第22話 小さな家の三人兄弟
王子から女性の住んでいる場所を教えてもらった私たちは、王宮を出ると、そのままアデューの外へ向かった。
オラクルについては王子が解放するよう話を通してくれることになったので、今は任せるしかない。本人にはあとで、私たちが《透明化》のカードを二回とも使い切ってまで助けに来たことをしっかり説明するつもりだった。
できれば、それを聞いて少しくらい反省してほしい。
「王子様の話だと、そんなに遠くないんだよね?」
「アデューの西門を出て、街道を少し外れたところでぷ」
緑が王子から教えてもらった道順を確認すると、黄色は歩きながら難しい顔をした。
「でも、何て言えばいいのでぷ?」
「それを今考えてるんだよ」
「王宮に行けば、ご飯いっぱい食べられるって言えばいいでぷ」
赤が自信ありげに提案したものの、私は首を横へ振った。
「それで来てくれるなら、王子様がとっくに成功してると思う」
「それもそうでぷ……」
赤が真剣に悩み始める。
私だって答えは分からなかった。王子は本気だったし、お姉さんと弟妹を無理やり王宮へ連れていくつもりもない。それでも、お姉さんは何度誘われても断っている。
私たちが一度話したくらいで気持ちが変わるのか。それ以前に、私自身が「絶対に王宮へ行ったほうがいい」と言い切っていいのかさえ分からない。
そんなことを考えながら西門を抜けると、アデューの賑わいは少しずつ遠ざかっていった。巨大な城壁に沿ってしばらく歩き、王子に教えられた場所で街道を外れる。そこから先は荷馬車が何台も通れるような道ではなく、人が行き来するうちに踏み固められた細い道が草原の中へ続いていた。
やがて、その先に小さな村が見えてきた。
「……ここ?」
思っていたより、ずっと小さかった。
木と石を組み合わせて造られた家が十軒ほど、畑を囲むようにぽつぽつと建っている。アデューの巨大な建物や人で埋め尽くされた大通りを見た直後だから、同じ国の中とは思えないほど静かだった。
立派な店もカードショップもなく、道には荷車が一台置かれているだけだった。畑では年配の男性が土を耕し、別の家の前では女性たちが野菜を籠へ入れながら話している。振り返ればアデューの外壁や高い建物が遠くに見え、大きな国のすぐそばに、こんな小さな村があることが少し不思議に感じられた。
「王子様が言ってたのは、この村で間違いないでぷ。家は村へ入って左側の――」
緑が道順を確認している途中で、私は少し先に見覚えのある姿を見つけた。
「あっ。いた」
小さな家の前に、昨日カードを売っていたお姉さんがいた。
今日も継ぎ接ぎのある服を着て、袖を肘の辺りまでまくり、家の横へ張られた縄に洗濯物を干している。その隣には、お姉さんの腰より少し高いくらいの幼い女の子が立ち、小さな両手で洗濯物を一枚抱えていた。
「お姉ちゃん、これも?」
「うん。ありがとう。じゃあ次はこっちを渡してくれる?」
「はーい!」
女の子は元気よく答え、籠の中から次の洗濯物を取り出した。
少し離れた家の脇には、同じくらい幼い男の子がしゃがみ込んでいる。木の枝で地面へ溝を掘り、掘り返した土を小さく盛り上げると、その上へ平たい石を慎重に載せていた。
「お城できた!」
男の子が嬉しそうに声を上げると、女の子が振り返った。
「それ、お城じゃないよ!」
「お城だよ!」
「ちっちゃいもん!」
「王様もちっちゃいからいいの!」
「どんな王様なの?」
二人が言い合い始め、その様子を見たお姉さんが洗濯物を干しながら楽しそうに笑った。
