第53話 地図にない塔
八体の精霊を《精霊の叫び》から解放してからしばらくの間、ガレオさんの倉庫は小さな羽音と楽しそうな声で満たされていた。
淡い緑色の精霊は外へ出られたことがまだ嬉しいらしく、天井近くまで飛んでは戻ってくる。青色の精霊は木箱や壁へ何度も触れ、そのたびに本当に外へ出られたことを確かめるように表情を緩めていた。紫色の精霊は開いた扉の近くから夕暮れの空を眺め、白色の精霊は水色の精霊から離れようとはしないものの、さっきまでの怯えた様子は少しずつ消えている。
黄色い精霊だけは、相変わらずオラクルの煙草を警戒していた。オラクルがポケットへ手を伸ばすだけでじっと見つめるので、「吸わねえよ」と言うと、『ほんと?』と疑わしそうに聞き返してくる。
「お前が見張ってる間はな」
その答えでようやく納得したらしく、黄色い精霊は満足そうに頷いた。
そして、八体目のピンク色の精霊はというと、私の肩からまったく離れようとしなかった。
ほかの精霊より一回り以上小さな手のひらサイズの身体で私の髪へ寄りかかり、ときどき思い出したように頬へ身体を擦りつけてくる。
「みんなのところへ行かなくていいの?」
『パン』
「それ、便利な言葉みたいに使ってない?」
『パン』
どうやら答える気はないらしい。
そんな姿を見ていると、ついさっきまでこの子たちが絵の中から助けを求めていたことが不思議に感じられた。
《精霊の叫び》は倉庫の奥に置かれたままだった。
私たちが持っていくつもりはない。
もうあの絵の中から声は聞こえず、助けを求めていた八体は目の前にいる。それだけで十分だった。
◇
しばらくすると、精霊たちが倉庫の一角へ集まり始めた。
緑、青、黄、橙、紫、水色、白の七体が小さな輪を作り、私たちには聞き取れないほどの声で何かを相談している。ただ、ピンクの精霊だけは参加する様子がなく、私の肩に座ったまま七体のほうをぼんやり眺めていた。
「ピンクちゃんは行かなくていいの?」
『パン』
「もうピンクちゃんでいいのかな……」
本人は嫌そうではないので、とりあえずそう呼ぶことにした。
赤が相談している七体へ近づこうとしたので、私は服を掴んで止める。
「相談してるんだから邪魔しちゃ駄目だよ」
「俺たちの話してるでぷ?」
「分からないよ」
「悪口だったらどうするでぷ?」
「精霊さんが赤の悪口を言う理由ないでしょ」
するとオラクルが横から、「肉を押しつけようとしただろ」と余計なことを言った。
「親切でぷ!」
赤が抗議しているうちに、精霊たちの相談は終わったらしい。
緑色の精霊が代表するように私たちの前へ飛んできて、その後ろには青、黄、橙、紫、水色、白の六体も並んだ。緑色の精霊は私、オラクル、赤、緑、黄色を順番に見てから、少し真剣な表情になる。
『話した』
「何を?」
『あなたたちのこと』
「私たち?」
精霊は頷いた。
『助けてくれた。怖いところまで行って、歌を持ってきてくれた』
青色の精霊も隣へ飛んできて、『外のものに触れるようにしてくれた』と続ける。白色の精霊はまだ少し恥ずかしそうだったけれど、私を見ると小さく頭を下げ、『外へ連れてきてくれた』と伝えてくれた。
「助けられてよかったよ」
私がそう答えると、七体は顔を見合わせた。
緑色の精霊がもう一度こちらへ向き直る。
『だから、決めた。あなたたちは悪い人じゃない』
思っていなかった言葉だったので、私は少し目を丸くした。
「それを相談してたの?」
『大事』
確かに大事なのだろう。
私たちにとって精霊は珍しく不思議な存在だけれど、精霊たちから見れば、人間やゴブリンのほうが警戒しなければならない相手なのかもしれない。
オラクルも何かを察したらしく、からかうことなく続きを待っていた。
緑色の精霊は仲間たちを見てから、少し嬉しそうに告げる。
『だから、招待する。私たちが住んでるところ』
赤の目が一気に輝いた。
「精霊さんの家でぷ!?」
