第43話 光る石を探して
洞窟へ足を踏み入れてしばらくすると、背後から差し込んでいた昼の光はほとんど届かなくなり、私たちの周囲を照らすものはオラクルと緑が持つ二本の松明だけになった。
揺れる炎に合わせて岩壁の影が伸び縮みし、天井から落ちる水滴の音が暗闇の奥で何度も反響している。入口から見たときには大きな穴くらいにしか思わなかったけれど、実際に入ってみると洞窟は想像していたよりずっと深く、広い場所と身体を横向きにしなければ通れない場所が交互に続いていた。
「暗いでぷ……」
赤は私のすぐ後ろを離れようとしない。
「松明あるから大丈夫だよ」
「前は見えるでぷ。でも後ろから何か来たら分からないでぷ」
言われて私まで気になり、振り返ってみると、黄色と緑、その後ろには最後尾を歩くオラクルがいる。
「後ろは俺が見てる。お前らは足元気にしろ。こんなところで転んで怪我したら、石どころじゃねえぞ」
注意された直後、岩陰から何かが飛び出した。
赤が「出たでぷ!」と剣へ手を掛け、私も思わず身構えたけれど、松明に照らされたのは手のひらほどの灰色のトカゲだった。トカゲは私たちの足元を素早く横切り、反対側の岩の隙間へ消えていく。
「強敵だったな」
オラクルが笑う。
「急に出てきたら誰だって驚くよ!」
「危なかったでぷ……」
赤は本気だった。
黄色だけはトカゲが消えた岩陰を見ながら、「珍しい種類なら売れたかもしれないでぷ」と残念そうにしている。
「洞窟のトカゲまでお金にしないでよ」
「まだ普通のトカゲって決まってないでぷ」
こんな場所へ来ても三匹はいつも通りで、そのおかげなのか、入口が見えなくなっても思っていたほど怖くはなかった。
◇
最初の分岐へ着くと、私たちは予定通り岩壁に白墨で印を残した。
緑は道の形を本へ書き込み、入口へ戻る方向まで記録する。ミラ婆さんから洞窟の奥は迷いやすいと聞いていたので、今回は誰も反対しなかった。
ただし、赤が白墨を借りて矢印の横に大きな骨付き肉を描いたところで話は変わった。
「なんで肉なの?」
「俺の目印でぷ。帰りにお腹空いてても絶対分かるでぷ」
「普通の矢印で分かるよ!」
消そうとしたけれど、オラクルは少し考えてから「他の奴には意味分からねえだろうし、俺たちだけの印にはなるか」と言い出した。
「認めるの!?」
結局、最初の骨付き肉だけは残された。
そこから先は、分岐が現れるたびに緑が地図と白墨で帰路を確保し、風や地面の湿り方を見ながら進む道を選んだ。行き止まりなら引き返し、足場の悪い場所ではオラクルが先に確認する。
途中で私が地面から突き出した岩につまずきかけたときには、オラクルに服の後ろを掴まれて転倒を免れた。
「前見ろって言っただろ」
「見てたよ!」
「見てて岩に引っ掛かったならもっと駄目だろ」
言い返せなかった。
赤が「俺が前を守るでぷ」と交代してくれたものの、十秒もしないうちに天井から落ちた水滴に驚いて私の後ろへ戻ってきたので、結局また私が先を歩くことになった。
そんな探索を繰り返すうちに、入口からどれほど離れたのか分からなくなっていた。それでも緑が地図を描き、曲がった場所には白墨を残しているため、帰る方向だけは把握できている。
「地図って大事だね」
「迷子になってから気づいても遅いでぷ」
「緑がいてよかった」
そう言うと、緑は少し照れたように本を閉じた。
◇
さらに奥へ進むにつれて、水滴に混じって流れる水の音が聞こえ始めた。
音を追った先で道が急に開け、私たちは大きな空洞へ出た。天井は松明の光が届かないほど高く、その中央を地下水が細い川となって横切っている。岩の裂け目から流れ出した水は、反対側の暗い穴へ吸い込まれるように消えていた。
向こう岸には洞窟の続きらしい道が見えているものの、橋はない。
オラクルは水辺へ近づき、石を投げて深さを確かめた。
「端なら膝より下だ。ただ流れはあるから、縄を使って一人ずつ渡るぞ」
持ってきた縄を岩へ固定し、まずオラクル、続いて緑と黄色が慎重に渡った。
ところが赤は、自分の番になると勢いよく水へ踏み込んだ。
「ゆっくり!」
私が止めるより早く、赤の足が濡れた岩の上で滑った。
「わっ!」
