第40話 光が無い城
そこが世界のどこにあるのかを知る者は、ほとんどいない。
山の奥なのか、地の底なのか。それとも、人の足では辿り着けない場所に存在しているのか。
外から城を見た者すら、ほとんどいなかった。
光が一切届かない場所に、その城は建っていた。
窓の外に太陽も月もなく、星の光さえ差し込まない。黒い石を積み上げた巨大な城壁は闇と同化し、どこからが建物で、どこからが何もない空間なのかさえ遠目には判別できなかった。
城内も静まり返っていた。
壁には灯りが一つもない。それでも、長い廊下や高い天井、等間隔に並ぶ柱の輪郭だけは、不思議なほどはっきり見えている。
その城の最奥に、一つの広間があった。
中央を占めているのは巨大な円卓。
ただの円ではない。
黒い卓上には中心から外側へ十二本の線が伸び、それぞれの先に数字が刻まれている。さらに円卓の外周には細かな目盛りが並び、上から見れば巨大な時計の文字盤そのものだった。
一から十二まで。
数字に対応するように、十二脚の椅子が置かれている。
そのうち十一の席には、すでに人影があった。
誰一人として雑談をしていない。
ある者は腕を組み、ある者は目を閉じ、またある者は机の一点だけを見つめている。服装も体格も年齢も統一されてはいないが、全員に一つだけ共通しているものがあった。
左手の甲に刻まれた数字。
《1》から《11》。
TIME。
世界各地でその名を知られ始めた者たちが、番号の順に円卓を囲んでいた。
しかし、十二番目の椅子だけは空いている。
誰もその席には近づかなかった。
やがて広間の中央で、空間が僅かに歪んだ。
最初は陽炎ほどの揺らぎだったものが縦に広がり、何もなかった場所に細い亀裂のようなものが走る。
そこから、一人の男が現れた。
その瞬間だった。
十一人全員が、ほとんど同時に椅子から立ち上がった。
男は彼らを見ることなく円卓の周囲を歩き、空いていた最後の席へ向かう。
《12》。
その数字が刻まれた椅子の前で足を止めると、男は何も言わず腰を下ろした。
それを確認してから、残る十一人も一斉に着席した。
広間に再び静寂が戻る。
十二番の男は円卓へ片腕を置き、集まった者たちを順番に見渡した。
「近況を報告しろ」
余計な前置きはなかった。
最初に口を開いたのは、一番の席に座る小柄な人物だった。
「エルモアの情報は偽りでした。現地を確認しましたが、目的の魔導書は存在しません」
十二番の男は表情を変えない。
「情報源は?」
「すでに消えています」
「そうか」
それ以上は聞かなかった。
次の席へ視線が移る。
二番の席から、感情の薄い声が響いた。
「東部で三か所を確認しました。いずれも該当する物はありません。二か所については、別の探索者が先に入った痕跡があります」
続いて三番。
「ブルックス遺跡は、すでに何者かに荒らされていました。最深部まで確認しましたが、残されていたのは空の石棺だけです」
十二番の指が、円卓を一度だけ叩いた。
「持ち去られた時期は?」
「特定できません。少なくとも最近ではありません」
「追跡は?」
「続けています」
「ならいい」
報告は止まらなかった。
四番の席からは、古い文献に記された場所を調べたものの目的の品は発見できなかったという報告。
五番からは、魔物が棲みついた山岳地帯を探索したものの成果なし。
六番からは、封鎖されていた区域への侵入を終えたものの、そこに残されていた痕跡がすでに失われていたという報告が続いた。
十二番の男は、一つ一つを黙って聞いていた。
失敗を責めることもなければ、成果がないことに苛立つ様子もない。ただ必要な部分だけを短く確認し、次の報告へ進ませていく。
七番。
八番。
九番。
十番。
十一番。
世界のまったく異なる場所へ散っていたはずの者たちが、それぞれの探索結果を伝えていく。
古い神殿。
沈んだ街。
王家が管理する宝物庫についての噂。
数百年前に消えた道具。
所在不明の遺物。
どの報告にも共通していたのは、彼らが何かを探し続けているということだけだった。
だが、それが何のためなのかを口にする者はいない。
すべての報告が終わると、十二番の男はしばらく沈黙した。
十一人も何も言わない。
やがて十二番は円卓の中心へ視線を落とした。
時計を模した円卓。
十二本の線。
十二の数字。
その中心には、何も刻まれていない。
「現時点で、予定を変更する必要はない」
低い声が広間に響いた。
「確認できなかった場所は候補から外せ。先を越されている場所については、持ち出した者を追え。情報の真偽が確認できないものは、捨てる前に一度だけ現地を調べろ」
誰も口を挟まない。
「引き続き続行しろ」
その一言で会議は終わった。
最初に立ち上がった者の足元へ魔法陣が広がる。
続いて別の席。
また別の席。
一つ、二つと円卓の周囲に異なる魔法陣が浮かび、それぞれの光が座っていた者たちの身体を包んでいった。
姿が消えるたび、椅子だけが残されていく。
十一番目の魔法陣が消えたころには、広間には十二番の男しか残っていなかった。
静寂が戻る。
十一の空席。
そして、十二番の席。
男はすぐには立ち上がらなかった。
暗闇の中で、一人だけ円卓の中心を見つめている。
世界各地に散らばる噂。
失われた遺跡。
誰かに持ち去られた遺物。
偽物の情報。
そのすべてを追わせてまで、TIMEが何を探しているのか。
まだ誰も知らない。
しばらくして、十二番の男が立ち上がった。
彼の周囲で空間が静かに歪み始める。
次の瞬間には、その姿も消えていた。
誰もいなくなった広間に、時計を模した円卓だけが残される。
十二の席。
十二の数字。
その針だけが存在しない時計は、光の届かない城の中で――ただ静かに、次の報告を待っていた。