『うん』
黄色もすぐに身を乗り出す。
「珍しい物あるでぷ?」
「黄色、すぐお金の話にしようとしないの」
「まだ売るとは言ってないでぷ」
「考えてたでしょ」
黄色が目を逸らし、その様子を見て精霊たちが楽しそうに笑った。
ただ、オラクルは先に確認したいことがあるらしい。
「場所はどこだ?」
その質問を聞くと、緑色の精霊は私の鞄へ視線を向けた。
『地図、ある?』
「《聖なるマップ》?」
私は鞄から地図を取り出して広げた。
七体の精霊が一斉に集まり、ピンクの精霊まで肩から身を乗り出して覗き込む。私も周辺の地形を確認しながら「どの辺?」と尋ねたけれど、精霊たちはしばらく地図の上を探したあと、揃って首を横へ振った。
『ない』
「ないって……場所が?」
『地図にない』
私は《聖なるマップ》を見直した。
「この地図にも?」
『うん』
オラクルが眉を寄せる。
「単に載ってねえのか、それとも載らねえようにしてるのか?」
今度は紫色の精霊が答えた。
『隠してる。人から』
その言葉を聞いた途端、白色の精霊が水色の精霊の後ろへ少し隠れた。
私はそれ以上詳しく聞こうとするのをやめた。
この子たちは絵へ閉じ込められていた。誰が何のためにそうしたのか、まだ全部は分かっていない。それでも、自分たちの住処を人から隠す理由があることだけは想像できた。
「だから、私たちが悪い人じゃないか相談したんだね」
緑色の精霊が頷く。
『知らない人は入れない。探しても見つからない』
オラクルは《聖なるマップ》へ視線を落としながら、「なら、どうやって行く?」と尋ねた。
『私たちが案内する』
「案内があれば見つかるのか?」
精霊は首を横へ振った。
『それだけじゃ駄目。私たちがいないと、見えない』
場所を知っていても、精霊たちがいなければ見ることすらできないらしい。
《聖なるマップ》にも載らず、自力で探すこともできない場所。
赤は警戒するどころか、ますます興味を持ったようだった。
「秘密基地みたいでぷ!」
「基地じゃないでぷ。精霊さんの家でぷ」
緑が訂正しながら、すでに本へ何かを書き込んでいる。
私は精霊へ尋ねた。
「今日行ける?」
「行くな」
答えたのは精霊ではなくオラクルだった。
「何で?」
「自分の身体見ろ」
言われて、背中の火傷を思い出した。赤たちにもまだ傷が残り、オラクルの手にも手当てが必要だった。そのうえ今日はビーン湖から長い距離を歩き、途中ではナナと七家の戦闘を避けて森まで迂回している。
「……明日は?」
「傷と体調次第だ」
「じゃあ、元気だったら明日」
「最初からそう言え」
精霊たちも話を聞いていたらしく、緑色の精霊が嬉しそうに頷いた。
『明日、案内する』
「約束ね」
その日は身体を休め、翌朝になってから改めて傷の状態を確認することになった。
◇
朝になると、背中の火傷はまだ完全には治っていないものの、普通に歩くぶんには問題なかった。赤たちの擦り傷やオラクルの手の傷も悪化していなかったので、無理をしないことを条件に精霊たちについていくことになった。
朝食のとき、ピンクの精霊は私のパンを見つけた瞬間に目を輝かせた。
『パン!』
「ちゃんと分けるから待って」
小さくちぎって渡すと、両手で抱えて幸せそうに食べ始める。
赤はまだ諦めていなかったらしく、自分の骨付き肉を少しだけ見せた。
「今日こそ肉も――」
ピンクの精霊はパンを抱えたまま、ぷいっと反対を向いた。
「見る前から拒否されたでぷ……」
「もう諦めなよ」
そんなやり取りをしながら準備を整え、私たちは八体の精霊とともに出発した。
◇
最初のうちは、《聖なるマップ》にも普通に道が表示されていた。
ところが精霊たちは街道を長く進まず、途中から森へ入っていく。獣道さえない場所を迷うことなく進み、木々の間を抜け、何度か小さな沢を越えても、一度も立ち止まらなかった。
私は歩きながら《聖なるマップ》を確認した。
