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フールの大冒険 ~聖なるマップを手に、異世界でまだ見ぬ両親を探します~  作者: ☆☆アダム☆☆


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第56話 雪山グラティスへ

精霊の塔を離れた私たちは、グラティスへ向かう前に必要な物を揃えることにした。


雪山へ行く以上、今までと同じ装備で歩き続けるわけにはいかない。途中の町へ立ち寄ると、厚手の外套や手袋、雪の上でも滑りにくい靴を揃え、食料や火を起こすための道具も普段より多めに買い足した。


黄色は防寒具の値段を一つずつ確認し、店員さんと長いこと話し込んでいる。


「こっちのほうが三金B安いでぷ」


「でも、そっちは薄くない?」


「二枚着れば、六金B高いほうより暖かいかもしれないでぷ」


「二枚買ったら結局高くならない?」


黄色の動きが止まった。


しばらく指を折って計算したあと、何事もなかったように高いほうを棚から取る。


「こっちにするでぷ」


「今、絶対計算間違えてたよね」


「間違えてないでぷ」


明らかに間違えていた。


赤は厚手の外套を試着したまま店内を歩き回り、「暑いでぷ!」と騒いでいるし、緑は防寒具より先にグラティスについて書かれた本がないか店員さんへ尋ねている。


そしてメリーは、私が選んだ外套の襟元へすっぽり潜り込んでいた。


「メリーの防寒具もいるのかな?」


顔だけ出しているメリーへ尋ねると、小さな精霊は少し考えてから首を横へ振った。


『ここ、あったかい』


「私の服を防寒具にするつもり?」


『うん』


「まあ、小さいからいいけど……」


気に入ったらしく、メリーは身体をさらに奥へ潜り込ませる。


オラクルがそれを見て笑った。


「そのうち完全に住み着くぞ」


「もう半分くらい住み着いてる気がする」


メリーが襟元から顔を出した。


『パンも入る?』


「入れないよ。私の服を食料庫にしないで」


メリーは残念そうに引っ込んだ。


◇


必要な物を買い終え、宿へ戻って荷物を整理していたときだった。


鞄の中から淡い光が漏れていることに気づいた。


「……あれ?」


中身を確認すると、《聖なるマップ》と一緒に入れていた冒険アルバムが光っている。


私はベッドの上へアルバムを置いた。


「どうしたでぷ?」


緑たちも集まってくる。


旅を始めてから、このアルバムには私たちが関わったものが自動的に記録されてきた。薬草も、魔物も、人物も、場所も、出来事も、誰かからカードを手渡されなくても《聖なるマップ》と連動するように記録が増えていく。


