第25話 嘘を許さないカード
王子が持ち帰ったカードを、私は改めて見つめた。
《聖なるマップ》には《真実のカード》と表示されていたけれど、その見た目は驚くほど簡素だった。白に近い表面の中央に、大きな目が一つ描かれているだけで、豪華な装飾も宝石もない。
それなのに、王子がカードを机へ置いた途端、壁際に控えていた付き人たちの表情が変わった。
「殿下……まさか、それを?」
年配の付き人が思わず一歩前へ出る。
その反応を見て、お姉さんも不安そうにカードへ目を向けた。
「このカードは……?」
「アデュー王家が所有しているものだ」
王子は椅子へ戻らず、お姉さんと向かい合ったまま答えた。
「君はさっき、人は嘘をつくこともあると言ったな」
「……はい。でも、王子様が今嘘をついていると言いたかったわけでは――」
「分かっている。だが、私が『信じてくれ』と言い続けたところで、君の不安がなくならないことも分かった」
王子は机の上のカードへ視線を落とした。
「このカードへ手を置いて誓いや誓約をすると、その言葉が本心なのか分かると言われている」
私は思わず身を乗り出した。
「どうやって分かるんですか?」
「誓った言葉に嘘偽りがなければ、何も起こらない。それで終わりだ」
「じゃあ、嘘だったら?」
私が尋ねた瞬間、付き人の一人が苦しそうに目を伏せた。
王子は少し間を置いて答える。
「カードが光る。そして、誓った者は呪われる」
「呪い……?」
赤が不安そうに机へ近づこうとしたので、私は腕を伸ばして止めた。
王子は窓へ目を向けた。昼の光がステンドグラスを通り、床へ鮮やかな模様を落としている。
「呪われた者は、それ以降、日の光を浴びられなくなると伝えられている」
私は窓と王子を交互に見た。
「それって……いつまで?」
「一生だ」
部屋から声が消えた。
赤の表情まで変わる。
「もうずっと、お昼に外へ出られないのでぷ?」
「ああ」
「そんなの駄目でぷ!」
赤はすぐに反対した。
私も同じだった。
「でも王子様、自分が本当のことを言えば大丈夫なんですよね?」
そう聞いた私に答えたのは、王子ではなく年配の付き人だった。
「それほど単純なカードではありません」
「え?」
付き人は《真実のカード》を見るだけでも恐ろしいというように、声を落とした。
「本人が真実だと信じているだけでは足りない、と伝えられております。誓いの中に僅かな矛盾があれば、それさえも偽りとして見抜くと」
私は王子を見る。
「じゃあ王子様自身も気づいてない気持ちがあったら……?」
「呪いを受ける可能性がある」
王子は平然と答えた。
「だったら駄目ですよ!」
私は思わず椅子から立ち上がった。
緑も本を抱えたまま、珍しく強い口調で続ける。
「危険すぎるでぷ。王子が絶対に大丈夫だと思ってても、カードがどう判断するか分からないでぷよ」
黄色まで頷いた。
「呪われたあと元に戻せるか分からないなら、使わないほうがいいでぷ」
「その通りです、殿下!」
付き人たちも次々に声を上げた。
「お気持ちを示されたいのであれば、他にも方法はございます」
「王家に伝わるカードを、このようなことで使用する必要など――」
王子の表情が僅かに変わった。
「このようなこと?」
声は静かだった。
それだけで、付き人が言葉を止めた。
「私にとっては、このようなことではない」
お姉さんも王子が何を考えているのか分かったらしく、椅子から立ち上がった。
「まさか……王子様」
王子は頷いた。
「私の気持ちが本物なのか、これで確かめてもらう」
「駄目です!」
お姉さんの声が部屋へ響いた。
弟と妹が驚き、左右から姉の服へしがみつく。
「私はそんなことをしてほしいなんて言っていません! 王子様を嘘つきだと言いたかったわけでもないんです。ただ、この子たちのことを考えたら簡単には決められないって――」
「分かっている。君に求められたわけではない」
「だったら、やめてください!」
王子はすぐには答えなかった。
机の中央に置かれた《真実のカード》と、お姉さん、その左右にいる幼い弟妹を順番に見る。
そして静かに言った。
「言葉だけでは君の不安を消せない。それも、もう分かった」
私は王子が本当にカードを使うつもりなのだと悟った。
「王子様、待ってください!」
「そうでぷ! 呪われたら大変でぷ!」
私と赤が声を上げ、緑と黄色も止める。付き人たちまで一斉に王子へ考え直すよう訴え始めた。
それでも王子は、《真実のカード》から目を逸らさなかった。
「殿下。お気持ちを証明されたいのであれば、他にも方法はございます。何も、このカードである必要は――」
年配の付き人が必死に訴える。
王子はその言葉を最後まで聞いたあと、静かに尋ねた。
「では、何をすれば証明になる?」
付き人が言葉を失った。
「私は彼女を幸せにすると言った。弟と妹も大切にすると約束した。だが、それが言葉だけなら信じきれないという彼女の不安も理解できる」
王子はお姉さんを見る。
「ならば、私の言葉が偽りではないと示せるものがここにあるのに、それを使わず『信じてくれ』と繰り返しても何も変わらない」
「でも、もし何かあったら……」
お姉さんの声が震えている。
王子は少しだけ表情を柔らかくした。
「一つだけ誤解しないでほしい。これを使ったからといって、君に王宮へ来ることを強制するつもりはない」
「え……?」
「私の誓いが真実だと証明されても、君がここへ来るかどうかは君が決めればいい。ただ、君が決めるために抱えている不安を、一つだけでも減らしたい」
王子は弟と妹にも視線を向けた。
二人は姉の服を握り、不安そうにこちらを見ている。
「君が一番心配しているのは、この二人だろう?」
お姉さんは答えなかった。
ただ、左右にいる弟と妹の肩を抱き寄せた。
それだけで十分だった。
「だから、私が二人も大切にするという言葉だけは、偽りではないと証明したい」
お姉さんの目が揺れる。
「お願いです……やめてください。私は、あなたにそんな危険なことをさせるためにここへ来たんじゃありません」
「分かっている」
王子は穏やかに答えた。
それでも、その目に迷いはなかった。
私は王子を止める言葉を探した。
危険なのは間違いない。
使わないほうがいい。
それなのに、王子がなぜそこまでしようとしているのかも分かってしまった。
お姉さんは「人は嘘をつくこともある」と言った。
王子は、それを否定しなかった。
ただ、自分の言葉が嘘ではないことを、言葉以外の方法で示そうとしている。
部屋の誰もが王子を止めていた。
付き人も、私たちも、お姉さん自身も。
それでも王子は机の前から離れなかった。
やがて、その右手がゆっくりと持ち上がる。
「王子様……」
お姉さんが震える声で呼んだ。
王子は一度だけ彼女を見た。
「君と、君の大切な二人に対して、私は嘘をつきたくない」
そう言って、机の上へ視線を戻す。
中央に描かれた一つの目。
《真実のカード》。
王子の右手が、そのカードへ近づいていく。
「待ってください!」
私が立ち上がり、赤たちも声を上げた。付き人たちも王子へ駆け寄ろうとする。
けれど王子は止まらなかった。
その指先が――《真実のカード》に描かれた目へ触れようとしていた。