現在地は分かる。
周囲の地形も描かれている。
でも、精霊たちが向かっている先には特別なものなど何もなかった。
「本当に載ってない……」
緑も隣から地図を覗き込んだ。
「山はあるでぷ。でも、それだけでぷ」
地図の先には、小さな山が一つ描かれているだけだった。
しばらくして森が途切れ、実際にその山が見えてきた。高い山ではなく、岩と草が多く、木々もまばらで、遠くから見ればわざわざ登ろうとも思わないような場所だった。
「ここなの?」
精霊たちは揃って頷いた。
山道を上っていっても特別なものは何一つ現れず、やがて辿り着いた山頂にも岩と短い草が広がっているだけだった。
赤が周囲を見回す。
「家ないでぷ」
黄色まで地面や岩陰を覗き込んでいる。
「何もないでぷ」
「本当にここ?」
私が尋ねると、緑色の精霊は笑った。
『ここ』
オラクルも周囲を確認しながら眉を寄せる。
「塔どころか小屋もねえぞ」
『まだ見えない』
その言葉で、昨日の話を思い出した。
精霊たちがいなければ、見ることさえできない。
「じゃあ、どうするの?」
緑色の精霊は答えず、仲間たちへ合図した。
八体が一斉に飛び上がる。
ピンクの精霊も私の肩から離れ、七体の仲間たちへ向かった。
「ピンクちゃんもやるんだ」
途中で振り返る。
『パン』
「終わったらね」
それで納得したらしく、ピンクも輪へ加わった。
八体の精霊は何もない山頂を囲むように等間隔で浮かび、それぞれの身体から異なる色の光を溢れさせる。
緑、青、黄、橙、紫、水色、白、ピンク。
八色の光は細い糸のように伸び、山頂の中央で絡み合った。光が重なるほど周囲の音が遠ざかり、さっきまで吹いていた風まで静かになっていく。
やがて、何もなかった地面へ巨大な魔法陣が浮かび上がった。
私は息を呑み、《聖なるマップ》を開いた。
地図には、やっぱり何もない。
目の前では巨大な魔法陣が輝いているのに、現在地にはただの小さな山しか描かれていなかった。
「本当に地図にも見えてない……」
「隠してるってのは本当みてえだな」
オラクルが低い声で答える。
魔法陣の光がさらに強くなると、地面ではなく目の前の空間そのものが水面のように揺れ始めた。
透明な膜の向こうに、何かがある。
最初に輪郭だけが見えた。
巨大な扉と、その上へ伸びる壁。さらに高く、空へ向かって続いていく影が少しずつ色を持ち始める。
「え……」
私は顔を上げた。
空間を覆っていた透明な膜が、八体の魔法によって少しずつ剥がれていく。
そして、ほんの少し前まで岩と草しかなかった山頂に、巨大な塔が姿を現した。
淡い光を帯びた壁は空へ向かって何層にも伸び、塔の周囲には無数の小さな光が漂っている。入口には私たちの何倍もの高さがある大扉がそびえ、その表面には植物や水、風を思わせる複雑な模様が刻まれていた。
赤も緑も黄色も、言葉を失って見上げている。
私も同じだった。
《聖なるマップ》にも載っていない。
場所を知っていても、精霊たちの魔法がなければ見ることすらできない。
八体が魔法を止めても、巨大な塔は消えずにその場へ残った。
緑色の精霊が私たちのところへ戻ってくると、少し誇らしそうに塔を見上げた。
『ここ。私たちの家』
「これが……みんなの住んでるところ?」
『うん』
「名前は?」
昨日聞いたときには教えてくれなかった。
緑色の精霊は笑った。
『精霊の塔』
「そのままだね」
『分かりやすい』
「確かに」
緑はすぐ本を開き、《精霊の塔――聖なるマップにも載らない》と書き込んでいる。
赤は巨大な大扉を見上げたまま、もう中へ入りたくて仕方がないようだった。
「入っていいでぷ?」
『うん』
緑色の精霊が頷いた途端、赤は嬉しそうに駆け出そうとしたけれど、その服の襟をオラクルが後ろから掴んだ。
「待て。初めて来た場所へ一人で突っ込むな」
「でも、精霊さんの家でぷ!」