表紙を開くと、一つの新しい記録が淡い光をまとっていた。


描かれているのは、小さなピンク色の精霊。


私の肩へ座り、片手にはパンを抱えている。


「これ……」


本人も気づいたらしく、メリーが私の肩から飛んでアルバムを覗き込んだ。


やがて、絵の下へ文字が浮かび上がる。


《お転婆娘の精霊》


私はしばらく文字を見たあと、メリーを見る。


「……ぴったり」


『メリー!』


「名前じゃなくて、《お転婆娘の精霊》だって」


メリーは文字をじっと見つめた。


『おてんば?』


「勝手にパン屋さんへ行ったり、綺麗な木の実を見つけていなくなったりする子のことかな」


『メリー?』


「メリーだね」


『メリー、おてんば!』


なぜか嬉しそうだった。


赤がアルバムを覗き込み、「かっこいいでぷ!」と褒めたので、メリーはさらに得意そうに胸を張る。


オラクルが横から笑った。


「アルバムにまで性格見抜かれてんじゃねえか」


『すごい?』


「別の意味ですごいよ」


メリーはよく分かっていないらしく、自分の記録の周囲を嬉しそうに飛び回っていた。


私はそのページをしばらく眺めてから、ゆっくりアルバムを閉じる。


これまで旅の途中で関わったものが記録されてきた冒険アルバムに、メリーも加わった。


助けた精霊としてではなく、これから一緒に旅をする仲間として。


そう考えると、少し嬉しかった。


◇


翌朝、私たちはグラティスへ向けて町を出た。


最初の数日は大きな問題もなく進み、街道を歩いては日が暮れる前に宿場へ入り、翌朝にはまた出発する旅が続いた。


メリーは基本的に私の肩か外套の襟元にいたものの、ときどき何かを見つけて飛び立とうとするので、そのたびに「一緒に行くんでしょ」と声を掛ける必要があった。


少しずつ約束を覚えてきたのか、以前のように何も言わず消えることは減っている。


完全になくなったわけではなかった。


一度だけ、昼食の途中でいなくなったことがある。


みんなで探すと、少し離れた荷馬車の荷台に積まれたパンを眺めていた。


『見るだけだった』


本人はそう主張した。


たぶん本当だと思いたい。


旅を続けるうちに景色も少しずつ変わり、最初は緑の多かった街道から背の高い木々が減っていった。遠くに見える山々の頂上は白く染まり、吹く風も日に日に冷たくなって、朝になると草の表面へ薄い霜が残るようになる。


グラティスへ近づいている。


そう実感し始めたころ、私たちは雪山へ向かう旅人たちが集まる大きな宿場町へ辿り着いた。


◇


町へ入って最初に目についたのは、広場の中央に設置された巨大な掲示板だった。


遠くからでも分かるほど大量の紙が貼られ、その前には冒険者や商人らしい人たちが集まっている。宿を探す前に少しだけ見ていこうと近づいてみると、掲示板はいくつかの区画へ分けられていた。


最も大きな場所には、**《QUEST》**と書かれている。


「依頼でぷ!」


赤が真っ先に駆け寄った。


貼られている内容は一つではなかった。雪山に生える薬草の採取、荷物を運ぶ商隊の護衛、山道へ現れる魔物の討伐、遭難者の捜索など、グラティス周辺で発生している依頼が何枚も並び、危険度や報酬もそれぞれ違っている。


緑はすぐ本を開いた。


「雪山のQUEST、多いでぷ」


「これだけ冒険者が集まってる場所なら、仕事も多いんだろうな」


オラクルも掲示板を眺める。


私は一枚の依頼書を読んだ。


《QUEST――白霜草の採取》


グラティス中腹付近に自生する薬草を十本持ち帰ること。


報酬はそれなりに高かったけれど、紙の下には赤い文字で《吹雪時の入山禁止》と注意書きが記されている。


その隣には魔物討伐の依頼があり、さらに横には遭難した冒険者を探すQUESTまであった。


「……行方不明?」


視線を横へ動かすと、QUESTとは別の区画にも似たような紙が何枚も貼られていた。


そこに書かれているのは依頼ではない。


《行方不明者》


顔の絵、名前、年齢、最後に確認された場所、身につけていた服や装備の特徴。内容は一枚ずつ違っていたけれど、最後に目撃された場所には《グラティス北側》《第二山道》《中腹付近》といった雪山の地名が何度も出てくる。


