちらを見る。
「本当でぷ! 緑王子様と黄色王子様もいるでぷ!」
「三王子様が帰ってきたでぷ!」
声が上がるたびに、街道の空気が変わっていった。
最初は数匹だけだった。
それがすれ違うゴブリンから次のゴブリンへ伝わり、王国へ向かって走り出す者まで現れる。
「王子様方が帰ってきたでぷ!」
「王国に知らせるでぷ!」
赤が担架の上で少し恥ずかしそうにする。
「もう見つかったでぷ」
「隠れるつもりだったの?」
「怪我治してから帰ったことにしたかったでぷ」
「無理でしょ!」
緑が真面目な顔で頷いた。
「このままだと王様に怪我見られるでぷ」
「見てもらったほうがいいよ!」
黄色はもっと真剣だった。
「怒られる前に寝たふりするでぷ?」
「絶対ばれるよ!」
オラクルが担架の上から目を閉じたまま呟いた。
「お前ら、王子のくせに王様怖がりすぎだろ」
三匹が揃ってオラクルを見る。
「怖いでぷ!」
「三人揃って言うんだ……」
思わず笑ってしまった。
でも、笑っていられたのはそこまでだった。
城壁の上が急に騒がしくなった。
見張りをしていたゴブリン兵の一匹が、こちらへ大きく身を乗り出している。
「待つでぷ! あの担架を見るでぷ!」
周囲の兵士たちが集まってきた。
「赤王子様でぷ!」
「緑王子様もいるでぷ!」
「黄色王子様も一緒でぷ!」
「三王子様全員帰還でぷ!」
その声が城壁の上を走った。
次の瞬間――大きな鐘が鳴った。
重い音が空気を震わせ、草原の上まで響いてくる。
私は驚いて城壁を見上げた。
「何!?」
「帰還の鐘でぷ」
緑が答える。
「王族とか、大事な人が帰ってきたときに鳴るでぷ」
「じゃあ、赤たちのため?」
「そうでぷ」
もう一度、鐘が鳴った。
今度は城壁の向こうからも何かが聞こえる。
たくさんの声だった。
鐘を聞いた王国内のゴブリンたちが、何が起きたのか確かめようとしているらしい。
「三王子様が帰還したでぷ!」
城壁の上から大声が響いた。
その言葉が、門の向こうへ伝わっていく。
遠くからでも分かるほど、王国内が一気に騒がしくなった。
「すごい……」
私が呟くと、赤が少しだけ胸を張った。
「王子でぷから」
「さっきまで寝たふりしようとしてたのに?」
「それはそれでぷ」
黄色まで頷く。
「王子と怒られるのは別問題でぷ」
「便利だね、その考え方」
城門の前へ近づくほど、鐘の音は大きくなった。
そして私たちが街道の最後の坂を越えたとき、巨大な門がゆっくり動き始めた。
分厚い扉が左右へ開いていく。
その隙間から最初に見えたのは、建物ではなかった。
ゴブリンたちだった。
何十匹いるのか分からない。
兵士だけではなく、店の前掛けをつけた者、仕事道具を持った者、子供を抱いている者までいる。鐘の音を聞き、三王子が帰ってきたという知らせを聞いて、城門へ集まってきたらしい。
門がさらに開く。
ゴブリンたちの姿が増える。
そして、先頭にいた一匹が担架の上の赤を見つけた。
「赤王子様でぷ!」
別の場所からも声が上がる。
「緑王子様でぷ!」
「黄色王子様もいるでぷ!」
それをきっかけに、城門前が一気に歓声へ包まれた。
「三人とも帰ってきたでぷ!」
「おかえりでぷ!」
「待ってたでぷ!」
「王子様方、おかえりなさいでぷ!」
私は圧倒されていた。
三匹が王子だということは知っていた。
でも、知っているのと見るのでは全然違う。
こんなにたくさんのゴブリンたちが、三匹の帰りを喜んでいる。
その一方で、担架に乗せられていることへ気づいた者たちからは、すぐ心配する声が上がった。
「赤王子様、怪我してるでぷ!」
「緑王子様も傷だらけでぷ!」
「黄色王子様、脚どうしたでぷ!?」
「王城の治療室へ知らせるでぷ!」
歓声と心配する声が入り交じり、城門前はさらに騒がしくなっていった。
その中に、三匹を見ながら目元を拭っている年老いたゴブリンがいた。
「三人とも……ちゃんと帰ってきてくれたでぷ……」
その声が聞こえたのか、赤たちが黙った。
赤が王国のみんなを見る。
緑も。
黄色も。
笑っている者。
泣いている者。
怪我を心配している者。
何度も名前を呼んでいる者。
三匹が旅をしている間、ここでずっと帰りを待っていた者たちだ。
赤が担架から身体を起こそうとした。
「赤、駄目だよ!」
「分かってるでぷ。でも、これだけはするでぷ」
腹を押さえながら、赤は片手を持ち上げた。
緑も痛めていないほうの腕を上げ、黄色も鞄を抱えていない手を振る。
三匹は互いの顔を見た。
それから、城門の向こうで待っているみんなへ向かって声を揃えた。
「ただいまでぷ!」
ほんの一瞬だけ、周囲が静かになった。
次の瞬間、開かれた城門の向こうから大きな声が返ってきた。
「おかえりなさいでぷ!!」
一匹や二匹ではない。
城壁の上からも、門の向こうからも、街道の両側からも声が響き、何重にも重なって王国中へ広がっていく。
赤が笑った。
緑も笑っている。
黄色まで、いつもお金を見つけたときとはまるで違う顔で笑っていた。
私はそんな三匹を見ながら、胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じた。
帰れば迎えてくれる人がいる。
怪我をすれば心配して、無茶をすればきっと怒って、それでも帰ってきたら「おかえり」と言ってくれる。
それが、少しだけ羨ましかった。
私にも、いつか――。
そこまで考えたところで、担架が再び動き始めた。
私は顔を上げる。
巨大な城門が、目の前いっぱいに開いている。
その向こうには、私がまだ一度も見たことのないゴブリン王国の街が広がっていた。
石畳の大通り。
隙間なく並ぶ店。
色とりどりの旗。
たくさんのゴブリンたち。
さらに遠くには、三匹のお父さんがいるという王城まで見える。
「ここから先が、ゴブリン王国……」
私が呟くと、赤が嬉しそうにこちらを見た。
「フールちゃんにいっぱい見せるでぷ!」
緑も笑う。
「面白いところいっぱいあるでぷ!」
黄色は胸を張った。
「お金使うところもいっぱいあるでぷ!」
「最後のはいらないよ!」
三匹の笑い声と、王国のみんなの「おかえりでぷ」という声に迎えられながら、私たちを乗せた担架は開かれた城門へ進んでいく。
私は初めて見る街から目を離せなかった。
この先に何があるのか、まだ何も知らない。
ただ一つ分かるのは――三匹がこれほど嬉しそうに笑う場所なら、きっと楽しい国なのだということだった。
そうして私は、三匹の王子たちと一緒に、初めてゴブリン王国へ足を踏み入れた。