「家だろうが何だろうが、俺たちには初めての場所だ。それに、勝手に走り回っていいとは言われてねえだろ」
赤は不満そうに口を尖らせたものの、緑色の精霊まで『中、広い。迷う』と付け加えると、すぐにオラクルの近くへ戻ってきた。
「そんなに広いの?」
私は塔を見上げた。
外から見ても十分すぎるほど巨大だ。何層あるのか数えようとしても、上のほうは淡い光に包まれていて輪郭さえぼやけている。それなのに、精霊がわざわざ「広い」と注意するくらいなのだから、内部がどれほどのものなのか想像もつかなかった。
「中って、どんなところなの?」
私が尋ねると、精霊たちは顔を見合わせた。
その反応には覚えがある。
「また秘密?」
緑色の精霊が楽しそうに笑う。
『言うより、見たほうがいい』
「昨日もそんな感じだったよね」
『見たら分かる』
どうやら、教えてくれる気はないらしい。
私は少しだけ頬を膨らませたけれど、正直に言えば、そのほうが楽しみでもあった。
改めて塔へ近づくと、その巨大さがさらに分かった。
淡い乳白色の壁には蔦や葉、水の流れ、風の渦を思わせる細かな模様が刻まれ、それぞれが独立しているのではなく、塔全体を覆う一つの大きな絵のようにつながっている。その隙間には細い光がゆっくり流れ、ときどき呼吸するように明滅していた。
「建物っていうより、生きてるみたい……」
私が呟くと、紫色の精霊が嬉しそうに塔を見上げた。
『私たちの家』
その言葉には、隠された場所をようやく見せられたことへの誇らしさが滲んでいるように感じられた。
私は念のため、もう一度《聖なるマップ》を開いた。
現在地は間違いない。
目の前には、空へ届きそうな巨大な塔がある。
それなのに地図に描かれているのは、相変わらず何の特徴もない小さな山だけだった。
「塔が出たあとでも載らないんだ……」
オラクルも横から地図を覗き込み、目の前の塔と見比べた。
「ここまで来ても駄目か。場所を知ってるだけじゃ意味がねえんだな」
『秘密だから』
緑色の精霊が少し誇らしそうに胸を張る。
緑も自分の本へ《精霊の塔――聖なるマップにも載らない》と書き加えた。
「俺の本には載ったでぷ」
「それ誰かに見せるなよ」
オラクルがすぐ注意する。
緑は一瞬きょとんとしたあと、精霊たちが住処を人から隠していることを思い出したらしく、本を胸へ抱えた。
「分かったでぷ。秘密にするでぷ」
精霊たちは嬉しそうに頷いた。
その様子を見て、私も改めて思う。
私たちは、この場所を見つけたわけではない。
精霊たちに選ばれて、連れてきてもらった。
もし《精霊の叫び》を見つけなければ、ここへ来ることはなかった。《人魚の旋律》を探しに行かなければ、精霊たちを解放することもできなかった。
一つ一つの出来事が、今立っている場所までつながっている。
「フールちゃん」
緑に呼ばれ、顔を上げた。
八体の精霊が、巨大な扉の前へ集まり始めていた。
扉には取っ手らしいものがない。
その代わり、中央には花びらのような八つの窪みが円を描いて並んでいる。
私はその数を見て、すぐに気づいた。
「八つ……」
緑、青、黄、橙、紫、水色、白、ピンク。
解放した精霊も八体。
それぞれの精霊が、一つずつ窪みの前へ移動した。
ピンクの精霊も私の肩から飛び立ち、自分の場所へ向かう。
「ピンクちゃんもやるんだ」
振り返ったピンクの精霊は、珍しくパンとは言わなかった。
小さな両手を扉へ向ける。
ほかの七体も同時に手を伸ばした。
八色の光が灯った。
緑、青、黄、橙、紫、水色、白、ピンクの光が、それぞれの窪みから扉へ染み込むように広がっていく。
蔦のような模様へ光が走り、水を思わせる線が輝き、風の渦がゆっくり動き始めた。
やがて八本の光が扉の中央で一つにつながる。
ゴォン――。
低い音が山頂全体へ響いた。
巨大な扉が、ゆっくり左右へ開き始める。
最初に隙間から流れ出してきたのは、風だった。
森の匂いがする。