新しい紙だけではなく、雪や風に晒されたのか端が擦り切れ、文字が薄くなったものまで残っていた。


「こんなに……?」


さっきまでQUESTを見て喜んでいた赤も、黙って掲示板を見上げた。


そのとき、隣にいた大柄な冒険者がこちらを見た。


厚い毛皮の外套を着込み、頬には古い傷がある。背中には大きな荷物と、雪山で使うらしい道具が括りつけられていた。


「お前ら、グラティスへ登るのか?」


「うん。私は初めて。メリーは一度来たことがあるけど」


私が答えると、冒険者は肩にいるメリーを一度見たあと、私たちの装備へ視線を移した。


「なら、あの紙をよく見とけ。あそこに名前が増えるのは、魔物にやられた奴だけじゃない」


「じゃあ、何で?」


「寒さ、吹雪、雪崩、足場の崩落。晴れてたと思ったら、一刻もしないうちに前が見えなくなることもある。道を一本間違えて谷へ入れば、戻る方向すら分からなくなる」


思っていた以上に厳しい話だった。


冒険者は山の方角を顎で示す。


「麓で寒いと思ってるなら、中腹から上は別物だ。風が出れば体感は一気に下がるし、雪へ足を取られりゃ歩く速度も半分以下になる。日が落ちてから動くなんて論外だぞ」


黄色が自分の外套を掴んだ。


「これで足りるでぷ?」


「服だけじゃ駄目だ。濡れたときの替え、火を起こす道具、余分な食料、雪を溶かすための容器。それと、吹雪いたら進まず止まれ。目的地が近くてもだ」


オラクルが頷いた。


「覚えとく」


冒険者は私たちをしばらく見たあと、少しだけ表情を緩めた。


「怖がらせたいわけじゃねえ。山を舐めなきゃ帰ってこられる可能性は上がる。それだけだ」


私はもう一度、行方不明者の紙を見た。


さっきまでグラティスは、《古の目覚めの笛》を探しに行く場所だった。でも、ここに貼られた紙を見ていると、それだけではないことが分かる。


普通に登って、普通に帰ってこられない人たちがいる山なのだ。


◇


掲示板の別の区画には、TIMEの手配書が並んでいた。


以前より新しい紙へ貼り替えられているものがあり、懸賞金が更新されたことを知らせる印も付いている。


私の目は、その中の一枚で止まった。


TIME No.7――ナナ。


街道で七家の兵士と賞金稼ぎを相手にし、最後にはほとんどの戦力を壊滅させて魔法陣から消えた女性だ。


その下に書かれた金額を見て、私は目を疑った。


《懸賞金 950金B》


「九百五十……?」


以前は七百金Bだった。


黄色もすぐに気づいた。


「二百五十金B上がってるでぷ」


「そんなに一気に?」


「フールちゃん、前にも言ったでぷ。一金Bはだいたい十万円くらいでぷ!」


「あ、そうだった」


黄色の眉が吊り上がった。


「また忘れてたでぷ!?」


「忘れてないよ! ちょっとすぐ出てこなかっただけ!」


「それを忘れたって言うでぷ!」


言い返しながら頭の中で計算すると、九百五十金Bなら、およそ九千五百万円になる。


「……九千五百万円?」


口に出した途端、数字の大きさが急に現実味を持った。


黄色が真剣な顔で頷く。


「ものすごい大金でぷ」


私は改めてナナの手配書を見上げた。


あの人一人に、それだけの懸賞金が掛けられている。


壁にはナナ以外のTIMEメンバーの手配書も並び、以前より懸賞金が更新された者が複数いるようだった。上昇幅は一律ではなく、それぞれの活動に応じて変わっているらしい。


「TIME、また何かやったのかな」


私が呟くと、オラクルは手配書を見ながら答えた。


「一か所の事件だけで動いてるとは限らねえ。俺たちが旅してる間にも、あいつらは別の場所で動いてるってことだろ」


「あのナナの戦いも関係あるのかな」


「可能性はある。ただ、それだけが理由とは限らねえ」


「うん」


決めつけることはできない。


それでも、TIMEの懸賞金が少しずつ上がり続けていることだけは確かだった。


肩にいたメリーが、ナナの手配書をじっと見た。


『時計』


私はメリーを見る。


「分かる?」


『同じ』


メリーが指差したのは、ナナの服に刻まれた意匠だった。


『グラティスで見た人も、時計』


「ナナ本人だった?」


メリーは首を横へ振った。


『分からない』


それ以上は決めつけられない。


でも、グラティスへ近づいても時計の印は私たちの前から消えなかった。


◇


掲示板を離れたあと、私たちは雪山用品を扱う店へ入った。


店内には厚い外套や手袋だけでなく、雪の上を歩くための靴、顔を覆う布、火を起こす道具などが所狭しと並んでいる。


店主は私たちがグラティスへ登ると知ると、買わせることより先に荷物を確認した。


「食料は?」


「多めに持ってる」


「火種は?」


「ある」


オラクルが答えると、店主は首を横へ振った。


「二つに分けて持て。一つ濡れても、もう一つ使えるようにな。それと雪を溶かせる容器も必要だ。水を持ってるからって、それだけに頼るな」


冒険者から聞いた話もあったので、オラクルは素直に不足している物を追加していった。


黄色は増えていく買い物を見ながら少し悲しそうな顔をしていたけれど、今回は文句を言わなかった。


「命なくしたら、お金使えないでぷ」


「黄色がすごく正しいこと言ってる……」


「俺はいつも正しいでぷ!」


そこまで言われると反論したくなったけれど、今回は我慢した。


店主は最後に私たちの装備を見回した。


「これなら最低限は揃ってる。ただ、装備があるから安全ってわけじゃねえ。天候がおかしいと思ったら、無理に進まず戻れ」


店主はそう言って、私たちが追加した荷物をまとめた。


「グラティスは綺麗な山だが、優しい山じゃない。それだけは忘れるなよ」


広場に並んでいた行方不明者の紙を思い出し、私は素直に頷いた。


冒険者からも店主からも、同じような注意を受けた。これだけ雪山に慣れている人たちが揃って警戒する場所なのだから、怖がらせるために大げさな話をしているわけではないのだろう。


