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フールの大冒険 ~聖なるマップを手に、異世界でまだ見ぬ両親を探します~  作者: ☆☆アダム☆☆


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第61話 TIME No.10

その少し前――グラティスから遠く離れた場所に、光の届かない城があった。


外の景色を映す窓は一つもなく、厚い壁に囲まれた長い廊下には僅かな灯りしかない。その最奥にある広い部屋で、一人の男が淡い光の前に立っていた。


光の中に映っているのは、雪に覆われたグラティスだった。


氷から解放された女神セレスティア。その周囲にいる私たち。そして、セレスティアの両手では《古の目覚めの笛》が少しずつ形を得ている。


男の顔は闇に沈み、表情までは見えない。ただ、左手の甲だけが僅かな光を受け、そこに刻まれた《12》の数字を浮かび上がらせていた。


白銀の笛がほとんど実体を得たところで、男が初めて口を開く。


「……出た」


驚きはなかった。


最初から、その瞬間が訪れることを知っていたような声だった。


少し離れた暗闇には、もう一人の人影が立っている。


「行け」


《12》の男はグラティスを映す光から目を離さない。


「目的は《古の目覚めの笛》だけだ。完全に現れるまで手を出すな。回収したら戻れ」


「分かった」


それだけだった。


何のために必要なのかも、グラティスにいる者をどうするのかも尋ねない。


足元へ黒い魔法陣が広がり、その人物が中央へ進むと、暗い光が身体を下から包み込んでいく。最後まで残った左手には《10》の数字が刻まれていたが、それもすぐに闇へ溶けた。


部屋には再び《12》の男だけが残った。


グラティスを映している光の中で、赤い髪の少女がセレスティアのすぐそばに立っている。


男の視線が、ほんの一瞬だけそこで止まった。


けれど声を掛けることも、手を伸ばすこともない。次の瞬間には何事もなかったように、その視線は《古の目覚めの笛》へ戻っていた。


◇


黒い魔法陣から、人影が雪の上へ踏み出した。


暗い光が薄れるにつれて姿がはっきりしてくる。背は高く、暗色の外套の下には無駄のない身体つきが見え、腰には一本の剣があった。鞘に収まっているにもかかわらず、その周囲だけには淡い光が揺らいでいる。


男は私たちを見回さなかった。


最初から見ているものは一つだけだった。


セレスティアの両手で、まだ完全な実体になっていない《古の目覚めの笛》。


オラクルが私たちの前へ出る。


「止まれ。誰だ」


返事はなかった。


男は足を止めることさえなく、笛だけを見ながら距離を縮めてくる。


「聞こえてんだろ。何しに来た?」


それでも答えない。


「笛を狙ってるの?」


私が尋ねると、男の視線が一瞬だけ私へ向いたものの、すぐ《古の目覚めの笛》へ戻った。


無視している。


聞こえていないのではない。私たちへ説明する必要そのものを感じていないようだった。


「渡さないよ」


反応はない。


そのまま一歩進む。


セレスティアの手元では、白銀の笛を包んでいた最後の光が透明な石の周囲へ集まり続けている。具現化が終わるまでは触れられず、セレスティア自身も願いを維持しているため動けない。


