第41話 キャメル村へ
翌朝、宿場の空が明るくなり始めたころ、私たちはQUESTの依頼書に書かれていた集合場所へ向かった。
場所は宿場の南側にある厩舎の前。昨日のうちに受付を済ませていたので、あとは依頼主と合流して出発するだけだった。
「眠いでぷ……」
赤が大きな欠伸をしたので、昨日あれだけ早く寝たのにと聞いてみると、「朝は眠いでぷ」と当然のように返された。
「昼も眠いって言ってなかった?」
「お腹いっぱいになると眠いでぷ」
「じゃあ、いつ起きてるの?」
赤は少し考えてから、真面目な顔で答えた。
「肉を食べてるときでぷ」
「それだけ?」
横で聞いていたオラクルが笑った。
黄色は朝から元気で、今回のQUESTで貰える二銀Bについて昨日から何度も確認している。
「本当に二銀B貰えるでぷね? 途中で一銀Bになったりしないでぷ?」
「依頼書に書いてあっただろ。勝手に減らねえよ」
オラクルが呆れると、黄色は納得できない様子で首を横へ振った。
「情報屋は二銀Bから四十五赤Bになったでぷ」
「値下がりしたんだから良かったじゃん」
「今回は上がる方向がいいでぷ」
相変わらずだった。
そんな話をしながら厩舎へ着くと、すでに一台の荷馬車が待っていた。荷台には木箱や麻袋、樽が隙間なく積まれ、その横で四十歳くらいの男性が縄の締まり具合を確認している。
日に焼けた顔に短い髭を生やし、動きやすそうな茶色の服を着た男だった。
「QUESTを受けた人たちか?」
「はい。フールです」
私が答えると、男性は私から三匹、最後にオラクルまで順番に眺めた。
「ずいぶん変わった組み合わせだな。俺はバルト。キャメル村までこの荷物を運ぶ商人だ。今回はよろしく頼む」
差し出された手を握り返すと、バルトさんは今度はオラクルを見た。
「で、そっちの猫は?」
オラクルの眉が動く。
「誰が猫だ」
「違うのか? じゃあ何なんだ?」
オラクルが黙った。
私も知らない。
三匹まで揃ってオラクルを見ると、本人は居心地が悪そうに私たちを睨み返した。
「……何だよ」
「オラクルって何なの?」
「今それ聞くのか?」
結局、答えは返ってこなかった。
バルトさんはよく分からないまま笑い、「まあ荷物を運べるなら何でもいい」と話を切り上げた。
◇
出発前に仕事の内容を確認すると、キャメル村までは順調なら夕方には着くらしい。
私たちの役目は道中で荷物が崩れないよう確認し、休憩時には必要に応じて積み直し、何か問題が起きたときに手伝うことだった。
「護衛じゃないんですよね?」
「ああ。護衛を雇うほど危険な道じゃない。もちろん魔物や盗賊が絶対に出ないとは言えんが、それはどこの街道も同じだ。それに、運んでるのも高級品じゃない」
バルトさんが荷台を軽く叩くと、黄色がすぐに中身を気にした。
「何が入ってるでぷ?」
「小麦、干した豆、薬草、布……あとは酒だな」
「酒?」
それまで大して興味を示していなかったオラクルが、そこだけ妙に早く反応した。
バルトさんは荷台の奥へ手を伸ばすと、積まれていた箱の一つを軽く叩いた。
「《俺とお前と鬼殺し》だ」
「……何それ?」
聞いたことのない名前だった。
赤、緑、黄色も揃って首を傾げている。オラクルだけは知っていたらしく、「ああ、鬼殺しか」と納得したように頷いた。
「有名なの?」
私が尋ねると、バルトさんは笑った。
「有名も何も、世界中で飲まれてる安酒だよ。値段の割によく酔えるから、酒好きや酔っ払いには昔から人気がある。酒場へ行けば大抵どこかに置いてあるんじゃないか?」
そう言って、バルトさんは荷台から一本の瓶を取り出して見せてくれた。