オラクルがすぐ縄を引いたため流されることはなかったけれど、赤はその場で派手に尻もちをつき、頭から水を浴びた。
しばらく黙ったあと、びしょ濡れのまま立ち上がる。
「……冷たいでぷ」
「だからゆっくりって言ったでしょ!」
「魚もいなかったでぷ……」
「まだ魚探してたの!?」
全員が向こう岸へ渡ったあと、赤の服を乾かすため少し休むことになった。
緑が地下川を地図へ書き加えている間、私は水を飲みながら周囲を眺め、そこで岩壁に刻まれた奇妙な印を見つけた。
苔と汚れを払い、松明を近づけてみる。
そこには波のような線と、細く欠けた月が刻まれていた。
「これ……ミラ婆さんが言ってたのと似てない?」
緑もすぐに本を開いた。
《水の石を携え、欠けた月を待て》。
伝承に出てきた二つが、目の前の岩壁にも一緒に刻まれている。
「水と月でぷ」
「偶然にしちゃ出来すぎてんな」
オラクルも加わって岩壁の汚れを落としていくと、欠けた月から一本の細い線が右下へ伸びていることが分かった。
線の先には大きな岩が張り出していたけれど、松明を横から当てると、その陰に人一人が通れるほどの狭い通路が隠れている。
正面からでは、ただの窪みにしか見えなかった場所だ。
「この月、道を教えてるんじゃない?」
緑が壁の線と通路を見比べる。
「ありそうだな。少なくとも調べる価値はある」
それまで私たちは風や道幅を頼りに進んできた。でも、この《欠けた月》が意図的に残された道標なら、ここから先は話が変わる。
赤の服がある程度乾くのを待ってから、入口に白墨で印を残し、私たちは隠れていた狭い通路へ入った。
◇
その道はこれまでより狭く、ところどころ身体を横向きにしなければ通れなかった。
けれど、少し進んだところで再び同じ《欠けた月》が現れた。
さらに奥の分岐でも、片方の道にだけ月が刻まれている。
三つ目を見つけたところで、もう偶然とは思えなかった。
どうやらこの月は、誰かが洞窟の奥へ向かうために残した道標らしい。印はすべての場所にあるわけではなく、迷いやすい分岐にだけ刻まれていたため、それ以降は無駄な行き止まりへ入り込むこともなくなった。
「なんで矢印じゃなくて月なんだろう」
歩きながら私が呟くと、オラクルは壁の印を一度振り返った。
「この洞窟とビーン湖の伝承を知ってた奴が残したんじゃねえか? だったら《欠けた月》そのものに意味がある可能性もある」
「石まで案内してるだけじゃないかもしれないでぷね」
緑が本へ印の形を書き写す。
その言葉を聞いて、私はもう一度月を見た。
ミラ婆さんは、《欠けた月》が三日月なのか半月なのか分からないと言っていた。
けれど、この洞窟には明確な形をした月が残されている。
もし《光る石》まで辿り着ければ、月の形についても何か分かるかもしれない。
そう考えると、ただの道標だった印が急に重要な手掛かりに見えてきた。
◇
《欠けた月》を追って進むにつれ、道は緩やかに下り、空気も冷たく湿っていった。
しばらく歩いたところで、先頭のオラクルが突然足を止めた。
「待て」
私たちも立ち止まり、オラクルが指した先を見る。
松明の炎を手で隠してみると、暗闇の奥に淡い青色の光が浮かんでいるのが分かった。
「光ってるでぷ……」
赤の声まで小さくなる。
足元を確かめながら近づき、最後の《欠けた月》が刻まれた曲がり角を越えると、目の前に小さな空洞が現れた。
天井から細い鍾乳石が何本も垂れ、床には浅い水が広がっている。その水面には青白い光が映り込み、松明がなくても周囲の輪郭が分かるほどだった。
光の出どころは、空洞の一番奥にある岩壁の窪みだった。
そこには手のひらに乗るほどの透明な石があり、内部からゆっくり呼吸するように淡い光を放っている。
ミラ婆さんから聞いた特徴と同じだった。
「……あった」
ようやく見つけた。
洞窟の奥で光る《水に選ばれる石》。
思わず近づこうとした私の前へ、オラクルの腕が出た。
「待て。石だけ見るな」
松明が低く掲げられ、浅い水の下に隠れていた岩床が照らされる。
そこで初めて、石を中心として巨大な円が刻まれていることに気づいた。
自然のひびではない。
何重もの線で作られた円の外側に、十二個の月が並んでいる。