それなのに男は急がなかった。


笛へ飛びつこうとも、セレスティアを攻撃しようともしない。完成までの時間を知っているかのように、一定の距離を保ったまま待っている。


私はそのことに気づいた瞬間、別の怖さを感じた。


「オラクル……この人、笛がまだ触れないって知ってるんじゃない?」


「ああ。偶然来た奴の動きじゃねえ」


オラクルは男から目を離さなかった。


「笛が出ることも、完成するまで奪えねえことも知ってる動きだ」


つまり、この人はセレスティアを見つけてから来たわけではない。


《古の目覚めの笛》が現れる瞬間そのものを狙っていた。


だったら、誰がそれを教えたのか。


考える時間はなかった。


男が腰の剣へ手を掛けた。


その瞬間、肩にいたメリーの身体が強張った。


『……フール』


「どうしたの?」


『あれ……知ってる』


メリーが見ているのは男の顔ではない。


足元に残る黒い魔法陣だった。


『前も……見た』


小さな手が私の髪を強く掴む。


前にグラティスへ来たとき、メリーは七体の仲間と《古の目覚めの笛》を探していた。その途中で時計の印を持つ何者かと遭遇し、そこから先の記憶が途切れている。


「この人もいたの?」


『分からない……でも、この魔法陣は見た』


「分かった。無理に思い出さなくていいよ」


私はそれ以上聞かなかった。


メリーの記憶には、まだ意味の分からない断片が残っている。それを今、目の前の男へ無理に結びつける必要はない。


ただ、この魔法陣が前回の出来事とつながっている可能性は高かった。


男が剣を抜いた。


白い刀身が現れた瞬間、雪面へ眩しい光が走る。


その光の中で、男の左手が見えた。


手の甲に刻まれている数字は――《10》。


「……TIME」


宿場町で見た手配書が頭へ浮かんだ。


各地で事件を起こし、懸賞金を上げている集団。そして全員の左手に刻まれている番号。


「No.10……」


男は何も答えない。


名前も名乗らない。


こちらがTIMEだと気づいたことさえ、どうでもいいようだった。


メリーは数字ではなく、その手にある時計を思わせる印を見つめていた。


『時計……同じ』


「前に見た印と?」


『うん。でも、この人かは分からない』


「それでいいよ」


前回メリーたちの前に現れた者が、目の前のNo.10だったとはまだ決められない。


分かっているのは、TIMEとメリーの失われた記憶がどこかでつながっているということだけだった。


オラクルが私へ声を落とす。


「笛が完成するまで近づけさせるな。ただし、雪男と同じやり方が通じると思うなよ。まず動きを見る」


「うん」


赤が骨付き肉を構え、緑と黄色はセレスティアの近くまで下がる。メリーも私の肩から飛び立ち、魔法を撃てる位置へ移動した。


男は私たちが準備する間も動かなかった。


剣を片手に下げたまま、笛の完成だけを待っている。


まるで戦う必要すらないと思っているようだった。


「メリー、右側を塞いで。直接当てなくていいよ」


『うん』


「オラクルは反対から動きを見て。赤はまだ待って」


「分かったでぷ」


雪男との戦いで学んだことは無駄ではない。一人の攻撃で倒そうとせず、最初の攻撃で相手の動く場所を作り、その先へ次の攻撃を重ねる。


メリーが右側へ火球を放った。


真正面を狙ってはいない。右へ逃げる道を炎で潰し、左側ではオラクルがすでに距離を詰め始めている。赤は正面に残り、相手がオラクルへ対応した瞬間だけ脚を狙う。


男が初めて剣を持ち上げた。


白い刀身へ光が集まり、斜め下から一度だけ振り抜かれる。


火球が中央から割れた。


「え……?」


力任せに吹き飛ばしたわけではなかった。


光を纏った刃が炎の中心を正確に通り、形を維持していた魔力の集まりだけを断ち切った。支えを失った炎は左右へ崩れ、男の身体へ触れることなく雪へ落ちて消えた。


「魔法を……切った?」


メリー自身も驚いていた。


それでも、こちらの攻撃はまだ終わっていない。


割れた炎と白い光が一瞬だけ男の正面を覆い、その陰へ入ったオラクルが左側から距離を詰める。ほぼ同時に赤も逆側へ回った。


二人とも、男の視線からは外れているはずだった。


ところが男は振り返らなかった。


剣先を僅かに下げる。


刀身から漏れた光が雪面へ当たり、薄く広がった。


その瞬間、私は気づいた。


「影……!」


白い雪の上に、左右から迫るオラクルと赤の影が長く伸びている。


男は二人を見る必要がなかった。