中には少し濁った透明な酒が入っていて、瓶の正面には派手なラベルが貼られている。そこに描かれていたのは、角の生えた男の鬼と女の鬼だった。
向かい合った二人の鬼が酒瓶を持ち、互いの口へ酒を流し込んでいる。男の鬼も女の鬼も顔を真っ赤にして笑っていて、商品名の《俺とお前と鬼殺し》という大きな文字が、その二人を囲むように書かれていた。
「すごい絵……」
「楽しそうでぷ」
赤は気に入ったらしい。
緑はラベルをじっと眺めながら、もっともな疑問を口にした。
「なんで《鬼殺し》なのに鬼が飲んでるでぷ?」
「知らん。昔からこの絵だ」
バルトさんは即答した。
「鬼を殺すんじゃないの?」
「飲みすぎた鬼が勝手に潰れるからじゃねえか?」
オラクルが横から適当なことを言う。
「絶対今考えたでしょ」
「それっぽいだろ」
黄色は酒そのものより値段が気になったらしい。
「安いって、どれくらい安いでぷ?」
「お前は本当に金の話しかしねえな」
バルトさんが笑った。
その間にオラクルが瓶へ手を伸ばしていたので、私はすぐにその手を叩いた。
「痛っ! 何すんだ!」
「商品だからね」
「見るだけだ!」
「絶対飲もうとしたでぷ」
緑にまで言われ、オラクルは不満そうに手を引っ込めた。
バルトさんは笑いながら《俺とお前と鬼殺し》を箱へ戻し、しっかり蓋を閉めた。
「こいつもキャメル村の酒場へ卸す商品だ。着く前に一本でも減ってたら、その分は報酬から引くからな」
その瞬間、黄色がオラクルの前へ立った。
「絶対飲ませないでぷ」
「飲まねえよ!」
「二銀Bを守るでぷ」
「俺より酒を信用してねえだろ、お前」
「お金のほうが大事でぷ」
どうやらキャメル村へ着くまで、オラクルより酒を見張る役目まで増えてしまったらしい。
バルトさんはそんな私たちを見て笑いながら御者台へ乗った。
「準備できたなら行くぞ。日が落ちる前には村へ入りたい」
荷馬車がゆっくり動き始め、私たちもその横を歩き出した。
目的地はキャメル村。
荷台には小麦や薬草、それに世界中の酔っ払いたちが好むという《俺とお前と鬼殺し》。そして村には、《水に選ばれる石》と《月が水の道を開く》という古い言い伝えが残っている。
その昔話が本当に《精霊の叫び》へつながっているのか。それを確かめるための一日が始まった。
◇
宿場を離れてしばらくすると、街道は緩やかな下り坂へ入った。
昨日より木々が多く、道の片側には浅い川が流れている。澄んだ水の中では小さな魚が泳いでいて、それを見つけた赤が早速反応した。
「魚でぷ!」
「見るだけだからね」
「昨日もそれ言われたでぷ」
「昨日も魚に反応してたからね」
バルトさんが御者台から笑いながら、「キャメルまで行けば川魚くらい食えるぞ」と教えてくれた瞬間、赤の歩く速度が目に見えて上がった。
「本当でぷ!?」
「さっき眠いって言ってたのに……」
食べ物の力はすごい。
しばらくは何事もなく進んだので、私は昨日から気になっていたキャメル村について聞いてみることにした。
「バルトさん、キャメル村ってどんなところなんですか?」
「小さい村だよ。畑と牧畜で暮らしてる奴が多くて、旅人がわざわざ観光に来るような場所でもないな」
「洞窟があるって聞きました」
その言葉に、バルトさんが少しだけ振り返った。
「もうその話を聞いたのか?」
私は宿場の主人から、《水に選ばれる石》や《月が水の道を開く》という言い伝えを聞いたことを説明した。
バルトさんは特に驚く様子もなく、「ああ、昔話な」と笑った。