私たちは石へ近づかず、円の外から順番に月を確認した。
最初は糸のように細く、隣へ進むごとに少しずつ太くなっていく。やがて半分ほど満ち、完全な丸になったあと、今度は反対側から欠け始め、最後には再び細い月へ戻っていた。
「月の満ち欠け……」
緑は洞窟で写してきた《欠けた月》と、床に刻まれた十二の月を見比べた。
そして、一つの印で手を止める。
「これでぷ」
私たちが道標として追ってきた月と、ほとんど同じ形だった。
十二の月の中で、なぜこの形だけが洞窟の道標として使われていたのか。
赤が首を傾げる。
「これが《欠けた月》でぷ?」
「たぶん重要なのは間違いねえ。ただ、まだ決めつけるな」
オラクルが円の内側を照らした。
そこで、さらに一つ違いが見つかった。
《光る石》の置かれた中心からは十二本の細い溝が伸び、それぞれ外側の月へつながっている。しかし、そのうち十一本はただ岩に刻まれているだけなのに、道標と同じ《欠けた月》へ向かう一本だけが、石と同じ淡い青色に光っていた。
「石と、この月だけがつながってる……」
私が呟くと、緑は床へしゃがみ込み、光る線を注意深く確認した。
「だったら、この形がビーン湖へ行く月を示してる可能性があるでぷ」
今まで分からなかった《欠けた月》が、ようやく一つの形を持ち始めた。
洞窟の壁に残された月は、《光る石》まで案内するためだけの目印ではなかったのかもしれない。
石を見つけた者へ、その次に何を待てばいいのかまで伝えるために残されていた。
ただし、今の私たちには、この月を何と呼ぶのかがまだ分からない。
三日月なのか。
それとも、昔は別の名前で呼ばれていた月なのか。
そこを間違えれば、ビーン湖へ行っても何も起きないかもしれない。
「この形、ちゃんと写しておこう」
「任せるでぷ」
緑は十二の月と、青く光っている一本の線を丁寧に本へ描き始めた。
オラクルはその間も石へ近づかず、魔法陣の周囲を確認している。
黄色まで今回は真面目な顔で床を見つめていたけれど、しばらくして小声で聞いた。
「これ、石取ったら光消えるでぷ?」
「そこ気になる?」
「暗くなったら帰り困るでぷ」
「あ……」
それは考えていなかった。
オラクルが笑う。
「珍しくまともな心配じゃねえか」
「珍しくは余計でぷ」
光る石を見つけたからといって、すぐ手を伸ばせばいいわけではない。
この魔法陣が何のためにあるのか。
石を動かしたとき、何が起こるのか。
そして、青く光る《欠けた月》が何を意味しているのか。
ここまで洞窟に残された印を追ってきたからこそ、目の前の石だけを見て動くのは危険だと分かった。
私は淡い青色に照らされた十二の月を見渡した。
《光る石》は見つけた。
それと同時に、ビーン湖へ向かうための次の手掛かりも見つかりかけている。
「石を取る前に、この仕掛けをもう少し調べよう」
私が言うと、オラクルも頷いた。
急ぐ必要はない。
探していたものは、もう目の前にあるのだから。
私たちは《光る石》へ手を伸ばす前に、床へ刻まれた仕掛けをもう少し詳しく調べることにした。
緑が十二の月を本へ写している間、オラクルは円の外側を一周し、岩床や壁に別の文字が残されていないか確かめていく。私と赤も松明を持って周囲を照らし、黄色は「踏んだら危ないでぷ」と珍しく慎重に魔法陣から距離を取っていた。
「文字みたいなのはないね」
「こっちにも何もないでぷ」
赤が壁の窪みを覗き込む。
オラクルも一周して戻ってくると、円の手前へしゃがんだ。
「仕掛けがあるとしたら、やっぱりこの十二の月と石だな。壁の印がここまで案内してたことを考えりゃ、石を取らせたくないための罠って感じもしねえ」
「じゃあ取っていいの?」
「そこまでは言ってねえよ」
私は伸ばしかけた手を引っ込めた。
「早いでぷ」
緑にまで注意された。
「まだ触ってないよ!」
オラクルは円の中心から伸びる十二本の溝をもう一度確認し、その中で青く光る一本を指先で示した。
「気になるのはこいつだ。石から伸びてる光が、この月で止まってる」
道中で追ってきたものと同じ、細く欠けた月。
十二ある月のうち、それだけが《光る石》と青い線で結ばれている。
「石がこの月を選んでるみたい」