自分の光を雪へ反射させ、そこへ映った影の位置と伸び方から接近方向を読んでいる。


剣が横へ振られた。


一筋の光が、雪面すれすれを走る。


「赤、止まれ!」


オラクルが先に気づき、自分も踏み込みを止めながら叫んだ。


赤が反射的に後ろへ跳ぶ。


直後、二人が踏み込もうとしていた場所を光が通過し、一拍遅れて雪とその下の氷が深く裂けた。


私は息を呑んだ。


もしオラクルが気づくのが少し遅れていたら、二人とも自分から斬撃の軌道へ踏み込んでいた。


男は追撃しなかった。


剣を元の位置へ戻し、また笛を見る。


こちらの連携を崩したことさえ、特別なことだと思っていないようだった。


赤が悔しそうに骨付き肉を握り直した。


「まだでぷ!」


「赤、待って!」


今度は止めるより早かった。


赤は一直線には走らず、左右へ何度も進路を変えながら距離を詰める。さっき影から位置を読まれたのなら、最後まで進路を絞らせないつもりなのだろう。


男はすぐには剣を振らなかった。


赤が右へ動いても、左へ切り返しても待っている。


そして赤が最後の切り返しから踏み込もうとした瞬間、刀身を僅かに傾けた。


光が赤の進路へ走る。


「避けるでぷ!」


赤は横へ跳んだ。


斬撃そのものは避けた。


けれど着地した右足が深い雪へ沈み、体勢を戻すまでの一瞬だけ動きが止まった。


男が待っていたのは、そこだった。


赤の左右への動きを追いかける必要はない。避けなければならない斬撃を一度置けば、着地点は絞れる。


男は赤が飛んだ瞬間には、すでに雪を蹴っていた。


一歩。


それだけで間合いが消える。


「赤!」


赤が骨付き肉を持ち上げるより早く、男は剣を返した。


使ったのは刃ではない。


柄頭が、着地直後で腹に力を入れられていない赤の身体へ正確に叩き込まれた。


「ぐっ……!」


赤の身体が浮き、雪の上を何度も転がった。


私は反射的に駆け出そうとしたけれど、オラクルに腕を掴まれる。


「行くな!」


「でも赤が!」


「見ろ。斬ってねえ」


赤は腹を押さえながらも身体を起こそうとしていた。


生きている。


男には剣があり、斬ろうと思えば斬れたはずなのに、わざわざ柄を使った。


私たちを倒すことそのものが目的ではない。


笛へ向かう道を塞ぐ者だけを、必要な分だけ退かせている。


その事実が、かえって恐ろしかった。


男は倒れた赤を追わず、再び《古の目覚めの笛》へ視線を戻した。


戦いに来たのではない。


笛を取りに来た。


私たちは、その途中にいるだけなのだ。


「フール」


オラクルが私の腕を離した。


「こいつ、今までの相手と違う」


「……うん」


雪男は強かった。巨大な身体と力を持ち、一撃でもまともに受ければ危なかったけれど、動きを観察し、片脚へ攻撃を集中させ、最後にメリーの炎を傷口へ重ねることで倒せた。


目の前のNo.10は違う。


メリーの火球は、魔力の中心を見抜かれて一振りで崩された。炎で視界を塞いでも、雪面へ自分の光を反射させて二人の影を拾われた。赤が進路を変えて位置を読ませないようにすれば、無理に追わず、斬撃で避ける方向を作って着地を狙われた。


ただ速いだけでも、力が強いだけでもない。


こちらが何を狙っているのかを見て、その結果として生まれる次の動きを先に潰してくる。


それなのに、男の呼吸はほとんど乱れていなかった。


私は背後を確認した。


セレスティアの両手では、《古の目覚めの笛》を包む最後の光が少しずつ透明な石へ吸い込まれている。


完成まで、あと僅か。


その変化をNo.10も見た。


今までこちらの攻撃へ必要最低限の動きしか見せなかった男が、初めて剣を正面へ持ち上げる。


刀身の表面を薄く覆っていただけの光が、一気に膨れ上がった。


雪原全体が白く染まる。


眩しさに目を細めながらも、私はセレスティアの前から退かなかった。


ここまでみんなで来た。


みんなでセレスティアを助けた。


そして、ようやく《古の目覚めの笛》まで辿り着いた。


だったら最後まで守る。


私が両足を雪へ踏み込むと、オラクルが横へ並んだ。腹を押さえていた赤も立ち上がり、緑と黄色はセレスティアのすぐ近くで身構える。


メリーも再び私の肩から飛び立ち、両手へ赤い光を集め始めた。


もう、目の前のNo.10をすぐに倒せるとは思っていない。雪男と戦ったときには、みんなで攻撃を重ねて弱点を作れば、いつか倒せるという感覚があった。でもこの男には、まだまともな傷一つ与えられていない。それどころか、こちらが考えて組み立てた連携を、ほとんどその場から動かずに崩されている。