「村の年寄りなら詳しいかもしれんが、若い奴はほとんど気にしてないぞ。洞窟だって別に隠されてるわけじゃない。ただ、奥は道が入り組んでるから、子供には入るなって言われるくらいだ」
「中に何かあるんですか?」
「さあな。俺も入口から少し入ったことがある程度だ」
そこでオラクルが口を挟んだ。
「じゃあ、《水に選ばれる石》ってのは?」
「知らん。光る石を見たって奴なら昔はいたらしいが、俺は見たことないな」
その言葉に、私は思わず歩く速度を緩めた。
緑もすぐに反応する。
「今、光る石って言ったでぷ?」
「ああ。ただの言い伝えだぞ。洞窟の奥には夜みたいに光る石があるとか、その石は水の行き先を知ってるとか、話す奴によって内容も違う。子供のころは俺も探しに行こうとしたけど、親父に殴られて終わった」
オラクルが笑った。
「現実的な親父だな」
「洞窟で迷子になられるよりマシだろ」
緑はすでに本を開き、《キャメル村の洞窟――光る石の伝承あり》と書き込んでいた。
昨日までは《水に選ばれる石》という曖昧な言葉しか知らなかったのに、少しだけ話が具体的になった。ただし、本当にそんな石が存在するのかは分からない。
「村に着いたら調べよう。まず村の人に話を聞いて、それから洞窟のことを考えよう」
私が言うと、緑も頷いた。
「それがいいでぷ」
オラクルが少し意外そうにこちらを見る。
「いきなり洞窟へ突っ込むとか言わねえんだな」
「私だって考えるよ!」
「成長したな」
「なんでそんなに上からなの?」
バルトさんの笑い声が街道に響いた。
◇
昼前になったころ、荷馬車が突然大きく傾いた。
荷台の木箱が一斉に揺れたので、私たちは慌てて距離を取る。バルトさんもすぐに馬を止め、右後ろの車輪を確認した。
昨夜この辺りで雨でも降ったのか、街道脇の土だけが柔らかくなっており、車輪が深い泥の中へ嵌まり込んでいる。
「まずいな。少し荷物を降ろさないと出せそうにない」
バルトさんの言葉に、全員の視線が荷台へ向かった。
昨日、十五個の荷物を必死に運んだ記憶が蘇る。
赤が露骨に嫌そうな顔をした。
「また荷物でぷ……」
「QUEST選び間違えたかな……」
「二銀Bでぷ。頑張るでぷ」
黄色の一言で、赤が渋々荷台へ向かった。
現金だった。
昨日の経験があったので、作業そのものは前よりずっと早かった。
黄色が荷物の重さを見ながら降ろす順番を決め、赤とオラクルが重い木箱を担当し、私と緑は比較的軽い荷物を道の乾いた場所へ運んでいく。
「黄色、また頭だけ使ってない?」
「適材適所でぷ」
「便利な言葉覚えたね……」
荷物を半分ほど降ろしたところで、オラクルと赤が荷馬車の後ろへ回った。
私たちも一緒に押す。
「せーのでいくぞ!」
オラクルの声に合わせて全員で力を込めたものの、車輪は泥の中で空回りし、少し動いただけでまた沈んでしまった。
二度目はバルトさんも御者台から降りて加わる。
赤の「押すでぷ!」という掛け声に合わせ、私も靴が泥に沈むのを気にせず力を込めた。
何度目かで、車輪がようやく泥の縁へ乗り上げた。
その瞬間、勢いよく回った車輪から泥が跳ね上がった。
冷たいものが頬へ飛んできたので、手で拭ってみる。
泥だった。
隣を見ると、赤も緑も黄色も同じように泥だらけになっている。
オラクルだけが、少し離れた場所に立っていたせいでほとんど汚れていなかった。
全員の視線が集まる。
「……何だよ」
「ずるい」
「俺も押してただろ」
「一番泥が飛ばない場所にいたでぷ」
黄色が冷静に指摘する。
「偶然だ」
「絶対嘘でぷ」
赤が足元の泥を軽く蹴った。
飛んだ泥が、オラクルの靴へぺたりと付く。
「おい」