昨日は街で一人だったから、幼い弟と妹がいると話で聞いただけだった。でも、こうして三人で過ごしている姿を見ると、王子が何度誘っても断った理由が少し分かったような気がした。
お姉さんは、ただ貧しい家で弟妹の世話をしているわけではない。この二人と一緒に暮らし、こうして笑って過ごす毎日そのものを大切にしているのだ。
「フールちゃん?」
赤に呼ばれ、私は我に返った。
「うん。行こう」
私たちが家へ近づくと、最初にこちらへ気づいたのは男の子だった。土まみれの枝を持ったまま顔を上げ、知らない私たちを不思議そうに眺める。
続いて女の子も私たちを見つけた。
「お姉ちゃん、誰か来たよ」
女性が振り返り、私たちの姿を見た瞬間に目を大きくした。持っていた洗濯物を落としそうになり、慌てて抱え直す。
「えっ……昨日の?」
「こんにちは」
私が手を上げると、お姉さんは驚いたまま私たちを見回した。
「どうしてここに? 昨日はアデューにいたでしょう?」
「ちょっと、お姉さんに話したいことがあって来ました」
「私に?」
「はい」
王子から頼まれたことを、いきなり弟と妹の前で話していいのか分からなかった。私が二人を気にするように視線を向けると、お姉さんも何か事情があると察したらしく、少しだけ表情を変えた。
そのとき、家の中から鍋の蓋が小さく鳴る音がした。
お姉さんは「あっ」と声を上げ、慌てて家を見る。
「もうそんな時間……」
「何か作ってるんですか?」
「夕ご飯。ちょうど煮込んでるところなの」
そう答えたあと、お姉さんは私たち四人を見回し、少し考えてから柔らかく笑った。
「よかったら、一緒に食べる?」
今度は私が驚いた。
「え? でも、四人もいるし……」
昨日、食べ物を買うために家のカードを売っていた人だ。そんな家で四人分も食事を増やしてもらっていいとは思えなかった。
けれど、お姉さんは気にしなくていいと首を横へ振った。
「昨日あなたたちがカードを買ってくれたおかげで、ちゃんと買い物できたの。野菜もいつもよりたくさん買えたし、お肉もあるから大丈夫よ」
そう言って赤を見る。
「それに、そのお肉をくれたのはあなたでしょう?」
赤は少し照れながら頷いた。
「みんなで食べるためにあげたでぷ」
「だったら、あなたも一緒に食べてくれたら嬉しいわ」
その言葉を聞いた途端、赤の顔が明るくなった。
「食べるでぷ!」
「赤、決めるの早いよ!」
「せっかく誘ってくれたでぷ!」
確かに、ここで断るのも変かもしれない。何より王子のことを話すなら、弟妹の前で立ち話をするより、家の中で落ち着いて話せるほうがいい。
「じゃあ……お邪魔してもいいですか?」
「もちろん。話があるんでしょう? ご飯を食べながらゆっくり聞くわ」
女の子は私たちが入ると分かると、興味津々で三匹を眺めた。
「お姉ちゃんのお友達?」
「昨日知り合った人たちよ」
男の子も土遊びをやめて走ってくる。
「ゴブリンが三人いる!」
「三匹でぷ!」
赤がすぐ訂正すると、男の子は「どっちでも同じじゃない?」と笑った。
「違うでぷ!」
その横で黄色は、土まみれの男の子の手を見た途端に金貨袋を押さえた。
「その手で俺のお金には触っちゃ駄目でぷよ」
「触らないよ!」
子供たちが笑い、お姉さんも楽しそうに笑った。
私はそんな三人の姿を見ながら、お姉さんのあとに続いて小さな家へ向かった。
王子から頼まれたのは、この人に王宮へ来ることをもう一度考えてもらうこと。
でも、この家の前で弟と妹と一緒に笑っている姿を実際に見たあとでは、アデューを出る前よりずっと難しいQUESTに思えた。
何と言えばいいのか、まだ答えは出ない。
私はそれを考えたまま、三人が暮らす小さな家の中へ入った。