不足していた道具を買い足し、火種は二つに分けて別々の荷物へ入れた。雪を溶かすための容器や予備の布も加え、食料についても全員でもう一度確認する。


黄色は会計の金額を見て少しだけ肩を落とした。


「いっぱい使ったでぷ……」


「必要な物だから仕方ないよ」


「分かってるでぷ。命なくしたら、お金も使えないでぷ」


「今日はずっと正しいね」


「今日も、でぷ!」


怒る黄色を見て、赤が笑った。


これで、できる準備は整った。


◇


その日は宿場町で一泊し、翌朝になってからグラティスへ向かった。


町を離れたころには、街道の端に雪が残っている程度だった。それが進むにつれて少しずつ広がり、昼前には草地のほとんどが白く覆われ、靴を踏み込むたびに雪が小さく鳴るようになった。


風も町にいたときとは違う。


外套の隙間へ入り込む冷気が肌を刺し、息を吐けば白く濁る。遠くに見えていた山々も、いつの間にか視界の大部分を占めるほど大きくなり、その頂上は厚い雲に隠れていた。


赤は最初こそ雪を踏むたびに楽しそうにしていたものの、しばらくすると外套へ身体を縮めた。


「足、冷たいでぷ……」


「その靴買ってなかったら、もっと冷たかったぞ」


オラクルに言われ、赤は自分の足元を見下ろした。


「買ってよかったでぷ……」


黄色も今回は値段より暖かさを優先したことに満足しているらしく、外套の前をしっかり閉じて歩いていた。


緑だけは寒さの中でも本を取り出そうとした。


「昨日のQUEST、忘れる前に書くでぷ」


「歩きながら読むな。雪で足元見えねえぞ」


オラクルに止められても、緑は名残惜しそうに本を抱えている。


「少しだけでぷ」


「転んで本ごと雪に突っ込んでも知らねえからな」


その光景を想像したのか、緑はようやく本を鞄へ戻した。


私は外套の襟元を押さえながら歩く。


そこからメリーが顔だけを出していた。


「寒くない?」


『ここ、あったかい』


「完全に住み着いたね」


『フールの家』


「そこまで言ってないよ」


メリーは気にする様子もなく、襟元から白い景色を眺めている。


しばらくしてから、私は尋ねた。


「前にグラティスへ来たときも、この辺を通った?」


メリーはすぐには答えず、雪に覆われた景色を見回した。


『たぶん。でも、前と違う』


「雪の量かな?」


『分からない』


同じ雪山でも、積雪や天候が変われば景色はまったく違って見えるのだろう。前回の記憶だけを頼りに進むのは難しそうだった。


メリーはしばらく外を見ていたけれど、やがて私の襟元へ少しだけ身体を沈めた。


私はそれ以上聞かなかった。


この先には、メリーが七体の仲間と《古の目覚めの笛》を探し、時計の印を持つ人物と遭遇した場所がある。戻ってこられなくなった旅の記憶を、無理に思い出させる必要はない。


◇


昼を過ぎるころには、街道も次第に細くなった。


左右には雪を被った岩壁が迫り、道の端には膝より高く雪が積もっている。旅人の姿も減り、たまにすれ違うのは分厚い防寒具を身につけた冒険者や、荷物を積んだ頑丈そうな獣を連れた商人くらいだった。