それでも、今は勝つ必要まではなかった。


私は背後を振り返った。《古の目覚めの笛》を包んでいた光は、もう中央の透明な石の周囲にしか残っていない。


「セレスティアさん、あとどれくらい?」


「もう僅かです。最後の光が定着すれば、願いは完成します」


だったら、その僅かな時間だけ守り切ればいい。


「オラクル」


「ああ。考えてることは同じだ」


オラクルも笛を一度だけ確認すると、No.10へ視線を戻した。


「倒そうとすんな。こいつ相手にそれを狙えば、こっちが先に崩される。完成まで時間を使わせるぞ」


「うん」


腹を押さえていた赤も戻ってきた。


「俺もやるでぷ」


「無理しないで。さっき思いっきり飛ばされたでしょ」


「まだ動けるでぷ。それに、俺だけ飛ばされて終わりは嫌でぷ」


オラクルは赤の立ち方と呼吸を一瞬だけ確認し、止めなかった。


「なら正面から殴りに行くな。攻撃しなくていい。近づかれたら進路を塞げ。それだけでいい」


「分かったでぷ」


緑と黄色にも役割を決めた。二匹は戦うために前へ出るのではなく、セレスティアの左右へ分かれ、もしNo.10が私たちを抜いた場合には、願いを維持したまま動けないセレスティアを支えて少しでも笛ごと位置をずらす。


「絶対取らせないでぷ」


緑が本を閉じ、黄色も大事に抱えていた鞄を雪へ置いた。


「お金より先に笛守るでぷ」


「黄色、今すごく偉かったよ」


「あとでいっぱい褒めてほしいでぷ」


「生きて帰ったらね」


「じゃあ絶対帰るでぷ」


こんな状況なのに少しだけ笑いそうになった。でもNo.10は、そんな私たちのやり取りに一度も反応しなかった。


こちらが配置を変えたことには当然気づいているはずなのに、視線の中心にあるのは変わらず《古の目覚めの笛》だけだった。私たちが何をしようとしているのかを観察するというより、透明な石を覆う光が消えていく速度から、完成までの時間を測っているように見える。


そして、その光が半分ほど消えたところで、No.10は動いた。


「来る!」


雪を蹴った瞬間、白い光が残像のように伸びた。これまでとは明らかに速度が違い、正面にいる私など最初から見ていない。狙っているのは、その後ろで笛を完成させようとしているセレスティアだけだった。


「メリー!」


『うん!』


メリーが放った火球は、No.10本人ではなく進路上の雪へ叩き込まれた。


炎が弾け、熱で溶けた雪が一気に水蒸気へ変わる。白い蒸気と巻き上がった雪が足元を覆ったけれど、狙いは視界を奪うことではない。さっきNo.10は、自分の光を雪面へ反射させ、そこへ映った影からオラクルと赤の位置を読んでいた。


