第28話 旅の続き
「……随分楽しそうだったな、お前ら」
王宮の正門から少し離れた石壁の前で、オラクルは明らかに不機嫌そうな顔をしていた。
煙草を咥えてはいるものの、いつもの余裕のある態度とは少し違う。眉間には皺が寄り、私たちを見る目にもどこか恨めしそうなものが混じっている。
私はてっきり、捕まっていたことを怒っているのだと思った。
「ごめんね。助けるまで時間かかっちゃって」
「本当だよ。散々だった」
オラクルは煙草を深く吸った。
少し心配になって尋ねる。
「牢屋で何かされたの?」
「あいつら、煙草を吸わせてくれなかった」
「…………」
私は黙った。
赤も、緑も、黄色も何も言わない。
四人でオラクルを見つめた。
「なんだよ、その顔」
「いや……不機嫌だった理由、それだけ?」
「それだけって何だ。俺にとっては大問題だぞ。何時間吸えなかったと思ってんだ」
オラクルはそう言うと、取り戻すように煙草を吸った。
誰も返事をしなかった。
赤は私を見て、私は緑を見る。緑は黄色へ視線を向け、最後に黄色が首を横へ振った。
「何か言えよ」
「何も言うことないでぷ」
黄色が代表して答えた。
王宮の守衛へ賄賂を渡そうとして捕まり、牢屋へ連れていかれたのだから、もっと大変な目に遭っていたのかと思っていた。
どうやら心配しすぎたらしい。
しばらくすると、オラクルのほうから尋ねてきた。
「それより、お前らどうやって俺を出したんだ?」
「いろいろあったんだよ」
「いろいろじゃ分からねえだろ」
確かに説明しないわけにもいかない。
私はオラクルが連行されたあとの出来事を、順番に話した。
昨日見かけたフードの男が王宮へ入っていったこと。《透明化》のカードを二回とも使って王宮へ忍び込み、牢屋を探している途中で効果が切れ、逃げ込んだ部屋でその男と出会ったこと。そして、その正体がアデューの王子だったこと。
「待て」
オラクルが途中で口を挟んだ。
「お前ら、俺を助けるために《透明化》を二回とも使ったのか?」
「うん」
「三銀Bのカードを?」
黄色がすぐに反応した。
「そうでぷ。二回とも使い切ったでぷよ」
「俺が使えって言ったわけじゃねえだろ」
「誰を助けるために使ったと思ってるでぷ」
「……俺だな」
「分かってるならいいでぷ」
黄色はカードの値段まで、しっかり覚えているらしい。
私は話が逸れる前に続きを説明した。
王子がマリーさんに一目惚れしていたこと。オラクルを解放する代わりに、マリーさんと話してほしいと頼まれたこと。そして最後には、王子が《真実のカード》へ手を置き、マリーさんと弟妹を生涯大切にすると誓ったことまで話す。
さすがのオラクルも、途中からは煙草を吸うのを忘れたように聞いていた。
「……俺が捕まってる間に、そんなことになってたのか」
「うん。最初はオラクルを助けに行っただけだったんだけどね」
「話でかくなりすぎだろ」
「私もそう思う」
オラクルはしばらく黙っていたが、やがて何かに気づいたようにこちらを見た。
「で、王子の頼みまで解決したんだろ?」
「一応ね」
「なら、結構な褒美もらったんじゃねえの?」
私たちは揃ってオラクルを見た。
「……褒美?」
「王子の頼みだぞ。金とか珍しいカードとか、何かあってもおかしくねえだろ」
黄色が呆れたように目を細める。
「オラクルは助けてもらった側でぷよ?」
「それと報酬は別の話だろ」
「別じゃないと思う」
私も思わず口を挟んだ。
「そもそもオラクルが守衛さんに賄賂なんて渡そうとしなかったら、私たち王宮に忍び込んでないからね?」
「でも結果的に王子の頼みを解決したんだろ?」
「そうだけど……」
「だったら報酬を聞くくらい普通じゃねえか」
緑まで呆れたようにため息をついた。
「自分で捕まって、みんなに助けてもらって、そのついでに褒美まで期待してるでぷ」
「言い方が悪いな。俺はお前らが働いた分をちゃんと貰ったのか心配してやってんだよ」
黄色がすぐに首を横へ振った。
「絶対違うでぷ」
「何で言い切れるんだよ」
「オラクルだからでぷ」
「理由になってねえだろ」
「なってると思う」
私が言うと、赤と緑まで頷いた。
オラクルは四人を順番に見たあと、諦めたように煙草を咥え直した。
「……助けてもらったことは感謝してるよ」
「最初からそれを言えばいいでぷ」
「でも褒美があるなら貰っといたほうがよかったと思うぞ」
「まだ言うでぷ!?」
結局、反省しているのかしていないのか分からなかった。
ただ、いつものオラクルに戻ったことだけは間違いなさそうだった。
◇
王宮から離れ、大通りまで戻ったところで、私たちはこれからのことを話し合った。
カードショップの呼び込みが響き、各地から来た荷馬車が目の前を行き交っている。アデューへ来たばかりのころは、その賑やかさを見るだけで楽しかったのに、今は少し違って見えた。
私は歩きながら、さっき別れた人たちのことを考えていた。
王子様とマリーさん。そのそばにいた、幼い弟と妹。
これから何もかも上手くいくとは限らない。それでも四人が一緒にいる姿を見ていると、胸の奥にずっとあった気持ちが急に強くなった。
「……私も会いたいな」
気づけば、声に出ていた。
赤が私を見上げる。
「誰にでぷ?」
「お父さんと、お母さん」
そう答えると、四人とも静かになった。
私は鞄の上から《聖なるマップ》へ触れた。
この旅へ出た理由は、最初から変わっていない。
お父さんとお母さんを見つけること。
アデューではいろいろなことがあった。《真実のカード》を見つけ、王子様とマリーさんが一緒になる手助けもできた。二人が抱き合ったときは私まで嬉しくなったし、マリーさんと弟妹がこれからも一緒にいられると分かって安心した。
だからこそ、自分のことを考えてしまった。
私も、お父さんとお母さんに会いたい。
でも――そこで、今までなるべく考えないようにしていた疑問が浮かんだ。
「……どうやって探せばいいんだろう」
「フールちゃん?」
「だって私、お父さんとお母さんのこと、何にも分からないんだよ」
口にすると、その事実が急に重く感じられた。
「どこにいるのか分からない。名前も分からない。それに……顔だって分からない」
もし明日、どこかの街ですれ違ったとしても、その人がお父さんなのか、お母さんなのか、私は気づけないかもしれない。
そう考えた瞬間、足が止まった。
「私……二人を探してるのに、見つけても分からないんだ」
今までずっと、探せばいつか会えると思って歩いてきた。
でも、どうやって?