赤は一瞬固まったあと、走り出した。
「偶然でぷー!」
「待てコラ!」
オラクルが追いかける。
「仕事中だよ!」
私が止めようとしたけれど、緑まで笑い始め、黄色だけは金袋が汚れないよう両手で高く掲げている。
バルトさんは荷馬車にもたれ、腹を抱えて笑っていた。
結局、車輪を泥から出す作業より、みんなが落ち着くまでのほうが時間が掛かった。
◇
荷物を積み直したあと、近くの川で顔や手、靴についた泥を簡単に洗ってから再出発した。
赤だけはオラクルに頭を軽く叩かれたことをまだ根に持っているらしく、歩きながら「泥くらいで怒るなんて小さいでぷ」と文句を言っていた。
「最初に蹴った奴が言うな」
「偶然でぷ」
「狙ってただろ」
二人の言い合いを聞きながら、私は街道の先へ目を向けた。
キャメル村には古い洞窟があり、その奥には光る石があるという話が残っている。昨日まで曖昧だった伝承が少しずつ形を持ち始めているけれど、本当に石が存在するのか、存在したとして《精霊の叫び》と関係するのかはまだ何も分からない。
だからこそ、まず村で話を聞いてから、自分たちで確かめればいい。
午後の日差しの中を荷馬車と一緒に進んでいると、やがて遠くの丘の向こうに何本もの細い煙が立ち上っているのが見えた。
「見えてきたぞ」
バルトさんが御者台から前方を指差した。
丘を越えた先には畑が広がり、その中央に家々が寄り集まっている。大きな壁も高い塔もなく、アデューのような街と比べれば驚くほど小さな集落だった。
「あれがキャメル村だ」
赤は村を見るなり「魚あるでぷ?」とバルトさんへ尋ね、黄色は宿代がいくらなのか気にし始めた。緑は本に村の位置を書き加え、オラクルは「着いて早々洞窟へ走るなよ」と私へ釘を刺してくる。
「分かってるってば」
「さっきも言ってたから一応な」
「信用なさすぎない?」
「今までの行動の結果だろ」
言い返したかったけれど、思い当たることが多すぎてやめた。
◇
キャメル村へ近づくにつれて、道の両側に畑が増えていった。
背の低い石垣で区切られた畑には野菜や穀物が育ち、その間を農具を担いだ人たちが行き来している。少し離れた牧草地では牛や羊に似た動物が草を食み、村の中を流れる細い水路には、近くの川から引かれた澄んだ水が流れていた。
村そのものは、宿場で聞いた通り素朴だった。
木と石で造られた家が数十軒ほど集まり、中央には小さな広場と井戸がある。子供たちが走り回る近くでは年配の女性たちが野菜を並べて話をしていて、《水に選ばれる石》なんて不思議な言い伝えが残っている場所には見えなかった。
「普通の村だね」
「だから言っただろ」
バルトさんが笑った。
「昔話があるからって、住んでる奴まで毎日不思議なことしてるわけじゃない」
「それもそうか……」
赤はすでに別のものへ気を取られていた。
「いい匂いするでぷ」
広場の向こうに小さな食堂があり、開け放たれた窓から焼いた魚らしい匂いが漂っている。
「川魚あるって言ってたでぷ!」
「仕事終わってからね」
「早く終わらせるでぷ!」
今日一番やる気のある声だった。
荷馬車は広場を抜け、村の南側にある一軒の建物の前で止まった。大きな倉庫が併設されていて、入口では何人かの村人が荷物の到着を待っている。
「着いたぞ。ここが納品先だ」
バルトさんが御者台から降りると、私たちも荷台へ向かった。
村へ着いたからといって、QUESTが終わったわけではない。
木箱や麻袋を倉庫へ運び、重い樽は二人で持つ。昨日から何度も荷物を扱ったおかげで、最初のころより誰が何を担当すればいいのか自然と分かるようになっていた。