だったら、その雪面そのものを見えなくすればいい。


「今!」


蒸気が広がった瞬間、オラクルが右から入り、赤は反対側へ回った。二人とも攻撃はせず、No.10とセレスティアの間へ身体を入れて進路だけを塞ぐ。


No.10が剣を振った。


白い斬撃がオラクルへ向かったものの、オラクルは大きく退かず、上半身だけを僅かにずらした。外套の端が光に切り裂かれて雪へ落ちても、その場を譲らない。


「通さねえよ」


そこで初めて、No.10の視線が笛からオラクルへ移った。


反対側から赤も身体を入れる。


「こっちもいるでぷ!」


骨付き肉を振り回すことはせず、両手で構えたまま進路へ立ちはだかった。


左右を塞がれたNo.10の足が、ほんの一瞬だけ止まる。


「止まった! そのまま!」


ほんの一瞬でも十分だった。その間にも、笛を覆っている光は確実に減っている。


けれどNo.10は、オラクルと赤を直接退かそうとはしなかった。


剣を足元へ向け、雪へ光を叩き込む。


白い斬撃が深く刺さった次の瞬間、圧力に耐えきれなくなった雪が下から弾け、大量の粉雪と硬い雪の塊が左右へ吹き飛んだ。進路を塞ぐ二人を斬る必要などない。立っている足場そのものを崩せば、道は開く。


オラクルは片膝をつき、赤は横から雪を浴びて身体ごと転がされた。


No.10は、その二人の間を迷わず抜けた。


「行かせない!」


私は正面へ飛び出した。


剣なんて持っていないし、この男を倒せるような攻撃もない。それでも、ここを抜かれればセレスティアまで一直線だった。


No.10が私を見る。


その瞬間だけ、初めて笛ではなく私一人へ視線が向いた。


なぜか、男の踏み込みが僅かに鈍ったように見えた。


ほんの一瞬だったので、見間違いだったのかもしれない。私が確かめるより早く、No.10は何も言わず剣を横へ返した。


斬られると思い、私は咄嗟に身構えた。


けれど刃は身体へ向かわなかった。


刀身から伸びた光が私の足元だけを横切り、踏ん張っていた雪を薄く切り飛ばす。支えを失った足が滑り、私はその場へ尻もちをついた。


「きゃっ……!」


No.10は倒れた私へ追撃することなく、その横を通り過ぎた。


赤のときと同じだった。


斬ろうと思えば斬れる。


それでも目的に必要のない攻撃はしない。私たちを倒したいわけでも、苦しめたいわけでもなく、《古の目覚めの笛》までの最短経路を塞ぐものだけを必要な分だけ排除している。


「待って!」


すぐ立ち上がろうとしたけれど、切り崩された雪へ足を取られた。


No.10とセレスティアの距離は、もう十歩も残っていない。


そこへメリーが飛び込んだ。


『来ないで!』


両手から放たれた炎が横へ大きく広がり、セレスティアの前へ壁を作った。


No.10は速度を落とさず、白い剣へ光を集める。一振りで炎の中央へ縦の裂け目が生まれたものの、今度のメリーは魔法を止めず、切り開かれた場所へすぐ新しい炎を流し込んだ。