誰かに尋ねようにも、名前を言えない。
似顔絵だって描けない。
どこから来た人なのかも分からない。
人で溢れたアデューの大通りを見回すと、その難しさが急に現実になった。
これだけたくさんの人がいる。
もしこの中にお父さんかお母さんがいたとしても、今の私には見つける方法がない。
「……これじゃ、探しようがないよ」
声が少し弱くなった。
赤たちも、すぐには「大丈夫」と言わなかった。
簡単に大丈夫と言えることではないと分かっているのかもしれない。
やがて緑が口を開いた。
「だったら、まず二人のことを知るところから始めるしかないでぷよ」
私は顔を上げた。
「知るところから?」
「名前でも、顔でも、昔いた場所でもいいでぷ。何か一個分かれば、そこから次を調べられるかもしれないでぷ」
黄色も頷いた。
「情報を集めるなら、人がたくさんいるところへ行くのがいいでぷ。QUESTをやれば、いろんな人とも会えるでぷよ」
赤は難しいことを考えるように腕を組んだあと、私の隣へ並んだ。
「今は分からなくても、旅してれば何か見つかるかもしれないでぷ」
「……うん」
絶対に見つかるとは、誰も言わなかった。
それが逆に嬉しかった。
分からないものは、分からない。
それでも一緒に探してくれる。
オラクルは煙草を吸いながら私たちの話を聞いていたが、やがて煙を吐き出すと口を開いた。
「顔も名前も居場所も分からねえなら、確かに今すぐ二人そのものを探すのは無理だな」
はっきり言われ、少し胸が痛んだ。
でも、オラクルはそこで話を終わらせなかった。
「だから探す順番を変えりゃいい」
「順番?」
「ああ。いきなり親本人を見つけようとするんじゃなくて、まず手掛かりを探す。お前の親を知ってる奴、昔のことを知ってる奴、変わった噂、場所、物。何でもいい。一個拾えりゃ、そこから次へつながるかもしれねえ」
私は《聖なるマップ》の入った鞄を見る。
これまでも、この地図は私をいろいろな場所へ連れてきた。
今回だって、最初は意味の分からなかったカードを追った結果、《真実のカード》へ辿り着いた。
両親へ直接つながる道は、まだ見えていない。
それでも、旅の途中で拾ったものが、いつかつながるのかもしれない。
「オラクルも手伝ってくれる?」
「そのために俺を仲間にしたんじゃねえのか?」
当たり前のように返された。
私は少しだけ笑った。
「そうだった」
オラクルはそこで赤の腰へ視線を落とした。
「ただし、その前にもっと分かりやすい問題を片づけるぞ」
「問題?」
全員で赤を見る。
赤の腰には、もう剣がない。
本人だけが不思議そうな顔をしていた。
「まず赤の武器だ。このまま次の街を目指して、途中で魔物に襲われたら困る」
「骨付き肉があるでぷ」
赤は当然のように答えた。
「それは非常食にしろ」
「武器にもなるでぷ」
「お前、これから魔物が出るたび肉で殴るつもりか?」
赤は少し考え、真顔で首を傾げた。
「駄目でぷ?」
「駄目」
今度は私たち全員の声が揃った。
赤だけが不満そうだった。
オラクルは大通りに並ぶ店へ目を向ける。
「アデューは貿易が盛んだ。まず赤が使える武器を探す。そのあとはQUESTをやりながら、この街でもう少し情報を集める。それでも何も分からなけりゃ、別の街へ行く」
「そこでも分からなかったら?」
「また次だ」
オラクルは簡単に答えた。
「今は顔も名前も分からないんだろ? だったらまず、一つ目の手掛かりを見つけるところから始めりゃいい」
私はしばらく黙っていた。
お父さん。
お母さん。
二人の顔すら知らない。
名前すら知らない。
どこにいるのかも分からない。
考えれば考えるほど、とんでもなく難しい旅を始めてしまった気がする。
それでも――会いたい。
その気持ちだけは、ちゃんと分かっている。
「……よし」
私は顔を上げた。
「まず赤の武器を買う。それからQUESTをしながら、お父さんとお母さんにつながる手掛かりを探す」
緑と黄色が頷き、赤も元気よく手を上げた。
「剣とお肉を買うでぷ!」
「お肉は増えてるよ」
少し笑ってから、私は歩き出した。
どうやって両親を探せばいいのか。
その答えさえ、まだ分からない。
だったら――まずは、その答えを探すところから始めよう。
私は《聖なるマップ》の入った鞄を握り、仲間たちと一緒にアデューの人混みへ歩き出した。