私が言うと、緑が本へ写した十二の月を並べて見せた。
「ミラ婆さんは《欠けた月を待て》って言ってたでぷ。でも昔の人がどの形を《欠けた月》って呼んでたか分からなくなってたでぷ」
「だから、ここに答えを残した?」
「そうかもしれないでぷ」
言葉なら、長い時間が経つうちに意味や呼び方が変わることもある。でも形なら、見れば分かる。
昔この場所を作った誰かは、それを知っていたのかもしれない。
《水に選ばれる石》を見つけた者が、次にどの月を待てばいいのか迷わないように、洞窟の壁と石の周囲へ同じ月を残した。
「だったら、これを覚えて帰ればいいんだね」
「本に写したでぷ。形も線も残したから大丈夫でぷ」
緑が頼もしく本を閉じる。
これで少なくとも、《欠けた月》については昨日よりずっと具体的になった。
あとは村へ戻って、この形が今の呼び方では何という月なのかを調べればいい。
問題は、目の前の石だった。
◇
「で、どうやって取る?」
オラクルが言うと、全員が《光る石》を見た。
岩壁の窪みに収まっているだけに見えるけれど、石からは今も淡い青色の光が流れ、床の月へつながっている。
赤が剣の鞘で石を突こうとしたので、私は慌てて止めた。
「なんで剣で触ろうとするの!」
「手より安全でぷ」
「剣に何か起きたらどうするの?」
赤は少し考え、剣を戻した。
「嫌でぷ」
新しい剣は大切らしい。
黄色が鞄を探り始める。
「いらない物投げるでぷ?」
「石に?」
「罠なら先に動くかもしれないでぷ」
今度は意外とまともだった。
オラクルも否定せず、小さな石を拾って魔法陣の外側から投げ入れた。
小石が浅い水へ落ちる。
ぽちゃん、と音がして波紋が広がった。
何も起きない。
もう少し中心に近い場所へ別の小石を投げても同じだった。
「踏んだら発動する仕掛けじゃなさそうだな」
オラクルが今度は縄を取り出した。
先端へ小さな輪を作り、《光る石》へ引っ掛けようとする。
何度目かで縄が石に掛かった。
「引くぞ」
全員が少し下がる。
オラクルがゆっくり縄を引いた。
石が僅かに動いた。
その瞬間、床を走っていた青い線の光が強くなった。
「光った!」
私たちは身構えたけれど、爆発も雷も起こらない。
代わりに、十二の月のうち一つだけが青く輝いた。
道標と同じ《欠けた月》だった。
そして空洞の中に、低い音が響いた。
ゴゴゴゴ……。
赤が私へしがみつく。
「何か動いてるでぷ!」
「私も聞こえてる!」
オラクルが縄から手を離そうとしたとき、岩壁の窪みから《光る石》が外れた。
石は浅い水の中へ落ちることなく、青い光をまとったまま床から少し浮かび上がった。
全員が言葉を失った。
浮かんだ石はゆっくり円の中心まで移動すると、その場で一度だけ強く輝いた。
十二の月が順番に光り始める。
細い月から少しずつ満ち、満月になり、そこからまた欠けていく。
まるで本物の月が時間を早送りされているようだった。
「月が動いてるでぷ……」
緑が呟く。
光は円を一周し、最後に道標と同じ《欠けた月》で止まった。
その瞬間、空洞に響いていた低い音も止まった。
静寂が戻る。
そして浮かんでいた《光る石》が、ゆっくり下へ降りてきた。
私は反射的に両手を差し出した。
「フール!」
オラクルの声が飛ぶ。
でも、もう石は目の前だった。
淡い光をまとった石が、私の手のひらへ静かに収まる。
冷たいと思っていた。
けれど違った。
ほんの少しだけ温かい。
「……大丈夫」
痛みもない。
身体に何か起こる様子もなかった。
それどころか、私の手へ収まった途端、石の光は穏やかになった。
床の魔法陣からも青い光が消えていく。
「取れた……?」
赤が恐る恐る近づく。
「たぶん」
緑も覗き込んだ。
「本当に光ってるでぷ」
黄色まで目を輝かせる。
「高そうでぷ」
「売らないよ」
「まだ何も言ってないでぷ」
「顔が言ってる」
最近、このやり取りが増えた気がする。
オラクルは私の手の中の石を確認し、それから完全に光を失った床の魔法陣を見た。
「どうやら持ってっていい物だったみてえだな」
「よかった……」
私はようやく肩の力を抜いた。
そのときだった。
鞄の中から、聞き慣れた小さな音がした。