その中に水の冷たさと花の甘い香りが混じり、まるでいくつもの場所の空気が一度に流れてきたようだった。
風が私の髪を揺らす。
赤たちも驚いたように鼻を動かしている。
「花の匂いするでぷ」
「水の匂いもするでぷ」
緑が言う。
私は扉の向こうを覗こうとした。
塔なのだから、最初に見えるのは広い玄関か、大きな階段だと思っていた。
でも、扉が開くほど、その考えがおかしいことに気づいた。
石の床がない。
壁も見えない。
代わりに、扉の向こうには緑が広がっていた。
「……え?」
巨大な木々が生えている。
その間を透明な水が流れ、遠くでは大きな滝が光を反射していた。色とりどりの花が地面を覆い、その上を無数の小さな光が飛び交っている。
空まであった。
塔の内部にいるはずなのに、青い空がどこまでも続いている。
私は思わず塔の外側を見上げた。
外から見れば、確かに巨大な建物だ。
それでも、扉の向こうに広がっている景色が収まるほど大きいとは思えない。
「これ……塔の中なの?」
緑色の精霊が嬉しそうに頷いた。
『うん』
扉がさらに開く。
見えていたのは、ほんの入口にすぎなかった。
遠くには森だけでなく、大小の浮島が宙に漂い、その間を細い滝が空中へ流れ落ちている。さらに奥には淡く光る巨大な樹木があり、その枝の周囲を数え切れないほどの精霊たちが飛び交っていた。
私たちが助けた八体どころではない。
十体や二十体でもない。
どれだけいるのか、数えることさえできなかった。
「あんなに……」
赤も、緑も、黄色も声を失っている。
オラクルでさえ、しばらく何も言わなかった。
扉が完全に開くと、向こう側を飛んでいた精霊たちが少しずつこちらへ気づき始めた。
一体が止まり、こちらを見る。
その隣の精霊も振り返る。
さらに別の精霊が気づき、周囲へ何かを伝えていく。
やがて、数え切れないほどの視線が入口へ集まった。
「……私たち、すごく見られてない?」
「そりゃそうだろ」
オラクルがようやく口を開いた。
「人を隠してる場所に、人間とゴブリンが来たんだからな」
言われて、急に緊張してきた。
「入って大丈夫なの?」
私が小声で尋ねると、緑色の精霊が私の前へ飛んできた。
『大丈夫』
青色の精霊も隣へ並ぶ。
『私たちが呼んだ』
白色の精霊も少しだけ迷ったあと、私の近くへ来た。
『一緒に来て』
そして最後に、ピンクの精霊が私の肩へ戻ってきた。
『パン』
「今それ言う?」
緊張していたのに、思わず笑ってしまった。
ピンクの精霊は何も気にせず、いつもの場所へ座る。
その間に、緑色の精霊が開いた扉の向こうへ飛んだ。
少し進んだところで振り返り、私たちへ手を伸ばす。
『ようこそ』
その声に合わせるように、ほかの精霊たちも扉の向こうへ入っていく。
『精霊の塔へ』
私は開いた扉の前に立った。
《聖なるマップ》には存在せず、精霊たちに認められなければ見ることさえできない塔。その中には、外から見た大きさでは到底収まりきらない森と空、無数の精霊たちが暮らす世界が広がっている。
それだけでも十分驚いた。
けれど、私が一歩を踏み出そうとしたときだった。
塔の遥か奥。
巨大な樹木のさらに向こうから、突然一本の光が空へ昇った。
周囲を飛んでいた精霊たちが、一斉に動きを止める。
私たちを案内してきた八体も、さっきまでの嬉しそうな表情を消して光のほうを見た。
「……何?」
誰も答えない。
緑色の精霊まで黙っている。
光は空の高いところまで昇ると、ゆっくり形を変えた。
それはまるで――何かを知らせる合図のようだった。
そして次の瞬間、塔の奥から、低く澄んだ音が響いた。
一度。
少し間を置いて、もう一度。
無数の精霊たちが、同じ方向へ飛び始める。
私の肩にいたピンクの精霊まで、初めてパンを忘れたようにその光を見つめていた。
私はまだ知らなかった。
精霊たちに招かれて足を踏み入れようとしているこの場所で、私たちを待っているものが何なのかを。