黄色が荷物の大きさや重さを見ながら順番を決め、赤とオラクルが重い物を担当し、私と緑は小さな木箱や麻袋を運んでいく。
やがて赤とオラクルが、最後に残った酒の木箱を倉庫へ運び込んだ。
「これで最後でぷ!」
私は《俺とお前と鬼殺し》を思い出し、念のため箱の中を覗いた。
「《鬼殺し》、減ってない?」
「なんで俺見ながら言うんだよ」
「念のため」
黄色まで一緒になって本数を確認すると、満足そうに頷いた。
「全部あるでぷ。二銀Bは守られたでぷ」
「俺が飲む前提で話すな!」
バルトさんだけでなく、荷物を受け取っていた村人まで笑っていた。
すべての荷物を降ろし終えると、バルトさんは受取人と数を確認してから私たちのところへ戻ってきた。
「よし、これで仕事は終わりだ。途中で車輪が嵌まったときはどうなるかと思ったが、予定より少し遅れただけで済んだ。助かったよ」
そう言って差し出された革袋を、黄色が両手で受け取った。
すぐに袋を開き、中身を一枚ずつ確認する。
「一、二……ちゃんと二銀Bあるでぷ!」
「疑ってたのか?」
「確認は大事でぷ」
「商売人向きかもしれんな、お前」
バルトさんに褒められ、黄色は今日一番誇らしそうな顔をしていた。
これでQUESTは無事に完了した。
◇
仕事を終えた私たちは、ひとまず広場へ戻った。
赤はすぐ食堂へ向かおうとしたけれど、オラクルに「先に宿取らねえと寝る場所なくなるぞ」と止められた。
「魚がなくなるでぷ」
「宿のほうが先になくなったらどうすんだ」
「外で寝るでぷ」
「嫌だよ!」
赤の中では宿より魚のほうが大切らしい。
すると黄色まで「外で寝たら宿代は浮くでぷ」と赤に加勢し始めたので、今度は私が止めることになった。
「二対二だな」
オラクルが言う。
「何が?」
「俺と緑が宿、赤と黄色が野宿」
「私を勝手に宿側に入れるでぷ?」
緑までおかしなことを言い始めた。
「私も宿だから三対二!」
「お前入れたら五人だろ」
「……あれ?」
「フールちゃん、数弱いでぷ?」
「違うよ!」
自分でも途中から何を数えていたのか分からなくなった。
結局、当然のように宿を取ることになった。
荷物を部屋へ置いて広場へ戻ると、赤は念願だった焼き魚を買い、黄色は今日の報酬から宿代を差し引いて残金を計算している。緑は食事を待ちながら村の様子を本へ書き込み、オラクルは早くも煙草を吸っていた。
私も焼いた川魚を少しずつ食べながら、村の周囲を眺めてみた。
洞窟らしいものは見当たらない。
そもそも、どちらにあるのかさえ知らなかった。
「さて、飯食ったらどうする?」
オラクルに聞かれ、私はすぐに答えた。
「光る石について聞きたい。でも、いきなり洞窟には行かないよ。まず村の人に、昔話を詳しく知ってる人がいないか聞いてみる」
オラクルが少し笑った。
「本当に学習したな」
「だから最初から考えてるってば」
緑も本を開きながら頷いた。
「宿場の人は、村のお年寄りなら詳しいかもしれないって言ってたでぷ」
「じゃあ、お年寄りを探すでぷ?」
赤が焼き魚を頬張りながら聞いてきたけれど、オラクルは「村中の年寄りに片っ端から聞いてたら日が暮れるぞ」と止めた。
確かにその通りだった。
誰に聞けばいいのか考えながら広場を見回していると、ちょうど荷物の納品を終えたバルトさんがこちらへ戻ってきた。
「まだいたのか」
「バルトさん、ちょうどよかった!」
私が呼び止めると、バルトさんは何事かとこちらへやって来た。
「この村で、昔の言い伝えに詳しい人っていませんか? 洞窟とか、光る石の話を知ってる人」
バルトさんは少し考えてから、村の北側へ続く道へ目を向けた。
