第27話 また会う約束
それからしばらくして、私たちは王宮を出ることにした。
王子とマリーさんの話は無事にまとまり、弟と妹も少しずつ王宮の雰囲気に慣れてきたようだった。最初は姉の服から手を離そうとしなかった二人も、今では王妃に王宮の中を案内してもらう約束までしている。
私たちが帰ることを伝えると、王子たちも部屋の外まで見送りに来てくれた。
「もう行くのか?」
「はい。私たちは旅の途中だから」
アデューへ来た本当の目的は両親を探すことだった。《聖なるマップ》に導かれて王宮へ来て、気づけばオラクルを助けるために侵入までし、最後には王子の恋を手伝うことになった。
予定していたことなんて一つもなかったけれど、それも旅なのかもしれない。
王子は少し名残惜しそうにしながらも頷いた。
「そうか。なら引き止めるわけにはいかないな。今回のことは本当に感謝している。君たちがいなければ、マリーがもう一度私と話してくれることもなかっただろう」
「私たちは家まで行って話しただけですよ」
「その『話しただけ』を、私にはできなかったんだ」
王子は苦笑すると、私たち四人を見回した。
「またアデューへ来ることがあれば、王宮へ顔を見せてくれ。今度は忍び込まず、正門からな」
「もう《透明化》のカード使えないから、忍び込めません」
「そういう問題ではない」
王子が呆れ、赤たちが笑った。私もつられて笑いながら、「分かりました。また来ます」と約束した。
王子と話し終えたところで、今度はマリーさんが私の前へ来た。
「フール」
「はい?」
返事をした直後、身体を優しく抱きしめられた。
突然だったので驚いたけれど、すぐに私もマリーさんの背中へ腕を回した。昨日初めて会ったばかりなのに、不思議とずっと前から知っている人のような気がする。
「本当にありがとう。あなたが家まで来てくれなかったら、私はきっと王子様ともう一度話そうとは思わなかった。怖いことから逃げたままだったと思う」
「でも、最後に決めたのはマリーさんですよ」
「そうね。それでも、あなたがきっかけをくれたの」
マリーさんは身体を離すと、私の両肩へ手を置いた。
「ご両親を探して旅をしているんでしょう?」
「はい」
「見つかるといいわね。私、応援してるから」
その言葉が素直に嬉しかった。
「ありがとうございます」
「次に会ったとき、どんな旅をしてきたのか聞かせてね」
「いっぱい話せるようにしておきます」
マリーさんは優しく笑った。
また会う。
いつになるかは分からないけれど、その約束があるだけで別れは少し寂しくなくなった。
――少なくとも、私とマリーさんは。
少し離れたところでは、別れがまったく進んでいなかった。
「嫌!」
幼い弟が赤の足へしがみついている。赤が一歩動こうとすると、男の子も抱きついたまま一緒に動き、「俺たちは旅に行くでぷ」と説明されても「ぼくも行く!」と離れようとしない。
「危ないでぷよ」
「赤と行く!」
昨日の食事ですっかり仲良くなったらしい。赤も困った顔をしているけれど、無理やり引き離そうとはしなかった。
妹が「お兄ちゃん、赤困ってるよ」と声を掛けても、男の子は首を横へ振った。
「だって、もう会えないかもしれない!」
その言葉を聞いた赤の表情が少し変わった。
しばらく男の子を見つめたあと、何かを決めたように腰へ手を伸ばし、これまで使ってきた剣を鞘ごと外した。
「赤?」
私が驚いている間に、赤は男の子の前へしゃがみ込んだ。
「これ、あげるでぷ」
男の子は泣くのも忘れたように目を丸くした。
「いいの? 赤の剣でしょ?」
「そうでぷ。だから大切にするでぷよ」
男の子は恐る恐る両手を伸ばし、剣を受け取った。幼い子には少し大きかったけれど、そんなことは気にならないらしい。赤からもらった剣を胸へ抱え、さっきまで泣いていた顔が一気に明るくなった。
「大切にする!」
「約束でぷ」
「うん!」
赤も満足そうに頷いた。
いい別れだと思った。
ところが、その光景を見ていた黄色だけは、感動より先に別の問題へ気づいたらしい。ものすごく真面目な顔で赤の腰を見ると、ゆっくり口を開いた。
「赤。剣あげちゃったら、これからどうやって戦うのでぷ?」
その一言で、全員が赤を見た。
言われてみれば、その通りだった。赤は私たちの中で前へ出て戦う役目で、最近は剣を使った戦い方にも慣れてきた。その大事な武器を、今自分からあげてしまったのだ。
赤はしばらく黄色を見つめ、何をそんなに心配しているのか分からないような顔をした。
そして、ものすごく真面目に答えた。
「骨付き肉があるでぷ」
私も緑も何も言えなかった。
黄色だけが頭を抱える。
「それは武器じゃないでぷ!」
「武器にもなるでぷ」
「食べ物でぷ!」
「食べてからでも使えるでぷ」
「もっと駄目でぷ!」
せっかく感動していたのに、一瞬ですべて赤らしい話になってしまった。
マリーさんは口元へ手を当てて笑い、王子も堪えきれないように顔を背けている。付き人たちまで肩を震わせていた。
私はため息をつきながら赤を見る。
「次の街で剣買おうね」
「お肉も買うでぷ」
「剣が先」
「お肉も大事でぷ」
「分かったから」
そんな私たちの横で、男の子だけは赤からもらった剣を大切そうに抱え、嬉しそうに何度も眺めていた。
やがて本当に王宮を出ようとしたところで、男の子がもう一度赤を呼んだ。
「赤!」
赤が振り返る。
「また来てね!」
赤は少しも迷わず笑った。
「もちろんでぷ!」
今度は男の子も追いかけてこなかった。剣を胸に抱いたまま大きく手を振り、その隣では妹も両手を振っている。
マリーさんと王子も私たちを見送ってくれた。
「またね!」
私も何度も振り返りながら手を振った。
こうして、私たちは王宮をあとにした。
◇
正門を抜けると、アデューの賑やかな街並みが目の前に広がった。
王宮の中にいた時間はそれほど長くないはずなのに、店から聞こえる商人たちの声や、大通りを行き交う人々の喧騒が少し懐かしく感じられる。
私は大きく息を吐いた。
「終わったね」
「いろいろありすぎたでぷ」
緑の言葉に頷きながら、今回の出来事を思い返す。
「最初はオラクルを助けに行っただけだったのにね」
そこまで言ったところで、私は足を止めた。
そうだ。
オラクル。
王子が解放すると言っていたけれど、まだ本人に会っていない。
「オラクル、どこにいるんだろう?」
辺りを見回そうとしたものの、その必要はなかった。
正門から少し離れた石壁のそばに、煙草を咥えた男が一人立っていた。壁へ背中を預け、こちらをじっと見ている。
見慣れた服に、見慣れた顔。
そして、明らかに機嫌の悪そうな表情。
オラクルだった。
私たちが気づいたのを見ると、オラクルは煙草を指で挟み、ゆっくりと壁から身体を起こした。
「……随分楽しそうだったな、お前ら」
私は赤、緑、黄色と顔を見合わせた。
どうやら――ちゃんと解放されたらしい。