私はすぐに《聖なるマップ》を取り出す。
ページが淡く光っている。
「聖なるマップでぷ!」
緑たちも集まってきた。
光は地図の上ではなく、《聖なるマップ》と連動する冒険アルバムの新しい一枠へ集まっていた。
何もなかった場所に、少しずつ一枚のカードが形作られていく。
そこには、私が手にしている青白い石が描かれていた。
《水に選ばれる光石》
私は名前を読み上げた。
「《水に選ばれる光石》……」
ミラ婆さんたちは《光る石》や《水に選ばれる石》と呼んでいたけれど、《聖なるマップ》には一つの名前として記録されたらしい。
緑はすぐに本へ正式な名前を書き足した。
「これで間違いないでぷね」
「うん」
私たちは昔話を追ってここまで来た。
そして今、その昔話に出てきた石が本当に存在することを自分たちの目で確かめた。
それだけじゃない。
洞窟に残された《欠けた月》の形まで分かった。
次に調べることも、もう見えている。
「村に戻ろう」
私が石を大切に鞄へしまおうとすると、オラクルが止めた。
「待て。普通の袋に突っ込むな。割れたらどうすんだ」
「確かに……」
緑が布を取り出し、何重かに包んでから小さな袋へ入れてくれた。
黄色が心配そうに見ている。
「落としたら大変でぷ」
「黄色が言うと値段の心配に聞こえる」
「今回は違うでぷ。もう一回ここまで来るの嫌でぷ」
「そっち!?」
確かに、それも嫌だった。
◇
帰り道は、来たときよりずっと早かった。
《欠けた月》の印を逆に辿り、地下川まで戻る。緑の地図と白墨の印も残っているため、迷う心配はほとんどなかった。
地下川では赤が「今度は滑らないでぷ」と慎重に歩き、無事に渡り切ったあとで得意そうに胸を張った。
「成長したでぷ」
「一回転んだだけで大げさだな」
オラクルが笑う。
「経験は大事でぷ」
「それっぽいこと言うようになったね」
黄色は白墨で残した印を確認しながら、帰り道の分岐を間違えないよう緑を手伝っていた。
そして最初の分岐まで戻ると、岩壁に描かれた骨付き肉が松明に照らされた。
赤が嬉しそうに指差す。
「ほら、役に立ったでぷ!」
「地図と矢印でも帰れたよ!」
「肉のほうが分かりやすいでぷ」
「消さなくて正解だったな」
オラクルまで味方する。
「なんで二人とも肉の印をそんなに評価してるの……」
洞窟に入ったときの緊張は、いつの間にかかなり薄れていた。
◇
やがて暗闇の向こうに、自然の光が見えてきた。
入口だ。
洞窟の外へ出た瞬間、眩しさに思わず目を細めた。ずっと湿った暗闇の中にいたせいか、昼の空が信じられないほど明るく見える。
赤は両腕を広げ、大きく息を吸った。
「外でぷー!」
「声大きいよ」
でも、その気持ちは少し分かった。
私は鞄の中へ手を入れ、布に包まれた《水に選ばれる光石》がちゃんとあることを確認した。
これで最初の条件は揃った。
次はビーン湖。
そして、洞窟で見つけた《欠けた月》の形が、今の月の呼び方では何なのかを確かめなければならない。
「村に戻ったら、あの月の形について聞いてみよう」
私が言うと、緑が本を開いた。
そこには、洞窟で写した十二の月が並んでいる。
その中の一つだけには、青い線を表す印が付けられていた。
「これが何の月か分かれば、次にいつビーン湖へ行けばいいか分かるでぷ」
「そうだね」
オラクルも頷いた。
「今日はまだ時間ある。村で聞けば、月の呼び方くらい知ってる奴はいるだろ」
赤は別のことを考えていた。
「村戻ったら魚食べるでぷ?」
「朝も食べたでしょ」
「洞窟歩いたから減ったでぷ」
「何が?」
「魚が入る場所でぷ」
「お腹って言って!」
黄色まで「QUESTじゃないから食事代は自腹でぷ」と計算を始める。
私は笑いながら、キャメル村へ続く林の道へ足を向けた。
昔話だと思われていた《光る石》は、本当に存在した。
そして石の眠っていた場所には、十二の月と、一つだけ選ばれた《欠けた月》が残されていた。
偶然とは思えない。
《水に選ばれる光石》と《ビーン湖》、そして《欠けた月》。
三つの手掛かりが、ようやく一本につながろうとしている。
私たちはその続きを確かめるため、手に入れた石を大切に抱えながらキャメル村へ戻ることにした。