『だめ!』


二度目の斬撃でまた裂けても、メリーは塞ぐ。


その小さな身体が震え始めていた。


ここまでの登山だけではない。雪男との戦いでも大きな炎を二度使い、セレスティアを解放する最初のきっかけにも力を使っている。疲れていないはずがない。


「メリー、もう無理しないで!」


『フールの笛、取られたらだめ!』


「でもメリーが倒れたら意味ないよ!」


それでもメリーは炎を維持した。


No.10は三度目の剣を振る。


今度は炎そのものを狙わなかった。


剣先から放たれた光が炎の手前に積もっていた雪を跳ね上げ、大量の粉雪を炎の中へ流し込む。熱を奪われた火勢が一気に落ちたところへ、今度こそ斬撃を重ねた。


弱くなった炎は耐えられず、左右へ散って消えた。


同時に、力を使い切ったメリーの身体が空中で傾く。


『あっ……』


「メリー!」


私は雪を蹴り、落ちてきた小さな身体を両手で受け止めた。


熱い。


息も荒い。


「もういい。今度こそ休んで」


『でも……笛……』


「私が何とかするから」


何をどうすればいいのかなんて、まだ分からない。それでも、これ以上メリーへ無理をさせるわけにはいかなかった。


顔を上げる。


No.10はもう、セレスティアのすぐ前まで来ている。


最後に残った緑と黄色が、その間へ立ちはだかった。二匹とも脚が震えている。それでも逃げず、セレスティアを背中に庇って両手を広げた。


「来るなでぷ!」


「これはフールちゃんの笛でぷ!」


No.10は答えない。


剣を一度だけ横へ動かすと、二本の光が緑と黄色の足元へ走った。雪が左右へ崩れ、二匹は傷つけられることなく別々の方向へ転がされる。


また同じだ。


必要以上には傷つけない。


でも、絶対に止まらない。


笛までの道を塞ぐものだけを、一つずつ確実に退かしていく。


「まずい!」


後方からオラクルが走ってくる。


赤も雪を掻きながら起き上がろうとしている。


それでも、もう間に合わない。


No.10がセレスティアへ手を伸ばした、その瞬間だった。


《古の目覚めの笛》を包んでいた最後の光が、中央に埋め込まれた透明な石へ吸い込まれた。


それまで僅かに揺らいでいた白銀の輪郭が完全に固まり、笛そのものから澄んだ光が一度だけ広がる。


願いが完成した。


セレスティアの表情が変わった。


「完成しました!」


すぐに私を見る。


「フール!」


セレスティアは笛をこちらへ渡そうと腕を振った。


けれど、No.10はその瞬間を待っていた。


完成する前には触れない。


だから完成するまで、私たちを必要以上に相手にしなかった。


そして実体化が終わった今、もう待つ理由はない。


No.10の踏み込みが、それまでで最も速かった。


セレスティアが笛を投げるより先に距離を詰め、空いていた片手で彼女の手首を押さえる。


「っ……!」


攻撃ではない。


笛を私へ渡す動きだけを止めている。


セレスティアは反対の手を重ね、《古の目覚めの笛》を胸元へ引き寄せた。


No.10の剣が僅かに持ち上がる。


白い刃がセレスティアへ向いた。


「やめて!」


思わず叫んだ。


No.10の剣が止まる。


セレスティアを本当に斬るつもりなのかは分からない。


でも、この男はここまで必要のない攻撃を一度もしていない。笛を渡させるために必要だと判断すれば、次も同じとは限らない。


私はメリーを胸元へ抱いたまま立ち上がった。


「笛は渡さない!」


No.10が、セレスティアから私へ視線を移した。


何も言わない。


怒りもしない。


ただ私を一度見たあと、再び笛へ視線を戻す。


その無言の動きだけで分かった。


私が何を言おうと、目的は変わらない。


この人は《古の目覚めの笛》を持って帰る。


そのために来た。


オラクルが背後から距離を詰め、赤も腹を押さえながら立ち上がる。緑と黄色も雪を掻いて身体を起こし、私の腕の中ではメリーが荒い呼吸を繰り返していた。


みんなまだ諦めていない。


でも、状況は明らかに悪かった。


笛は完成した。


そして完成する瞬間だけを待っていたNo.10は、すでに手を伸ばせば届く場所にいる。


No.10の指が、白銀の笛へ伸びた。


その手が触れる直前、セレスティアが私を見た。


「フール!」


その声に顔を上げる。


セレスティアは笛ではなく、まっすぐ私を見ていた。


「もう一つの願いが残っています!」


胸の奥で、何かが弾けた。


二つの願い。


一つ目は《古の目覚めの笛》を出すために使った。


でも、もう一つ残っている。


No.10の視線が初めてセレスティアへ鋭く向いた。


その変化を見た瞬間、この人も二つ目の願いを警戒したのだと分かった。


だったら願えばいい。


笛を私の手元へ移して。


この男をどこかへ飛ばして。


もっと強い力をちょうだい。


いくつもの考えが一瞬で頭へ浮かんだ。


でも、倒れた赤が見えた。


膝をつきながらも立とうとしているオラクルがいる。


雪の上では緑と黄色が必死に身体を起こし、腕の中のメリーは苦しそうに息をしている。


セレスティアだって、目覚めたばかりなのにNo.10に手首を押さえられていた。


その光景を見た瞬間、笛のことが頭から消えた。


欲しかった。


ずっと探していた。


ここまで来るために、みんなで危ない目にも遭った。


それでも――笛より大事なものが、今ここにある。


私は息を吸った。


願うことは、もう決まっていた。


その瞬間。


No.10の手が《古の目覚めの笛》へ触れた。

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