「それならミラ婆さんだな。生まれたときからこの村に住んでる人で、昔話が好きなんだ。子供相手に何度も同じ話を聞かせてるから、洞窟のことなら俺なんかよりずっと詳しいはずだぞ」
「本当ですか?」
ようやく詳しい話を聞けそうな人が見つかった。
緑もすぐ本を開き、《ミラ婆さん――洞窟の伝承に詳しい》と書き込んでいる。
「今から行っても大丈夫かな?」
「夕飯前なら家にはいると思うが……」
バルトさんが妙な顔をしたので、私は首を傾げた。
「何かあるんですか?」
「いや、悪い人じゃない。ただ、話がとにかく長いんだ。俺が子供のころ洞窟のことを聞きに行ったら、気づいたときには夜になってた。そのうち半分くらいは洞窟と関係ない昔話だった気がする」
それを聞いた瞬間、オラクルが迷いなく言った。
「明日にしよう」
「決めるの早くない?」
「もう夕方だぞ。そんな婆さんのところへ今から行ったら、下手すりゃ帰ってくるころには朝だ」
「そこまでは話さねえよ」
バルトさんが笑った。
私は今すぐ聞きに行きたい気持ちもあったけれど、緑から「フールちゃん、村の人にちゃんと話を聞いてから動くって言ったでぷ」と指摘され、言葉に詰まった。
確かにここまで急いで来たわけではないし、疲れたまま話を聞いて大事なことを忘れてしまったら意味がない。
「……分かった。今日は休んで、明日の朝にする」
「それがいいだろ」
オラクルが頷く。
赤は最後の焼き魚を食べながら、「じゃあ明日はミラ婆さんに話を聞いて、それから洞窟でぷね」と確認してきた。
「話を聞いた結果、行って大丈夫そうならね」
「まだ確定じゃないでぷか……」
「洞窟は逃げないよ」
「魚は時間が経つと冷めるでぷ」
「何の話?」
どうやら赤の頭はまだ夕食から離れていないらしい。
その横では、黄色が報酬の入った金袋をしまいながら、「洞窟なら昔入った人がお金落としてるかもしれないでぷ」と真面目な顔で呟いていた。
「何年前の落とし物を探すつもりなの?」
「古ければ価値が上がってるかもしれないでぷ」
「そういう問題じゃないと思う……」
オラクルが呆れ、緑は笑いながら本を閉じた。
私は三匹のやり取りを聞きながら、改めてキャメル村を見渡した。
夕暮れの中では畑仕事を終えた人たちが家へ戻り、広場では子供たちを呼ぶ声が聞こえている。家々の煙突から夕食の煙が上がり、村を流れる細い水路には橙色の空が揺れていた。
どこを見ても、穏やかな小さな村だった。
ここへ来るまで聞いてきた《水に選ばれる石》や《月が水の道を開く》という不思議な言葉とは、まるで結びつかない。
けれど、その村の近くには古い洞窟があり、奥では光る石を見た者がいるという。
アデューで聞いた「月によって姿を変える水辺」という話と、宿場で聞いた「月が水の道を開く」という伝承。そしてキャメル村まで来て初めて具体的になった、洞窟の《光る石》。
別々の場所で拾った手掛かりが、少しずつ一つの方向へ集まり始めていた。
私は鞄の上から《聖なるマップ》へそっと触れた。
まだ《精霊の叫び》を助ける方法には届いていない。それでも、アデューを出たときより確実に前へ進んでいる。
「明日、ちゃんと聞いてみよう」
私が村の北側へ続く細い道を見ながら言うと、赤、緑、黄色も頷いた。
その道の先に住んでいるというミラ婆さんが、どこまで知っているのかは分からない。ただ、私たちが探し続けてきた《水に選ばれる石》について、初めて昔から伝わる話を聞けるかもしれない。
夕暮れに染まったキャメル村を眺めながら、私は明日の朝を待つことにした。