道の脇には、一定の間隔で長い棒が立てられている。


「これ何?」


「吹雪いたときの道標だろ」


オラクルが一本を指した。


「雪で道が見えなくなっても、これを辿れるようにしてんだ」


私は並んでいる棒の先へ視線を向けた。


今は空も見えているし、道だってはっきり分かる。


それなのに、吹雪けばこの道さえ消えてしまう。


広場で見た行方不明者の紙が頭をよぎった。


少し先へ進むと、雪の下から黒い岩が何か所も覗き始めた。表面が薄く凍っている場所もあり、気を抜いて踏み込めば簡単に足を滑らせそうだった。


私は昨日買った靴で慎重に進んだ。


聞いていた危険を何度も思い返さなくても、グラティスへ近づくほど、今まで歩いてきた街道とは違うことが身体で分かってくる。


風が吹くたびに雪が地面を這い、白い粒が外套へぶつかる。


少し立ち止まっただけでも指先が冷たくなる。


「まだ山に入ってないんだよね?」


私が尋ねると、オラクルが笑った。


「だから散々言われただろ。ここでこれなら、上はもっと冷えるぞ」


「分かってるけど、実際に来ると全然違うね」


「そういうもんだ」


赤が私の後ろから呟いた。


「帰りたいくらい寒いでぷ……でも雪山は見たいでぷ……」


「どっちなの?」


「両方でぷ」


それは少し分かる気がした。


◇


夕方が近づいたころ、私たちは細い峠へ差しかかった。


左右を高い岩壁に挟まれた道を抜けた瞬間、それまで遮られていた視界が一気に開ける。


私は思わず足を止めた。


目の前に、巨大な白い山がそびえていた。


これまで遠くから見えていた山とは、まるで違う。


山頂は厚い雲の向こうへ隠れ、斜面のほとんどが雪と氷に覆われている。ところどころ黒い岩肌が覗き、そのさらに上では強い風に巻き上げられた雪が、白い煙のように空へ流れていた。


麓にはいくつかの建物が集まり、山へ入る冒険者たちが荷物や装備を確認している姿も見える。


オラクルが白い山を見上げた。


「着いたな」


私は《聖なるマップ》を開いた。


地図に表示された現在地と、目の前にそびえる山を見比べる。


そこには目的地の名前が、はっきり記されていた。


《グラティス》


「ここが……グラティス」


ようやく辿り着いた。


肩にいたメリーが、ゆっくり外套の襟元から出てきた。


さっきまで私の服の中で暖を取っていたときとは違い、その表情からいつものお転婆な明るさが少しだけ消えている。


『ここ』


「前に来たところ?」


『うん』


メリーは白い山の中腹より上へ視線を向けた。


『この先、行った』


「時計の印を持った人に会ったのも?」


小さく頷く。


『うん』


「どの辺だったか覚えてる?」


メリーは山の中腹から上へ何度も視線を動かした。何かを探すようにしばらく見つめていたけれど、最後には首を横へ振る。


『雪いっぱい。前と違う。分からない』


「そっか」


無理もない。


似たような白い景色が続くうえに、積もっている雪の量も前回とは違う。メリーの記憶だけを頼りに、時計の印を持つ人物と遭遇した場所へ真っすぐ向かうことはできなさそうだった。


それでも、ここまで来た。


私は目の前の山を見上げた。


《古の目覚めの笛》が本当に存在するのかも、時計の印を持つ者が何者なのかも分からない。


それ以前に、グラティスそのものが簡単には先へ進ませてくれないことも、ここまで来るだけで十分に分かった。


オラクルが空を確認した。


「今日は麓で泊まるぞ」


「今から登らないの?」


「もう夕方だ。昨日何聞いてたんだ」


「あ……」


緑まで呆れたように私を見る。


「日が落ちてから動くなって言われたばっかりでぷ」


「分かってるよ! ちょっと聞いただけ!」


赤が笑った。


「フールちゃん、すぐ登りたそうだったでぷ」


「行きたいけど、今日は行かない!」


「それでいい」


オラクルは満足そうに頷いた。


麓へ向かって歩き出そうとしたとき、肩にいたメリーがもう一度グラティスを見上げた。


『笛、まだあるかな』


「分からない」


私は正直に答えた。


「でも、あるかどうかも含めて探しに来たんでしょ?」


『うん』


「だったら明日から、一緒に探そう」


メリーは少しだけ笑った。


『一緒』


「うん。一緒」


私は《聖なるマップ》を閉じようとした。


その瞬間、地図の表面を淡い光が走った。


「……え?」


閉じかけていた手を止める。


グラティスを示す場所の近くで、小さな光が一度だけ瞬いていた。


すぐに消える。


緑も気づいたらしく、地図へ顔を近づけた。


「今、光ったでぷ」


オラクルも隣から覗き込む。


「何に反応した?」


私は同じ場所を見つめたけれど、二度目の光は現れなかった。


《古の目覚めの笛》なのか、グラティスそのものなのか、それともこの山のどこかにある別の何かなのかは分からない。


ただ、《聖なるマップ》が何の理由もなく反応したとは思えなかった。


私は地図から顔を上げ、山頂を雲に隠した巨大なグラティスを見つめる。


その白い斜面のどこかに、メリーたち八体が辿り着けなかった場所がある。


そして、そのさらに先には、聖なる力を宿すと伝えられる《古の目覚めの笛》が眠っているのかもしれない。


明日から、私たちはこの山へ入る。


今度はメリーも一緒に、八体の精霊が辿り着けなかったその先へ。

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